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「リュゼは、悪魔のキノコって知ってるか?」

 真剣な表情で話し始めたパーレの口から飛び出したのは、実に物騒な名前だった。


 悪魔のキノコと呼ばれるものは二つあり、一つは人を襲う歩くキノコの化け物。

 要するに魔物の一種だ。

 大きさは大人の男性よりも低く、あぁ、少し小柄な女性くらいだろうか。

 但し太さは人間の倍はあるので、外見からはずんぐりむっくりとした印象を受ける。


 傘の部分からは幻覚を見せたり睡眠を誘う胞子を撒き散らす。

 悪魔のキノコが人を、より正確には肉を備えた生き物ならほぼ何でも襲うその目的は、繁殖だ。

 うっかりと胞子を吸い込んでしまうと、夢見心地のままに、悪魔のキノコの苗床とされてしまう。


 そしてもう一つの悪魔のキノコとは、その苗床から生えてきたキノコの事を言う。

 苗床から生えたキノコは、魔物である悪魔のキノコの子ではあるが、その多くは魔物にならない。

 一つの苗床から一本か二本、人の腕よりも大きく育ったキノコだけが、苗床から自らを引っこ抜き、辺りをうろつき回るようになる。

 これが成長すると、魔物としての悪魔のキノコになるのだけれど、場合によっては一つの苗床から一本も魔物が発生しない場合もあるそうだ。


 だがこの、魔物にならなかった幾本ものキノコも、決して安全な存在ではない。

 これらのキノコも、肉の体、動物の躯等を苗床に、増える事があるのだ。

 例えば、このキノコは食すると夢見心地を得られるので、一部の動物や魔物の好物だった。

 しかしそれらの動物や魔物が何らかの拍子に死ねば、その身体を苗床として、このキノコが生えてくる。


 これだけでも怖い話ではあるのだが、このキノコを精製すると、快楽を伴う幻覚を見せて夢見心地にする中毒性のある薬、つまりは麻薬の類を生み出す事ができてしまう。

 以前に話した幻蛾の鱗粉から作られるそれよりは効果が弱いが、このキノコは苗床となる肉さえ用意できるなら、生きて動き回る幻蛾と違って管理は然程に難しくない。

 故にこのキノコから作られる薬、デモンパウダーは、時に大きく広まって、社会に多大な悪影響を与える事で知られてた。

 まぁ、知られてたと言っても、それを知っているのはある程度の教育を受けた者で、そうした機会がない者は、デモンパウダーの悪名を知らずに使用してしまうんだけれど。


「こないだ、王都の、ヴァロスの貧民街で、デモンパウダーの売人が捕まった。まぁ、それはいいんだが、いや、よくはないが、さておき、問題はそのデモンパウダーの出所と、王都に運び込まれた方法だった」

 パーレの言葉に、僕は思わず顔を顰めてしまう。

 デモンパウダーの流行の兆しは、冗談では済まされない事態だ。

 多くの人が不幸になるし、シュトラ王国の国力も弱る。

 場合によっては、それを好機と見た他国との、戦争だってあるかもしれない。


 いや、もちろんそれは大規模に国中でデモンパウダーが流行したらの話で、生産規模が小さかったり、国が適切な対処を取れば、そこまでの事態には至らないだろうけれども。

 ただ、そうなるかもしれないって可能性があるだけで、十分に怖い話だ。


「そのデモンパウダーは、シュトラ王国の北部で生産されて、川を流して運ぶ木材の中に隠して、王都に持ち込まれたらしい」

 でもそれに続いたパーレの言葉には、また種類の異なる怖さが含まれていた。

 デモンパウダーがシュトラ王国の北部、要するにこの辺りで生産されてて、それが木材の中に隠して運ばれているとなると……、或いは北部地域を支える産業の一つである木材の輸送、販売が禁じられてしまうかもしれない。

