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魔法の射手(マジックシューター)~この矢はきっと誰よりも遠い場所へと届く~  作者: らる鳥


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 シュトラ王国で三番目に大きな町、シャガル。

 多くの人が暮らすこの町では、日々色んな場所で市が立つ。

 例えば商業区の大通りから一本逸れた通りでは、常設の食料市が立っていた。

 ここにはシャガル近郊の村々から運ばれてくる麦や野菜、家畜の肉や、川で採れた魚等が売られてる。


 シャガル中の胃袋を満たすこの場所は、実は商業組合という組織が仕切っているらしい。

 なんでも有力な商人が寄り集まった組織で、シャガルの中で行われる商取引の多くにはこの商業組合が関わっており、町の領主もその意向を無視できない組織なんだとか。

 市に関しては、露店の出店許可や、場所の割り振り等を商業組合がしているそうだ。


 また月に三日、太陽の日と大空の日と大地の日に、神殿前に市が立つ。

 この日は参拝客が増える為、その人出を狙った市である。

 神殿はこの町に幾つかあるけれど、そのどれもが神殿前には市が立ち、多くの人出で賑わう。

 ちなみに神殿の中でも最も大きいのが行政区にある、ルドックが手伝いに出ている神殿だった。


 神殿前で行われる市は、神殿市とか、三神市とか、或いはそれぞれの日の名前で、太陽市、大空市、大地市なんて風に呼ばれてる。

 その仕切りは神殿が行っていて、ここでの取引には商業組合の手も及ばない。

 なので成り上がりを目指す若手の商人や、他の町からやって来た商人が、神殿市を大きな取引の好機とするなんて話もあった。

 まぁ、商人ではない僕らからすると、規模が大きくて、掘り出し物も多い市ってくらいの印象でしかないけれども。


 後は、居住区の近くにある大きな公園では、布地や衣類を売る繊維市と、使い古した品を売るガラクタ市が、それぞれ月に一回。

 繊維市は公園を管理する役所と、商業組合が仕切っているが、ガラクタ市の方は居住区の住人が勝手に中古の品を持ち寄って始めたらしく、特に仕切る組織はないらしい。

 にも拘らず大きなトラブルもなく成り立ってるのは、仕切る組織が公になってないってだけで、ちゃんと何かしらの手は及んでいるんだろう。


 それから、シャガルで取引された木材が大規模に下流に流される日は、流木市といってその様子を見に来た客相手に、飲食物や木彫りの細工物を売りつける小規模な市があった。

 これの仕切りは、良くは知らないけれど、多分商業組合だと思う。

 他にも、僕が把握してないだけで、シャガルではいろんな場所で、何かの名目で市が立っている。


 さて、どうして急にこんな市の説明を始めたかと言えば、ルドックから、ステラと一緒に神殿市に遊びに来ないかって誘われたから。

 詳しく話を聞いてみると、ここ最近の件で神殿内での発言力が増したルドックに、大地の日の神殿市の仕切りに関わって欲しいって話があったんだとか。

 神殿市の仕切りで得られる上納金は、神殿にとっても決して小さくない額だそうで、そこに関わるって話は、間違いなく彼の実績になるだろう。

 トラブルを起こさずに成功させれば、猶更に。


 だから僕らという訳か。

 シャガルの町ではそれなりに名前が売れた冒険者である僕らが市の会場にいると、多少なりともトラブルを抑止する効果があるかもしれないから。


 一番いいのは、市の警護の依頼を請ける事なんだろうけれど、ルドックは仕切りに関わると言っても責任者という訳ではないから、依頼を出す権限まではないそうだ。

 何より、そう、僕らはまだパーティとしての活動は休暇中だし。

 なのでその日に遊ぶ資金はルドックが出すから、僕とステラの二人で市をぶらついてくれないかと、そういう話だった。


 もちろん、ルドックからの頼みなら、僕は別に構わない。

 以前から、ステラとはどこかのタイミングで遊びに出たいと思っていたし。

 むしろルドックは、トラブルの抑止とやらよりも、単に僕とステラを遊ばせる為に、そんな事を言い出したんじゃないかとすら思う。

 だって彼は、割とお節介だから。



 依頼でもないからステラを誘う時は、ちょっと言い出しにくかったけれど、誘えば彼女は二つ返事で頷いてくれた。

 ステラは生まれた時から、僕は十歳から、シャガルの町で過ごしてるから、神殿市には何度も一緒に遊びに来た事がある。

