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シュトラ王国で三番目に大きな都市、シャガル。
この町はシュトラ王国北部の要衝で、他国に続く道と、北部の山脈から流れ出した川が交わる位置にある。
北の山に暮らすドワーフとは武器や防具といった金属製品の交易を行い、森から切り出した木々を川に流して下流、王都等に運び、他国からやってきた商人達には水と食料を補給してやって、取引を行う。
しかし繁栄の裏側には、どうしたって問題も潜む。
例えば異種族に関しては、取引を行うドワーフとの関係は良好だが、森の木々を切り出している為、エルフとの関係はあまりよくない。
交易が盛んである為か、商人を狙った賊も集まり易かった。
もちろんシャガルの町も賊の盗伐には力を入れているけれど、討伐するそばから湧き出すそれを、根絶するには至っていない。
信憑性は定かじゃないが、噂によるとシャガルの繁栄を羨む他所の領主が、密かに賊を支援してるという。
シャガルへの交易路が潰れれば、商人達は他領を通って、そこに金を落とすようになるから、それを狙った策謀なんだとか。
更には魔物の脅威もあった。
水場には多くの生き物が集まるけれど、その中には魔物も少なからず含まれる。
またシュトラ王国の北部は、南部に比べて元より魔物が多いらしく、特にシャガルの傍を流れる川の近くでは、魔物の姿は珍しくない。
けれどもそれらの問題は、冒険者にとっては飯のタネだ。
森から木々を切り出す樵や、他国からやって来る、或いは他国を目指す商人は、身を守る為に冒険者を護衛に雇う。
兵士だけでは手が足りぬ賊の盗伐は、冒険者に依頼される。
当然ながら魔物の駆除も冒険者の仕事で、依頼を請けた上で討伐証明部位を持ち帰ればシャガルの町から褒章が出る上、魔物の体内にある魔石や、爪や牙、毛皮等は高く取引される場合もあった。
故にシャガルはシュトラ王国で三番目に大きな都市ではあるけれど、冒険者の数は上の二つの都市に並ぶ、或いは上回るとも言われてる。
キィと軋むスイングドアを押し開けて、冒険者組合の中に入った僕はぐるりと周囲を見渡す。
冒険者組合は、町が冒険者を管理するための施設で、分類上は恐らく役所の一つになるのだろう。
何でも冒険者というのは、兵士に準じて武装を許可された予備兵力という扱いになるらしい。
簡単に言うと、兵士みたいにずっと雇って給料を払い続けたりはしないけれど、武装や、それを用いる仕事に許可を与えるので、有事の際には町の防衛に協力する義務を負った戦力って扱いだった。
有事というのは、多くの魔物が町を襲ったり、他国の軍が攻めて来たりといった、冒険者が協力しなければ町が消えてなくなる可能性がある場合を言うそうだ。
つまり冒険者は町を守る戦力なので、その所属も当然ながら町になる。
但し国内の冒険者組合は情報を共有し、業務を連携しているので、例えばシャガルの冒険者が王都、ヴァロスに移籍をして活動するのは、簡単な手続きだけで、割とすぐに許可が出るらしい。
仕事での国内の移動、領地を超えたりする場合も、冒険者なら関所で税を取られることもなかった。
しかしこれが他国にとなると、戦力の流出という観点から、所属を移すには複雑な手続きが必要となって、時間も掛かるし、却下される場合もあるそうだ。
一応、仕事の為の移動だったら、幾つかの審査はあるけれど、基本的に許可は下りると聞いている。
さて、こんな風に言うと、冒険者組合はさぞやお堅い場所なのだろうと思われるかもしれないが、実はあまりそうじゃない。
冒険者という人種が、安定した兵士よりも、不安定でも少しでも多くの自由を求める人種だからだろうか、冒険者組合には酒場や宿が併設されていて、仕事終わりにはそこで仲間と一杯飲む連中も少なくないし、そうでなくとも仲間との待ち合わせには、多くの冒険者がその酒場を使ってる。
