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「じゃあ今日教えるのは、何故詠唱が必要で、真言魔法の真言とは何か、だよ」
ミルコ・ロステの屋敷の一室で、カイル、ルナリア、バイレンの三人を相手に、僕は語り出す。
彼らにはミルコも色々と教えてくれているけれど、三人は僕とミルコが共同で受け持つ生徒だ。
故に僕も冒険者としての仕事がない日は、こうして三人を相手に講義をしていた。
尤も既に賢者の学院に属して二年目になるバイレンにとっては、今更な内容になってしまうけれど。
「まず最初に、言葉には力があって、その言葉に宿る力は発し方によって変わるって事を知って貰う。その為に、僕は今から、君達三人を殺します」
僕は三人に向けて、半ば本気でその言葉を放つ。
するとカイルの顔はみるみる間に真っ青になって、ルナリアはぽかんと口を開けたまま固まってしまって、バイレンはすぐさま椅子を蹴って立ち上がり、こちらに向かって指を向けてる。
……バイレンはいい反応をしたな。
これですぐに戦闘態勢を取れる者は、中々いない。
それとも言葉に宿る力に言及した事で、その次を予測し、心構えが作れたんだろうか?
いずれにしても今の反応ができるなら、バイレンは冒険者、軍に入って、戦いに関わる魔法使いとしてもやっていける資質がある。
「という風に、言葉一つで相手は恐怖に震えたり、頭が真っ白になって理解を拒んだり、戦うって意志を固めたりする。僕の方もさっきの言葉を発する事で、その為の方法がすぐに幾つか頭を過ったし」
もちろん、僕が実際に三人を害するような事はない。
ただ力の宿った言葉とはどんな物か、体験して欲しかっただけだ。
その力とは、物理的な作用をする力じゃない。
今のように言葉を聞いた相手に特定の反応を引き起こし、発した本人もまたその発した言葉に連なる思考を自然と行うという、精神、意志に関与するのが、言葉に宿る力だった。
他にも例を出すと、陰口なんかも、力を宿した言葉だろう。
聞いた者に不快感を与えたり、陰口の対象の悪印象を植え付けたりと、精神的な作用を及ぼす。
実際に、陰口のようなタイプの言葉を使う呪法も存在している。
……が、まぁ、それは流石に見習いに語る内容でもないから、今は教える心算はないけれど。
「魔法を使う際に重要なのは、僕が自分の放った言葉で、その方法を考えたって部分だ。言葉でイメージを想起するって言い方をするんだけれど、例えば……」
僕はそう言って、彼らに見易いように手を差し出す。
さっきの今だからか、僕の行動に、カイルの視線に怯えが混じる。
あぁ、うん、警戒されてしまったなぁ。
カイルやルナリアは言葉の力を向ける対象から外した方が良かっただろうか?
でも実際に体感してみないと、言葉に宿る力というのは、中々に理解し辛いものだ。
教えるって、難しい。
「炎よ、在れ。発火」
詠唱と共に、僕が使って見せたのは、第一階梯の魔法である発火。
差し出した掌の上に、握り拳程の大きさの炎が燃える。
実はこの発火は、魔法を学ぶ上では割と重要な魔法だった。
第一階梯は初歩とされるが、実はこの発火は第二階梯に進む際に習得しなければならない要素、属性の利用を含んだ魔法だ。
魔法の矢に火や氷の属性を乗せるにも、サイクロプスと戦う時に使った火炎付与や、魔法使いといえばこれってイメージのある攻撃魔法、火球を習得するにも、まずはこの発火の魔法で属性の利用を会得しなければ話にならない。
ただ、今、僕が皆の前で発火を使ったのは、別に属性の利用を見せたかった訳じゃなくて、その詠唱がとてもわかり易いから。
「今みたいに、炎よ、在れなんて言われたら、誰だって火を連想する。魔法使う本人も、その言葉を発する事でイメージが想起される。そしてそのイメージを引き起こす言葉の力が、魔法を発動させる鍵だ」
魔法を使ったのは正解だったみたいで、カイルの視線から怯えは消えて、好奇の色が強くなる。
この講義を、彼がどれだけ理解できているかはわからないが、……まぁ、魔法使いをやっていれば、詠唱は何度も意識するし、自然と理解が進む話だ。
今は聞いて、頭の片隅にでもしまっておいてくれれば、まだ幼い彼にはそれで十分だろう。
「詠唱自体は、省略もできるんだ。但し魔法を発動させる鍵である言葉、キーワードだけは必要になる。さっきの魔法だと、発火の部分だね。大抵の場合は、このキーワードはそのまま魔法の名前になってるよ」
ちなみに、魔法の発動にキーワードが必要というのにも例外があって、それは魔法陣や魔法の道具、或いは魔法の仕掛けもそうだ。
そのどれも、発動の際にキーワードを唱える必要はない。
何故なら、魔法陣には魔法を発動させる鍵が、術式と一緒に描かれているし、魔法の道具や魔法の仕掛けも、同様に発動の鍵が用意されてる。
まぁ、これも例外の話になるから、今する必要はないだろう。
「ただ重要なのは言葉その物よりも、言葉が宿す力なんだ。だから、発した言葉の発音が悪くても構わないし、別に古代の言葉でも現代の言葉でもいい。繰り返すけれど大切なのはそこに宿る力。意思。これを真なる言葉、真言というんだよ」
僕はその言葉で、今回の講義を締めくくる。
まだまだ語るべき内容は沢山あるけれど、詰め込み過ぎても零れてしまうだけだ。
魔法に触れ始めたばかりのカイルやルナリアには、知識と実践をバランスをよく与えてやりたい。
知識なくして実践はないが、知識ばかりを詰め込めば、子供は魔法をつまらない物に感じてしまう。
だから知識を与えれば、それを活かした実践を行い、魔法への興味を深めつつ、知識の重要性もわからせる。
それが、僕とミルコが相談して決めた、彼らに対する教育方針だった。
バイレンにとっては、カイルやルナリアに教える内容が今更というのもあるので、実践部分で成長の切っ掛けを掴んで欲しいというのもあるし。
「では次は実践じゃな。皆、地下に用意が済んでおる。少し休憩したら、移動するぞ」
ふわりと宙に浮かんだミルコがそう言うと、彼の操る木の人形が、皆の分の茶を運んでくる。
なんともミルコは楽しそうで、まだ教える事に慣れなくて色々と精一杯な僕は、その余裕を羨ましく思う。