 そんな事になれば北部では大勢の失業者が出て、治安が一気に低下して、これまでの生活の全てが崩れてしまう恐れがある。


 王都でデモンパウダーの売人が見つかったくらいでは、即座にそうなったりはしないだろう。

 シュトラ王国にとって、北部から得られる税収は決して軽くないものだし、北部から流れる木材は、下流の全てで重宝されている。

 当然ながら、最初は厳しい取り調べを行う等の方法で対処をしようとする筈だけれど……。


「もしかすると、王都だけじゃなくて、もっと下流、リジューラの港に持ち込まれて、船で国外に持ち出されてるかもしれない。そうなると、問題はシュトラ王国内だけでは済まなくなるから」

 より広い範囲にデモンパウダーの被害が広まると、そうも言ってられなくなるかもしれない。

 他国との貿易に影響がでるなら猶更だ。

 北部の領主達は王家に抗議をするだろうが、実際に領内にデモンパウダーの生産拠点を作られてしまった領主達も、管理不行き届きという非がある。


 実際にどうなるかは読めないが、パーレが口にしてるのは、かなり深刻な問題だった。

 けれどもわからないのは、どうして彼女が、わざわざ僕を呼び出してまでその話をするのかっていう事。

 依頼があるとは言ってたけれど、この話にパーレや僕がどう絡むのか。


「アタシにこの話が来たのは、パーティに並の盗賊なんて及びもつかないくらいに広く遠くを見通す目を持つ、リュゼ、アンタがいたからだよ」

 するとパーレは、僕を真っ直ぐに見つめて、そんな言葉を口にする。

 けれども何故だか、そこに僕を責める響きは全くなかった。


「依頼の内容は、シュイの目を借りて空からデモンパウダーの生産拠点を探す事。流通を辿って、おおよその位置はわかってるらしいんだけれど、踏み込む為に正確な場所を探りたいんだってさ」

 あぁ、うん、なるほど。

 それは確かに、僕の存在を知ってたら、頼みたくなるのもわからなくもない。

 デモンパウダーの生産拠点なんて慎重に隠されてる筈だし、守ってる人員も多くいるだろう。

 場合によってはその地の領主が、デモンパウダーの生産に関わってる可能性すらあった。

 熟練の盗賊であってもその位置を探すとなれば、多大な危険を冒す事になる。


 ただ、僕なら安全かと言えば、またそれは少し違うんだけれど。

 デモンパウダーの生産となると専門的な知識が必要で、その知識の持ち主が魔法使いであったなら?

 使い魔による偵察を警戒して、何らかの手段を講じているかもしれない。

 まぁそれでも、地上から探すよりはよっぽどマシか。


「多分、アタシ達の名前はシャガルでは少し知られ過ぎたんだろうね。……それを避ける為に、パーティに名前を付けなかったって言うのにさ」

 そういえば、そうだったか。

 僕らのパーティは、魔法使いと僧侶、真言魔法と神聖魔法の使い手が揃っている上、ステラの父親は賢者の学院の重鎮だ。

 故に妙な名前の売れ方をして、不要な妬みを買ったり、実力以上の依頼を持ち込まれない為に、パーティの名前を付けるのはよそうとパーレが言い出したんだっけ。

 もしかすると彼女は、その頃から僕らが盗賊達の属する組織に目を付けられないように、考えてそんな事を言ったのかもしれない。


 けれどもここ最近の僕らはワイバーンも倒したし、少しばかり名が売れ過ぎた。

 大鷲を使い魔としている魔法使いがいるって話が、その組織にも知られてしまうくらいに。


「まぁ、放ってはおけない話だし、その依頼は請けるよ。ただ、……やっぱりそうだね。請けるなら相談して、皆で請けようか。もう、どうせ僕らの事が知られてるなら、全員で動いても変わらないだろうし」

 いっその事、これを機にパーティの名前も考えてもいいかもしれない。

 そうするに相応しい実力は、そろそろ身に付いたとも思えるし。

 何にせよ、まずはその依頼を片付けてからの話になるけれど。


 僕の言葉に、パーレは安心したように笑みを浮かべて、大きく一つ頷いた。




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