こうして辺りを見回してるのも、そちらで僕を待ってるだろう、仲間達を探す為だった。
あぁ、やっぱりあそこか。
仲間の姿はすぐに見つかる。
右奥から左に三つ、手前に一つ。
そこが僕らのパーティがこの酒場で最もよく使うテーブルだ。
僕らはこの酒場を待ち合わせに使う事が多いから、ここはもう、半ば指定席みたいになっている。
いや、これは別に僕らが我儘に振舞ってる訳じゃなくて、この酒場の奥の方のテーブルは、殆どが何れかの中堅以上のパーティの、指定席みたいになっていた。
これがどうして中堅なのかと言えば、冒険者の上澄みである一流どころは、町のいずこかに自前の拠点を構えているから。
一流の冒険者は指名の依頼が集まる為、わざわざ冒険者組合に顔を出す事もあまりなく、当然ながら酒場を待ち合わせ場所とする必要もない。
敢えて冒険者組合に顔を出し、周囲に酒を奢ったり、後進の面倒を見ようとする一流どころもいるけれど、それは本当にごく一部の物好きだけだ。
「やぁ、お待たせ」
僕が席に腰を下ろすと、ステラはこちらを見て微笑んで、パーレはジョッキをグイと傾ける。
この香りは、今日はワインか。
パーレは小さな見た目に見合わずかなりの酒豪で、その酒量はドワーフと対等に飲み比べができる程だった。
冒険者としての仕事中は一切酒精を口にしないが、今のように町に滞在している時は、そりゃあもう、浴びるように酒を飲む。
この状態のパーレはあんまり話にならないから、僕の視線はルドックに向かう。
今からする話は、僕らの次の仕事を何にするかだ。
僕が賢者の学院でイクス師に石塊を見て貰ってる間に、仲間達は次の仕事を見繕うって話だった。
こうして酒場に移動して、パーレが使い物にならなくなってる以上、既に次の仕事はおおよそ決まったんだろう。
「お帰りなさい。仕事は、三つくらい良さげなのがありましたね。報酬が良い順に並べると、一つ目は古い屋敷の異変の解決。恐らく何らかの霊、ゴーストの類がいるんだと思います」
指を一つピンと立て、ルドックは言う。
町で次の依頼を決めるのは、大体が僕とルドックの話し合いだ。
パーレは今の様子で使い物にならない事が多いし、ステラは、そう……、少しばかり優しすぎるから。
イクス師の娘であるステラは、冒険者なんて仕事をしていても、育ちは立派にお嬢様だ。
魔法の才能こそ得られなかったが、高い知能に剣の才や身体能力、それから育ちの良さと、多くを持ってる側だった。
更にそこに優しさまで兼ね備えてる彼女は、持たざる者を救いたがる傾向にある。
実際、前回の依頼でも、攫われた村娘の身を、一番案じていたのはステラだったし。
けれども冒険者の仕事は慈善事業ではないので、僕らだって採算の合わない仕事に、無駄に命は賭けられない。
ステラも自分の性格を、それから冒険者の仕事がどういったものかを、ちゃんと理解しているから、仕事に関する希望を述べる事はあるけれど、決定は僕らに委ねていた。
逆にルドックは、僧侶でありながら、いや、或いは僧侶であるからこそなのか、現実的に物事を見る。
彼は理想を否定はしないけれど、しかし世の中が実際にはそうは回らぬと理解して、現実的な範囲での善を成す人間だ。
どんなに神々の教えを説いたところで、飢えた貧者の腹は満たないし、彼らが生きる為に盗みをする事も止められない。
故にルドックは冒険者として稼いだ金の多くを神殿の炊き出しや、孤児院の経営にと寄付してた。
多少なりとも腹が満ちれば、自分が口にする神々の教えも、幾らかは耳に入るだろうからと。
……しかし霊の類かぁ。
放置していた古い屋敷を修繕したり、或いは取り壊そうとしたら、何かの霊が出たって話だろうか。
恐らく富裕層からの依頼だろうし、そうなると報酬の方も期待ができる。
