50
それから三日後、僕らは何事もなく無事にシャガルの町に帰り付き、冒険者組合に集めたゴブリンの目撃情報を報告した。
デモンパウダーの生産拠点に関しては、パーレが依頼人に報告に行ったのだけれど、
「ここから先は、もう知らない方が良いと思うぜ。どう考えても気分のいい事にはならないだろうしな」
なんて風に、彼女は僕らに言う。
まぁ、そりゃあそうだ。
デモンパウダーの生産、流通に関わった以上、あの村が無事に終わる事はない。
表沙汰になるなら、シャガルの兵や、或いは王家の直属の兵があの村に踏み込み、悪魔のキノコを栽培する建物にいた男達や、村長以下、デモンパウダーの生産や流通に深く関わった村人が、捕まって死罪になる。
場合によっては、あの村は取り潰されて、責任は村を所有していた領主にも及ぶ。
いいや、或いは領主こそが、デモンパウダーの生産を主導していたとして、一族郎党の全てが死罪になる可能性だってあった。
裏で処理されるなら、あの林で大きな火事が起こったり、村長が不審死を遂げたりするのだろう。
村の全てが火に飲まれる程の凄惨な事態になるとは思いたくないが、……デモンパウダーの生産や流通は、そうなってもおかしくないくらいの、大きな罪だ。
いずれにしても、僕らがその結末を知って、いい気分になれる筈もない。
ただ、……シャガルから四日の位置にある村がどのような結末を迎えたかって話は、避けようもなく耳に飛び込んでくるだろうけれど。
それでもわざわざ自分から調べようとは、思わなかった。
もちろん、幾つか気になる事はある。
例えば、あの神殿を管理していた聖職者、神官がデモンパウダーの生産に関わっていたのかどうか。
遠目で確認した限りだと、悪魔のキノコを栽培する建物の方に魔法の仕掛けは存在しなかった。
という事は、悪魔のキノコをデモンパウダーに加工していたのは、魔法使いではないのかもしれない。
すると最も怪しく思うのは、あの神殿を管理していた神官だ。
あの神殿の佇まいは見事だっただけに、もしそうだったなら、とても残念に思う。
またデモンパウダーの生産拠点が、あそこだけだったのかも気になっていた。
魔物である悪魔のキノコがうろつく場所から、最初の一本を持ち帰る事は難しいが、それを手に入れてしまったならば、その後増やすのは簡単だ。
種類をあまり問わず、肉の苗床があればそれでいい。
単なる村が、悪魔のキノコを手に入れる事はほぼ不可能である。
つまりあの村が行っていた悪魔のキノコの栽培、デモンパウダーへの加工、流通の裏には、裏に別の誰かがいるのだろう。
それが領主である貴族なのか、裏の世界で盗賊達が属する組織と敵対する、別の組織なのか。
その辺りはわからないけれど、仮に後者だった場合、デモンパウダーの生産拠点が他の場所にもある可能性は、決して低くなかった。
尤も、だからといって今回のように、デモンパウダーの生産拠点を探す仕事をもう一度やりたいとは、少しも思わないけれども。
今回の依頼は、多額の報酬と共に、後味の悪さを僕らに残す。
この後味の悪さを押し流す為なら、あぁ、パーレがあんな風に酒を飲むのも、少しは理解できるかもしれない。
……さて、話を変えるが、僕らがこなしたもう一つの依頼、ゴブリンの目撃情報を集めた件に関してだが、シャガルから見て南西方向に巣ができている可能性が高いとして、近日中に捜索隊が派遣される事になるそうだ。
それが今回の件の大本となってる大きな巣なのか、それともそこから枝分かれした新しい巣なのかはわからないけれど、ゴブリンが数を増しているのが確かな以上、巣への対処はできる限り急ぐ必要があった。
僕らは長めの依頼から戻ったばかりだからと捜索隊には加えられなかったが、彼らが巣を発見し、その攻略に多くの人手が必要だと判断されれば、その攻略依頼には僕らも参加する事になるだろう。
ゴブリンは人型の生き物であり、また魔物でもある。
簡単に言えば、人と魔物、両者の特徴を兼ね備えた存在なのだ。
人のように道具を使ったり、罠を仕掛けたり、訓練によって成長していく。
一般人に比べて、戦いの訓練を積んだ兵士や冒険者が強いように、ゴブリンの中にも稀に、妙に手強い個体がいる。
その手強いゴブリンが訓練の仕方を仲間と共有し、群れや巣の全体が実力の底上げをされてる場合もあった。
だから単純にゴブリン退治といっても、その難易度は測りにくい。
また魔物である為、時に変異種、上位種が生まれる事もある。
人は、例えば人間同士が子を成せば、必ず人間が生まれるだろう。
容姿が親に似るにないや、才能を受け継いだ受け継いでいない、或いは驚くほどの天才が生まれたりはするかもしれないが、それも人間の範疇での話だ。
しかし魔物の場合は、ごく僅かな確率ではあるけれど、親とは全く違う姿の変異種、上位種が生まれる事があった。
親の倍もの体格に成長したり、知能の低い魔物の筈なのに、魔法を操ってみせたりと。
そしてゴブリンは、繁殖力の強い魔物である為、そうした変異種や上位種が生まれてくるケースが、他の魔物よりも多い。
並のゴブリンよりも大きな人間の戦士と同等か、それ以上の体格を誇る個体はホブゴブリンと呼ばれ、魔法を操る個体はゴブリンシャーマンと呼ばれる。
一体ゴブリンがどうやって術式を得てるのかは謎だけれど、ゴブリンシャーマンの操る魔法は真言魔法に非常に近く、それを行使する術者は当然ながら知能も高かった。
他にも、邪神の神官として信仰に目覚めて神聖魔法を使うゴブリンプリーストや、ホブゴブリンと同等の体格とゴブリンシャーマンと同等の知能を兼ね備えたゴブリンジェネラルといった指揮能力を持つ上位種等も存在するらしい。
こうした変異種、上位種はただでさえ厄介な存在だが、先も話した通りにゴブリンは訓練によって更に実力を伸ばす場合がある。
変異種、上位種の率いる巣が、訓練によって全体の実力が底上げされれば、それはもう、ゴブリンの軍団とも呼ぶべき大きな脅威だ。
ゴブリンの目撃情報が増えている今、大本となった巣には、既に変異種、上位種が生まれている可能性があった。
デモンパウダーの脅威は、場所が割れた以上は恐らく芽のうちに摘まれるだろうけれど、ゴブリンの脅威は未だ去らず、シュトラ王国の北部、僕らが住むこの地を脅かしてる。
何よりも拙いのは、ここまでわかっていても尚、ゴブリン如きがと思ってしまう人間の心なのかもしれないけれど。




