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「パーレからの呼び出しなんて、珍しいね? しかもこんないい店だなんて」
それはパーティの休養期間も残りが片手で数えられるくらいになったある日の事。
僕はパーレに呼び出され、商業区でも評判の高級料理店にやってきた。
ここは味が良いのはもちろんだが、二階には機密性の高い個室が幾つも用意されていて、商人達の商談にもよく用いられるとの話をよく聞く。
ただ、まさか自分がその二階の個室を、しかもパーレに誘われて使う事になるとは思わなかったけれども。
恐らく、余程に大事な話があるのだろう。
だって、普段はシャガルの町では常に酒で顔を赤くしてるパーレが、今は全くの素面だから。
「きししし、アタシにも色々伝手ってもんがあってさ。今日は奢るから、好きなもん食べていいぜ」
伝手という言葉に、僕は頷いてテーブルに置かれたメニューの表に目を通しながら、この料理店に関してのある噂を思い出す。
実はここの店のオーナーが、冒険者を引退した盗賊だって噂を。
これは真偽は全くわからない話で、しかもあまり広がってもいない。
というのも、当たり前の話だけれど、引退したとはいえ盗賊が経営する店で、商談をしたい商人なんていないだろうから、この噂が広まると、店には多大な不利益がある。
それが根も葉もない噂なら口にするのもいいけれど、もしも本当に店のオーナーが元盗賊だったなら?
裏の世界を知っていて、広いコネを持つだろう相手を敵に回してしまうかもしれない。
そもそもこんな噂があるのにあまり広まっていない事自体、この店が何らかの力に守られている証左にも思う。
商業区の繁盛店なんて、他の店から見れば目障りに決まってるんだから、悪い噂を聞き付ければ、広めたくもなる筈なのに。
……なら、パーレはその引退した盗賊と知り合いだったって事だろうか?
いや、僕はもう少し踏み込んで、この店は、盗賊達を取り纏める組織と繋がりがあるんだと考える。
冒険者としてではあっても、盗賊の名を冠する職にあるパーレが、裏の世界と何らかの繋がりがある事くらいは、僕だけじゃなく、パーティの皆が察してた。
もちろんパーレだけじゃなくて、多くの盗賊が集う組織が、シャガルのみならずシュトラ王国の全体に根を張っているのだと、長く冒険者をやっている者なら、殆どは薄々気付いているだろう。
それを口に出しても、誰も得はしないから、わざわざ口に出さないだけで。
この店は、その組織がシャガルでの情報を集める為に作ったんじゃないだろうか。
個室で行われる商人達の商談も、実は聞き耳を立てられているのかもしれない。
単にそこで得た情報を、そのまま利用して裏をかくなんて真似をせず、もっと大きな金の流れを読む事に使っているから、商人達もそれが漏れていると気付かないままに。
部屋の中に伝声管のような、声を拾う何かは見当たらないし、どこかで聞き耳を立てられてるような気配も感じないけれど……。
でも僕は、素人が隠れ潜んでいるなら見つける自信はあるけれど、例えばパーレがどこかに隠れて聞き耳を立てていても、恐らく気付けないだろう。
暫くすると部屋がノックされて、給仕が中に入って来るから、僕とパーレは自分が希望する料理を告げる。
そしてその時も、パーレは酒を注文はしなかった。
……さて、彼女が酒を我慢してでも僕にしなきゃいけない話なんて、一体何なのだろうか?
「リュゼに、一つ依頼がしたい」
運ばれてきた料理に一通り手を付けていると、パーレが僕に向かって、漸く用件を切り出す。
少しばかり待たされたけれど、どうやら彼女は、料理が運ばれてきて話の腰を折られる事を嫌ったらしい。
あぁ、そう考えると、この店の料理が一品ずつ運ばれてくるコース風じゃなくて、ある程度纏めて運ばれてくるのは、話に集中させる為か。
ちなみに追加の注文がしたい場合は、部屋の入口に札を差しておけば、さっきのように給仕が訪ねに来てくれる。
尤もまだるっこしい事には変わりないから、本当に料理を楽しみたいなら、二階じゃなく、一階で食事をした方が良さそうだ。
口に運ぶ料理はどれも本当に美味しいから、次はそうしてみようと思う。
「パーティじゃなくて、僕個人に?」
首を傾げてそう問えば、パーレは頷く。
魔法使いである僕は、単独行動にあまり適さない。
近接戦闘を仕掛けられた時に、非常に不利になるからだ。
一応はナイフを使った格闘術の心得はあるけれど、町のチンピラやゴブリンくらいならともかく、本格的に魔物を狩るだとかなると、やはり護衛は欲しかった。
パーレも、恐らく僕よりは近接戦闘をこなすだろうけれど、ルドックやステラには及ばないだろうし。
「アタシとしては皆に手伝って欲しいけれど、巻き込むと多分、リュゼが嫌がるだろうから、まずは絶対に請けて欲しいアンタだけに話してる」
あぁ、なるほど。
どうやらそれは、パーレにとって断れない事情のある依頼で、その達成に僕の力が必要だから、最大限に配慮をしてこの話を切り出したらしい。
……となると、例の盗賊達が属する組織からの依頼だろうか。
それなら確かに、パーティ全体に対して、つまりはステラを巻き込む形で依頼を持ってくると、僕は拒否感を抱く。
尤も内容次第では、その拒否感を抑え込まなきゃいけないかもしれないが。
パーレが、普段は僕らをその組織、裏の世界に関わらせないように振舞っている事は、僕も知ってる。
これまでそうしてきた彼女が、そこを曲げてまで僕を頼らなきゃいけない何かがあるならば、可能な限りは協力をしたい。
そりゃあ僕にだって、できる事とできない事はあるけれど、普段は僕も、色々とパーレには助けられているから。
「そう、じゃあ、詳しく話を聞こうか」
僕は切った肉を一切れ口に運んでから、ナイフとフォークを置いて、姿勢を正してパーレの話に耳を傾けた。