 お互いに一人前と認められる年齢になってからは、……そう、冒険者なんて仕事をしてるせいもあって、随分とご無沙汰にはなってるけれども。


 相変わらず、この日の神殿前は人出が多い。

 草原からシュトラ王国に来たばかりの頃、普段の町の様子ですら人の多さに驚愕したのに、初めて神殿市を見た時は、その人波には恐怖すら感じた事を、僕は今も覚えてる。

 だって人が多過ぎて、行き交うのではなく、同じ方向に流れていくのだ。

 でもそれも、今ではすっかり当たり前になってしまって、ステラと一緒に、その人波の中を歩けるようにもなっていた。


「リュゼ、ほら、あそこ。リュゼの好きなミートパイが売ってる」

 そう言ってステラが指を差すのは、一軒の屋台。

 あそこは僕らが子供の頃から行政区の神殿市で欠かさず屋台を出していて、僕とステラはイクス師から小遣いを貰うと、よくあのパイを買いに来た。


「あぁ、久しぶりに食べたいね。買おうか。ステラは葡萄のパイでいい?」

 僕はボリュームのあるミートパイがお気に入りで、ステラは甘い果物のパイを頼むのが定番だ。

 彼女が一番好むのはリンゴのパイだったけれど、残念ながら今はその時期じゃないから。

 問えばステラは笑って頷いたので、僕は彼女の手を引き、人を避けながらパイの屋台を目指す。


 今日は遊びに来てるので、僕もステラも軽装である。

 ルドックの頼みもあったから、僕も一応はナイフを身に着けてるし、ステラは剣を腰に佩いてはいるけれど、これを抜く事は、まぁないだろう。

 幾らステラの剣の腕が一流であっても人混みの中で剣を振り回すのは難しいし、また神殿の前を、しかも市の日に、血で汚してしまう訳にはいかない。

 僕はここから遠い大草原の部族の出身で、三神教を信仰してはいないけれど、それでもここに住む彼らが大切に思う場所を、尊重する気持ちはちゃんとあった。


 だからという訳じゃないんだけれど……、

「スリだ! 誰か、そいつを捕まえてくれ!!!」

 こうした場所で躊躇いなく罪を犯せる者の神経が、僕にはどうしても理解できない。

 いや、こうした場所じゃなくても、自分から罪を犯す物の気持ちは、僕にはわからないんだけれども。

 そりゃあもちろん、罪人の中にもそうせざるを得ない事情のある者は、居るとわかってはいても。


 道行く人を突き飛ばしながら、そのスリを行ったと思わしき者は逃げていく。

 もう少し現場を離れたら、何食わぬ顔で人混みに紛れる心算なんだろうけれど……、彼にとって不運だったのは、まず第一にスリが相手にバレた事。

 それさえなければ、バタバタと逃げ出す必要もなく、安全な場所で悠々と金の勘定をできただろう。

 尤もそれは、単に運の問題じゃなくて、そのスリの腕前が悪かったってのもあるから、自業自得だ。

 まぁ、悪さに手を染めてるんだから、そもそも自業自得以外の何者でもないか。


 次に、第二に不運だったのは、これはもう本当に単に運が悪く、今日は僕とステラがこの場所に居合わせた。

 僕の目は、もう既にスリの顔をしっかりと見てるから、人混みに紛れようとしても、逃す筈はない。


 唇に指を当て、ピィーッと高く吹き鳴らせば、大空から一気に舞い降りてきた大鷲、シュイがスリの頭に爪を立てる。

 翼をはためかせる大鷲と、スリが痛みにあげた叫び声の大きさに、周囲の人々が遠巻きにしようと距離を開けた。

 スリの周囲から人が離れて、僕と彼の間に視線が、射線が通る。

 といっても、何時ものように魔法の矢で打ち抜いたりはしないけれども。


 人混みでステラが剣を使わないように、僕も攻撃魔法は使わない。

 この程度の距離で僕が魔法の矢を外す事は絶対にないと言い切れるけれど、周囲の人々は僕の腕前なんて知らないから。

 外す外さないの問題じゃなくて、攻撃魔法を使う事自体が問題になる。


「荒縄よ敵を縛れ。楔よその足を穿て。拘束!」

 使うのは魔力で対象を縛り付けて拘束する、バインドの魔法。

 身体能力に優れた冒険者でもなく、圧倒的な膂力がある魔物でもないなら、この魔法に捕まれば、もう暫くは動けない。

 単なるスリを捕まえるのに第四階梯の魔法は大袈裟だけれど、周囲を巻き込まずに捕まえるには、この魔法が一番だった。

 そして人をかき分けて現場に辿り着いたステラが、スリを転がして上に乗って無力化すれば、捕り物はそれで終了だ。


 後は神殿の警備にスリを引き渡し、被害者に奪われた物を返して貰えば、僕らは改めてパイを食べに行けるだろう。



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