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「どうやら本当にゴブリンが増えてるみたいですね。さっきの村もつい二週間前に、冒険者を雇ってゴブリンの群れを退治して貰ったばかりだって話が聞けましたよ」
さっきの村では僕の方、デモンパウダーの生産拠点探しは外れだったが、村を訪れる名分として任されたもう一つの依頼、ゴブリンの目撃情報を集めるという方は、どうやら当たりだったらしい。
デモンパウダーにゴブリンの大繁殖。
どちらも大きな災厄にまで成長する可能性を秘めた種である厄介事だ。
いや、もう既に、芽くらいには育ってるのかもしれない。
ゴブリンの姿が方々で見られているのは、どこかに大きな巣があって、そこが溢れかえる程にゴブリンの数が増えてしまった為、巣を追い出されたゴブリンが各地に移動しているから。
そして移動をしたゴブリンがどこかに巣を築き、また数を増やす事に成功したなら、ゴブリンの数は加速度的に増えていく。
冒険者にとって、厄介事は飯の種でもある。
実際、デモンパウダーの生産拠点を探す依頼ではかなりの額の報酬が提示されてるし、名分として任されたもう一つの依頼、ゴブリンの目撃情報を集める方だって、簡単な仕事の割に報酬は悪くなかった。
またゴブリンの大繁殖が間違いないとして、その大本となる巣が発見されれば、それを潰す作戦への参加は、やっぱり割のいい仕事になるだろう。
だが、僕らはそれを喜ぶ気にはあまりなれない。
何故なら、僕らはこのシュトラ王国の北部に根を下ろして生きているから。
ステラとルドックはシャガルの町で生まれ育って、僕は大草原から、パーレは生まれた時から各地を転々として、この地に流れてきたって違いはある。
けれども今となっては、僕やパーレにとってもシャガルこそが新たな故郷……、とまでは言わないにしても、そこで生きると定めた場所だ。
この地が駄目になったなら、他に流れて生きればいいなんて風には考えられなかった。
故に、僕らはこの地に起こる災厄を、どうにか芽のうちに潰してしまいたいし、そもそも芽がある事自体を喜べない。
デモンパウダーにしてもゴブリンの大繁殖にしても、災厄の目に過ぎない今でも、それによって被害を被った者はいるだろう。
冒険者は厄介事を飯の種にする。
それは間違いのない事実だが、その厄介事が社会を破壊すると、冒険者だって生きてはいられないから。
「僕らもゴブリン退治には、参加した方が良いだろうね」
ルドックの言葉に僕がそう返せば、彼は大きく頷いた。
シャガルを含む北部は、シュトラ王国の中でも特に魔物が手強くて、だからこそ冒険者が多い地域である。
ゴブリンの大繁殖を侮る気はないけれど、その冒険者達が積極的に動いたならば、対処できない事態ではない筈だ。
まぁ、デモンパウダーの問題で木材の取引が禁じられたら、北部は混乱に陥ってゴブリンに対処するどころじゃなくなるから、まずはそちらの解決に注力をしなければならないが。
……なんというか、この二つの災厄の芽が同時に発生してる状況は、或いは思った以上に深刻なのかもしれない。
調べる三カ所のうち、シャガルから最も近い西の地点にあるのは、農業も林業も行っている大きめの村。
規模や雰囲気は、僕らがワイバーンを倒した、あの神殿の荘園であった村に近いだろう。
この辺りで川の近くにあって林業を行ってる村は大体がそうなんだけれど、ここも豊かそうな村である。
だがここでも、デモンパウダーの生産拠点は見つからず、ついでにゴブリンが現れたという話も聞けなかった。
最後に調べるのは、シャガルからは南西に位置する大規模な村。
人口も千人を超えるそうで、それはもう小さな町に近い。
つまりこれまで回った村の中では最も隠し物がし易い、デモンパウダーの生産拠点が存在する可能性の高い場所だ。
とはいえ村の規模が大きくなっても、僕らのやる事は変わらない。
ルドックとパーレが村の中を聞き回っているうちに、僕とステラは宿に引き籠って、シュイを飛ばして辺りを探る。
気を遣うのは、宿の窓を開けてシュイを中に呼び込み、僕の意識を乗せて大空へと舞い上がらせる時だ。
大鷲であるシュイの姿は他の鳥とは比べ物にならないくらいに目立つ。
またこの辺りでは滅多に姿を見る事のない鳥なので、村に舞い降りてくるのを見られれば、深く印象に残ってしまう。
尤も他の鳥と違って使い魔であるシュイは、僕が望めば人目を避けて行動するくらいの知恵はあるから。
上空から一気に舞い降りて部屋の中に着地し、出て行く時も素早く一気に大空に舞い上がる。
大空から広く村を見下ろせば、なるほど、これまでの二つの村とは違って、用途のわからぬ建物が複数あった。
あれは恐らく非常時に備えて物資を貯め込んでおく倉庫で、向こうは自警団の詰め所、その隣の小さな建物は武器庫だろうか。
商店も複数あるし、本当にちょっとした町のようだ。
川近くには木材置き場と、木材を運ぶ馬車の停留所。
そこから続く道を辿れば、木々を伐採する林に通じてる。
村と林の間には小さな神殿があって、その周囲にはどこか厳かで、それでいて静謐とした雰囲気が漂う。
けれどもその時、道の先、林の方からその雰囲気には似つかわしくない、荒んだ空気を纏った男達が三人歩いてきて、神殿の中へと慣れた様子で入っていく。
三人のうち二人は、大きな袋を担いでて、残る一人は辺りを警戒するように、周囲に視線を配ってた。
……これは、もしかすると、当たりだろうか?
当たり前だけれど、その三人の誰も、僧侶や神官といった聖職者にはとても見えない。
僕は少し考えて、神殿が遠目に見える範囲の木にシュイを留まらせ、暫くの間待ってみた。
小一時間程すると、神殿の中から男達が出て来て、林の方に歩いていく。
シュイに飛んで貰って、空からその後を追跡すると、男達は林の手前で道を外れ、……否、非常に細い分かれ道があって、樵達がいる木材の切り出し場とは別側から、林の中に入る。
林の中は木々が視界を遮るが、相手が三人もいるならば、上から追う事も難しくはない。
周囲を警戒しながらも三人の後を追い続ければ、やがて林の奥深くに、切り開かれた小さな広場と、複数の建物があるのが見えた。




