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「我が意のままに、動け木の従僕」
詠唱を行い、その魔法を発動させれば、訓練場の床に並べた木製の人形達が次々に動き出す。
そう、今日はイクス師に頼まれた、戦い方の講義を賢者の学院にて行う日だった。
といっても、心構えに関しては、既に語り終えている。
魔法を使えてもそれを即座に戦いに活かせる訳じゃないだとか、戦いの場で強引に魔法を使って仲間を巻き込むのが一番拙いだとか、そんな魔法使いの耳に刺さる話を。
もちろんそうした話ばかりじゃなくて、魔法使いが頼られるのはどんな場面か、なんて話も色々としてるが、やはり印象に残るのは耳に痛い話だろう。
魔法は強い力だ。
それは単純に破壊力が高いという意味も含む。
例えば初歩である魔法の矢でも、当たり所次第でキチンと人を殺せる。
僕が放つ際は多めに魔力を使って、威力を増して放つ場合も多いけれど、それがなくとも急所を貫けばちゃんと人は死ぬ。
初歩である魔法の矢ですらそうなのだから、稲妻や火球、より高位の魔法は言うまでもなく、その破壊力はとても高い。
しかし、ならば魔法使いはその破壊力を撒き散らす為だけにいるのかと言えば、決してそうではなかった。
何故なら、破壊力なんてものは、他にも代替の手段があるから。
魔法の矢を多用し、重視し、研究対象とする僕が言うのもあれだけれど、刺されば人を殺せるのは普通の矢も同じだ。
稲妻の再現は難しいが、焼き殺したいなら火球じゃなくても、油を掛けて火をつければいいだろう。
威力って点なら、以前に護衛依頼で一緒になったドワーフの戦士、グルーズが振るう長柄の戦斧は相当な物だったし。
つまり単純な破壊力、何かを壊し、殺す為の力は、魔法だけが持つ訳じゃない。
故に攻撃は、魔法使いに求められる役割の一つにすぎず、それに固執する必要は全くなかった。
寧ろ、威力の高さに拘って、己の役割をそれのみだと思い込む魔法使いは、無能である。
魔法を特別な力だと考えていると、陥り易い間違いだ。
では魔法使いに求められる役割は何なのかというと、それはできる事の全て。
いや、これは言い方が悪いか。
魔法は多くの事ができるから、それらを十全に活かせるように全体の状況を把握して、その時々に応じて最適な行動を取り、或いは仲間に対しても最適な行動の指示を出す。
これが魔法使いの理想であった。
まぁ、それは本当に理想であって、僕だって別にできてる訳じゃない。
ただ求められる理想がそれであると知って、可能な限りそこに近付けるように、視野を広く持とうと意識はし続けている。
そうすれば、その時、その時に自分が成すべき事、求められる役割も、わかるようになってくるから。
……話が随分と大きくなってしまったが、それらの事は、口で言われても中々しっくりとはこないだろう。
頭で理解できた気になっても、結局のところは、体験してみなければわからない。
だからこそ、今日はウッドサーバントを用意した。
まぁ、数が多すぎて、僕だけで動かすのは大変だから、イクス師や、講義を受ける魔法使いにも手伝って貰う事にはなるけれど。
僕が動かすのは、ゴブリンを模した体格が半分ほどのウッドサーバントが十体。
この講義が、ゴブリンの大繁殖に備えたものであるという事は、参加者には説明してないが、それを見据えた経験を積んでもらう為、僕はこれを敵役として動かす。
参加者は一度に三人。
それぞれが用意した魔法陣でウッドサーバントを起動させ、前衛として前に立たせる。
つまり前衛のウッドサーバントが三体と、後衛の魔法使いが三人の、六人パーティでゴブリン十匹と戦う形だ。
但しもう一つルールがあって、ウッドサーバントを起動させる魔法以外で、参加者の魔法使いが使っていいのは下級魔法、階位が1か2の魔法のみ。
これはあくまでもパーティ戦を体験し、理解する為に用意した催しなので、強力な魔法で敵味方を問わずにウッドサーバントを薙ぎ払って終わり、なんて風にされても意味がないから。
それに、あまり気軽にウッドサーバントを破壊されても、新しいウッドサーバントを用意する僕の負担が大きくなってしまう。
こちら側の、ゴブリンのウッドサーバントの起動はイクス師も手伝ってくれるが、あまり師を酷使するのも気が引けるし。
参加者の魔法使い達は、動き方がわからずに戸惑う者、ウッドサーバント同士がぶつかり合う前に魔法の矢で先制攻撃を仕掛けた者、プロテクションの魔法でウッドサーバントを支援して、戦いを有利に導いた者と、様々だった。
最も強烈だったのは、自分のウッドサーバントに木切れを握らせ、それに火炎付与の魔法をかけた魔法使いだ。
魔法で動いているとはいえ、ウッドサーバントは所詮は木の人形である為、炎による攻撃には酷く弱い。
彼のウッドサーバントは、僕が動かす敵役のウッドサーバントを全て蹴散らして、大勝利を収めてくれた。
お陰で僕は、その回は全てのウッドサーバントを作り直す羽目になる。
ただ、作り直しは大変だったが、状況を見て最適な魔法を選んだその魔法使いの視野は、大いに褒めるべきだろう。
本物のゴブリンに対しては、火炎付与はそこまで劇的な効果を発揮する訳じゃないが、有効な支援である事は間違いがない。
生き物の多くは、本能的に火を怖がるから、それはゴブリンも例外じゃなかった。
多くの魔法使いは、前衛に射線が防がれたり、巻き込まないようにする事に四苦八苦していた。
またゴブリン役のウッドサーバントは十体と数が多い為、まごついたままなら幾体は前衛をすり抜け、後衛の魔法使いを狙ってくる。
実際に殴り掛かったりはしないが、魔法使いがゴブリン役のウッドサーバントに組み付かれたら、そこで死亡判定だ。
ゴブリンは知恵の働く魔物なので、そのくらいは当然のようにしてくるし、またゴブリンに組み付かれて囚われれば、そこで死んだ方が幸運ってくらいの目に合うという。
男であってもなるべく殺さないように切り刻みながら食われたり、女性であればその胎を繁殖に使われたり。
本当に、心底ゴブリンは、人間にとって有害な魔物だから。
もしもゴブリンの大繁殖が周知され、賢者の学院にもその排除に協力要請が来たなら、今日の経験は、必ず魔法使い達の役に立つ。
そんな風に自分を励ましながら、僕はもう何度目になるかわからない、木の従僕の魔法を唱えた。




