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ドアを開いたのは騒霊の呪文か、それともその名前の由来である幽霊としての能力か。
屋敷が広いだけあって、地下室もとても広く、それから床には魔法陣が幾つも描かれていた。
そう、この魔法陣の為に、今日は地下室に来たんだけれど、いや、それにしても魔法陣の数が多い。
なんというか、ミルコは親切な人、もとい親切な幽霊だなぁって、ちょっと感心してしまう。
何故なら床に描かれた魔法陣のうち、二つは僕の為に用意された物だったから。
でもそれは、後回しにして、まずは子供達をミルコに紹介だ。
「ロステさん、この子達が、僕と貴方で魔法の手解きをする生徒になります。一番小さな子がカイル。次にルナリア。こちらのバイレンは賢者の学院に在籍して二年目の魔法使いです」
軽く紹介していくと、カイルは意外にしっかりと、ルナリアは戸惑いながらおずおずと、バイレンは緊張に顔をこわばらせながら、それぞれが頭を下げて挨拶をした。
全員がきちんと挨拶をできた事に、僕はちょっと安堵する。
挨拶は、人と人の関係の入り口だ。
例えば、僕とミルコが初めて出会った時、互いに挨拶をしたから、その後は話し合いで事態は解決した。
これは互いに相手を人として扱うと、態度で示したからである。
僕らがミルコを人でなくレイスという魔物として、或いはミルコが僕らを屋敷に侵入した賊として、人ではないものに対する扱いをすれば、即座に戦いになっていた筈。
あぁ、もちろん賊は生き物としては人ではあるけれど、扱いは魔物と同じく人じゃない。
「そうかそうか。子供達よ。儂はミルコ・ロステという。見ての通り、一度は死して迷いし者ではあるが、魔法を教えられる知識はあるから、心配はせんでえぇ」
なので最初に挨拶を交わして、皆がミルコを人として扱うと態度で示せば、後はまぁ、多少の無礼があったとしても、彼は寛容に許してくれる。
カイルは既に床の魔法陣に興味津々の様子でそちらをチラチラ見ていて、バイレンは既に今日は何をする為に集まったのか、察している様子。
ルナリアはまだ雰囲気に飲まれておどおどしてるから、ちょっとフォローしてあげた方が良いか。
「ロステさんに用意して貰ったのは、見ての通り魔法陣。これは術式、えっと、魔法を使う際に必要になるイメージ、思考、詠唱を代替してくれるもので、今日はこれを使って魔法を体験してもらう予定だよ」
魔法を使う時は、普段ならば必要な術式を自分の中に用意して、そこに魔力を走らせる。
けれどもそれにはその魔法に対する理解、術式の知識がどうしたって必要だ。
故に魔法を習得するための方法の一つとして、床に術式を、魔法陣として描き、実際に魔力を走らせて発動させる事で、術式の知識を、魔法に対する理解を深めるというのがあった。
ただ魔法陣の応用性は、魔法の習得だけには留まらず、例えば他人が用意した魔法陣で、魔法を使う事も可能だ。
当然ながら使用者が魔力を扱えて、量が足りるならばの話だが、自身で用意した魔法陣でなくとも、そこに描かれた術式が正確であれば、魔法はちゃんと発動をする。
以前、イクス師の部屋で、僕らが見つけた石塊を割る際、僕が魔法陣を使って対抗呪文を発動したが、実は対抗呪文は第五階梯の魔法である為、本来ならば僕にはまだ扱えない魔法だった。
けれどもイクス師が魔法陣を用意して、更に魔石で魔力も補ってくれていたから、問題なく対抗呪文を発動して、トラップとして仕掛けられていた分解魔法を打ち消せたのだ。
だから今回のように、まだ魔法なんて一つも扱えないカイルやルナリアにも、魔法陣を用意しておけば、初歩の魔法であるならば、実際に行使する体験は可能である。
「但し、そう、カイルとルナリアだったな。二人はまだ、魔力の扱い方も知らんじゃろう。なのでまずは二人の体に魔力を流して、自分の中にある魔力を感じるところから始めるが、肉体のない儂は二人には触れんのでな。そこはリュゼに任せよう」
ミルコの言葉に、僕は頷く。
あぁ、そう、確かに、体に触れて魔力を流すのは、肉体のない彼には不可能か。
意外なところに穴があるものだ。
どうやらミルコは最初からわかっていた様子だが、僕は彼が言葉にするまで、全くそれに気付かなかった。
まぁ、これは別に、何も難しい事じゃない。
ある程度以上の魔力を保有し、魔力に対する感受性があって、それを出力する為の下地も備わっているからこそ、カイルもルナリアも、魔法使いとしての才能があると判断されたのだ。
もちろんそれにも個人差はあるんだけれど、少なくとも最初の、魔力を感じて出力するまでで、躓くような事はあり得ないから。
僕は一人ずつ、まずはカイルの手を握り、彼の体に魔力を流す。
さて、僕の魔力をカイルはどんな風に感じるだろうか。
他人に魔力を流された時の感覚は、人によって異なるらしい。
昔、僕がイクス師に魔力を流された時は、暖かくて、自分に欠けていた物に巡り合えたような感覚を受けたけれど。
「……うぅっ、なんだか、重たい?」
カイルはちょっと呻くように呟く。
うぅん、軽く流し込んだ心算だったけれど、彼には少し負担が掛かった様子。
僕はカイルに流す魔力の量を、グッと絞って少なくする。
すると彼はホッとした顔になって、
「あっ、うん、わかる。これと同じもの、僕の中にもあるよ」
顔を上げて、僕に向かってそう言った。
これは、いいセンスだ。
どうやらカイルは、魔力に対する感覚が鋭いらしい。
尤もその代わりに、魔力の器、容量がやや少なめか。
彼はまだ八歳だから、容量もここから伸びていくだろうけれども、暫くの間は、あまり無理をさせない方が良いだろう。
同じようにルナリアにも魔力を流すと、彼女はそれを難なく受け止めたが、自分の中のそれを探すのには少し時間が掛かったので、カイルとは真逆に容量は大きいが、魔力に対する感覚は鈍い様子。
まぁ、感覚の鈍さは繰り返し、つまり努力でカバーをできる範囲なので問題はない。
魔法の習得には苦労をするかもしれないが、魔力の量が多ければ、繰り返して練習をする事ができるから。
流石はイクス師が見つけてきた生徒と言うべきか、総合的な才能で言えばルナリアの方が上だった。
暫く練習すると、先にカイルが、少し遅れてルナリアも、自分の魔力を出力できるようになる。
今日、初めて自分の魔力を認識して動かしてる二人の出力は、そりゃあかなり雑ではあるけれど、初歩の魔法の魔法陣を使用するくらいなら、それでもどうにかなるだろう。