何より、街中での依頼だから、短い期間で終わらせられるのが魅力的だ。
ただ、あまりに情報が足りなさ過ぎて、何とも言い難い。
実際に何の霊なのかって辺りは、流石に判別が難しいのは仕方ないとして、どういう状況で異変が起きたのか、その異変が起きた原因に心当たりがないか等、依頼主が出すべき情報が……、ルドックに視線を送っても黙って首を振る辺り、何もないのは問題だろう。
単に依頼主が冒険者に対して無理解で、情報の提供を怠っているだけなら、まぁ、それも面倒臭いが、どうにかなる。
けれども、もしも依頼者に詳しい情報を提供したくない理由があってそうしてるなら、関わるのはあまりにリスクが高かった。
「二つ目はワイマールの国境まで隊商の護衛。拘束時間は長くなりますが、報酬が日ごとの計算になるので悪くありません。それから三つ目、この時期に子供が罹る熱と咳の病に利く薬草を、なるべく多く採ってきて欲しいって依頼ですね」
あぁ、……うん、そういえばもうそろそろ、そんな時期か。
なるほどなぁ。
二つ目の依頼は、これはあまり気が向かない。
普段なら、別に受けても構わないんだけれど、イクス師が準備を整えてあの石塊を割る際には是非とも同席したいから、流石に国境に行くほどの長期間は、シャガルを離れていられない。
ただ三つめは、うん、これは恐らくステラが選んだのだろうけれど、ちょっと無下に拒否はし辛い。
あの病は栄養を摂ってしっかり休めば、命に関わる程に重いって訳じゃないんだけれど、子供の身にはかなり辛い、苦しい症状が出るのだ。
僕も故郷を離れてこの地に来て、暫くした頃にその病に罹って、それは苦しい思いをした。
……そういえば、ステラと幾らかでも話すようになったのは、僕がその病に罹ったのが切っ掛けだったっけ。
病で寝込んで苦しむ僕に、ステラが熱を下げる効果がある薬草を、持ってきてくれたのだ。
自分も同じ病気で苦しかった事があるから、これを飲めばマシになると、そう言って。
これを思い出してしまうと、あぁ、やっぱり断れないなぁ。
実際、栄養を摂ってしっかり休めば命に関わらないと言っても、全ての子供がそうできる訳じゃない。
日頃から飢えてる、路上で暮らす孤児等は、この病に罹ると動けずに、ただ死を待つばかりとなってしまう。
ルドックもそれを憂いて、この依頼を三つ目ではあっても、候補の中に入れてるんだと思うし。
実際にあの病が流行るのは、もうほんの少し後だけれども、先に薬草を用意して、薬を作っておくのだろう。
ならば今回は、選ぶべきは一つだろう。
冒険者は慈善事業ではないから、僕らは当然ながら利を求める。
けれども僕らは、ただ金の為だけに生きてる訳でもない。
例えばロマンや、何らかの満足感も、金と並んで僕らが依頼を選ぶ基準だった。
「ひとまずは、三つ目の薬草の採取を請けようか。群生地には確か魔物が出るって話だから、戦う準備はしておこう。……その間に、もう少し情報が増えてて、残っていたら、帰った後に一つ目の依頼も請けようか」
僕がそう決めて言えば、ステラとルドックが、それから黙々と酒を飲み続けてるパーレも、こくりと首を縦に振る。
何だかんだで、やはり一つ目の依頼の報酬は魅力的なのだ。
他のパーティが挑んで失敗すれば、情報は増えるだろう。
或いは誰も請けずに依頼主が焦れたら、それでも情報は増える筈。
もちろん誰かが解決してしまったら、もうその依頼は請けれないが、別に仕事は他にもあるし、焦る必要は特にない。
採取に出るのは明日と決めて、僕もワインを注文した。
僕はパーレ程には飲めないけれど、今日はもう予定もないし、少し飲むくらいならいいだろう。
一緒にステラとルドックも、僕と同じくワインの入ったジョッキを手にして、ついでにパーレも御代わりをして、四人でそれをぶつけ合わせて、乾杯の言葉を唱和する。