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「バイレン、二人に手本を見せてあげてくれる?」
カイルとルナリアが魔力を出力できるようになった事で、魔法陣を使用する準備は整ったけれど、それでもいきなり魔法を使わせたりは、流石にしない。
魔法の使用には術式はもちろん、しっかりとしたイメージも必要だ。
今から何が起こるのか、先に効果を目で見る事で、そのイメージをちゃんと持たせる。
術式とイメージと魔力。
それが揃えば、魔法は使えた。
もちろん術式に関しては魔法陣、ミルコからの借り物だけれど、最初はそれで構わない。
魔法を使ってみたならば、次は自分だけの力でそれを成功させたくなる。
その仕組み、術式にも興味を持って、学ぶ事が苦痛じゃなくなるから。
僕とミルコは、先に知識を入れるよりも、魔法の行使という体験をさせる事を、今日の目標にしていた。
あぁ、今は僕が話を進めてしまってるけれど、ミルコは黙って様子を見守ってくれている。
「えっ、はい。……こっちので、いいんですよね?」
少し驚いた様子のバイレンだったが、幾つか並んだ魔法陣のうち、僕が使って欲しいと思うものを指差す。
今回、地下室にミルコが用意した魔法陣は五つもあって、そのうち、カイルとルナリアに向けた初歩の魔法が使える魔法陣は、二つ。
その片方が、バイレンが指差す魔法陣、光の魔法を使う為のものだった。
バイレンは、既に魔法の知識を持っているって事もあるけれど、中々に頭の働きが早い。
五つの魔法陣を見て、それが何の為に用意されたものであるのか、既に大体のところは理解をしているんだろう。
彼は光の魔法を使う為の術式が描かれた魔法陣の真ん中に立ち、カイルとルナリアにもわかり易いように、ゆっくりと魔力を発して、魔法陣に流し込む。
「光よ」
そしてバイレンがキーワードを口にすると、彼の翳した手の先に、握り拳よりもやや大きな、光を発する球体が現れる。
まるでお手本のような、丁寧な光の魔法の使い方だ。
いや、実際にお手本にする為に魔法を使って貰ったんだけれど、初歩の魔法をわざわざ魔法陣で行使するなんて、初心者のような真似だと嫌がる魔法使いも少なくないのに、バイレンの光の魔法には一切の手抜きはなかった。
それは、中々できる事じゃない。
カイル、ルナリア、バイレン。
三人の事が、少しずつだがわかってきた。
次にカイルが魔法陣の上に立ち、光の魔法を使用するが、彼は必要よりも多い量の魔力を流して、バイレンが出したそれよりも倍以上は大きな光の球体を生み出してしまう。
光量も強めだ。
そして何だか表情も得意げである。
より大きく、より強い光を求められる事もあるから、別に間違った使い方をしてる訳じゃないが、……まぁ、いいか。
今、それを咎めるよりも、体験した後に、何が悪いかを教えてやろう。
最後にルナリアも、光の魔法陣の上に立ち、こちらは普通に必要な量の魔力を流して、光の魔法を行使した。
いや、これもちょっと過分だけれど、彼女の場合は意図的ではなく、単に調整が苦手なだけだ。
ルナリアは真似るべきがバイレンである事はわかっていたようで、同程度の大きさの光の球体を生み出す。
彼女も課題はあるけれど、別に今はそれを指摘する必要はない。
繰り返し魔法を使ってる間に、ルナリア自身が気付くだろうし、更に繰り返し魔法を使ってる間に、いずれは克服できる事だ。
「よしよし、光の魔法はそれで構わぬ。では次は矢の魔法陣だ。バイレンよ。矢の魔法陣でも、手本を見せてやるといい。的は奥の壁に用意してあるアレを狙え」
それぞれの光の魔法を見たミルコが、次の指示を出す。
次の行使する魔法陣は、魔法の矢を行使するもの。
そう、僕が最も信頼し、愛用する攻撃魔法。
まぁ、僕の魔法の矢の撃ち方は独特だから、あまり手本にはならないので、バイレンがいてくれて助かった。
彼は期待通りに、こちらもやはりお手本のように、揃えた二本の指先から光る矢を放って、……的にも一応命中させる。
尤も、矢が当たったのは的の端で、真ん中に命中とはいかなかったが。
さて、手本が終われば、次はカイルだ。
攻撃魔法を使える事に、彼は期待に胸を膨らませていると丸わかりの表情で、意気揚々と魔法陣の中央に立つ。
……けれども、残念ながらカイルにはもう、この魔法を発動するだけの魔力が残っていない。
元々の容量が小さな事に加えて、先程の光の魔法で魔力を使い過ぎてしまったから。
全力で振り絞れば、魔法の矢を放つ程度の魔力なら、何とか捻り出せるかもしれないけれど、今の彼にそのやり方を教える心算は、僕もミルコもなかった。
「カイルよ。今のお前には使えんようだの。自分の何が悪かったかは、リュゼに教えてもらうといい。次、ルナリアよ、やってみせよ」
そう言ってミルコが手を振ると、カイルの体はふわりと浮いて、抵抗する余地もなく魔法陣の外に運ばれる。
自分は上手くできると思っていたのか、カイルはショックを受けて涙目だ。
僕は彼の手を引き、他の皆の邪魔にならないように地下室の隅へと移動して、
「じゃあカイル。一体何が悪かったか、わかる?」
そう、問う。
まるで追い打ちのような問い掛けで、それをする僕も決して気分はよくないのだが、何が悪かったのかを自覚させなければ、カイルが成長できなくなる。
彼を成長させるのが、教える側である僕の役目だから。
「わかんない……、です。魔力が、足りなかった?」
口ではわからないと言いつつも、ちゃんと答えは出ているカイル。
つまり何が悪かったかは薄々察しているけれど、単にそれを認めたくないだけか。
僕はその言葉に頷いて、
「そうだね。何故魔力が足りなかったのか。それはカイルが子供だから、元々の量が少ないって事もあるけれど、先に使った光の魔法で、必要以上に魔力を多く使ったからだよ。それも君は、わざとそうしたね」
ハッキリとわかり易く、彼に自分の非を突き付ける。
手本があったのに、それを無視してわざと魔法を大きく使ったという非を。
今回は、カイルが自分を大きく見せようとか、調子に乗ってたりとか、そんな理由で大きく魔法を使っても、単に次の魔法が使えなくなるだけだった。
しかしそれは、僕とミルコが用意した物の上で魔法を使ったからだ。
この先、カイルが魔法使いとしての道を歩むならば、同じような真似をしていると、或いは命を落とす場合だってあるかもしれない。
故にここで彼が自分の非を自覚する事は、絶対に必要だろう。
この年齢の子供が、そんな風に非を付き付けられれば、泣いてしまうとわかってはいても。
「ごめ……、ごめんなさい」
謝罪の言葉を口にして、泣くカイル。
必要な事だとわかっていても、こう、子供の涙は胸が痛む。
これで魔法を覚える事が、嫌になったりしなければいいんだけれど……。
「繰り返さなければ大丈夫。大きくなれば魔力も増えるしね。魔法を使う事には危険もあるから、手本があればそれに倣って、僕らの教えた通りに使うようにね。もちろん勉強していけば、何が危ないかも自分でわかるようになるから、その後は、自分の思うように魔法を使えばいい」
僕がカイルに声を掛ける向こうで、ルナリアが魔法の矢を成功させて、でも的は外してた。
二人に対しての魔法の講義、初日はこんなところだろう。




