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「……なるほど、これが枯れたと思われた塔の遺跡に、ね」
渡した石塊を手に、むぅと唸り声を上げたのは、賢者の学院の導師であり、僕の直接の師でもある、ロジータ・イクス師。
塔の遺跡に住み着いた賊を排除した僕達だったが、その際に僕らは一つの石塊を見つけた。
材質は、一見すればただの石だけれど……、持ってみると見た目に反して異常に重い。
もちろん持てない程じゃないんだけれど、握り拳サイズの石としては、あり得ないくらいに重いのだ。
恐らく単なる石だと思われて、これまで放置されていたんだろうけれど、埃や汚れを拭き取ってみると、そこには今はもう使われていない、古代魔法王国期の文字が刻まれている。
「長年見過ごされていた遺物に、よく気付けたね?」
それをしげしげと観察したイクス師は、慎重にゆっくり、テーブルの上にそれを置く。
遺物と、間違いなくイクス師はそう言った。
つまりそれには、何らかの価値がある可能性が高いって事だ。
「ステラが気付いたんです。これに古代語が刻まれてるって」
本来なら魔法使いである僕が気付くべきだったのだろうけれど、実のところ、古代魔法王国期の文字や遺物に関しては、僕よりもステラの方がずっと詳しい。
何故なら彼女は、目の前にいるイクス師の実の娘だったから。
イクス師は高名な魔法使いである事はもちろんだが、古代魔法王国期の調査、研究でも名が知られていて、その娘であるステラも幼い頃からそれらに触れて、自然とそちらの知識は豊富だった。
ただ、イクス師の魔法の才能を、ステラは受け継いで生まれてこなかったから、歩む道は大きく異なっているけれども。
「そう、あの子が……」
僕の言葉に、イクス師はちょっと嬉しそうに微笑んだ。
今は、別にイクス師とステラの親子関係が悪いだとか、そんな事は決してない。
でも僕が故郷を離れてこの国にやってきて、イクス師の家で内弟子としてお世話になってた頃は、……まぁ、少しばかり諍いはあった。
そりゃあ、魔法の才能を受け継げなかったステラからすると、父親が魔法の才能を持った子供を家に連れてきた事に、複雑な気持ちを抱くのは当然だろう。
正直、育ちの違う僕はこちらの人間の気持ちに関して疎いところがあるけれど、それでもわかってしまうくらいに、その時のイクス師とステラの間には溝があったのだ。
もうあれから六年か。
既に溝は埋まってて、ステラは魔法を諦める事に納得し、新たに剣をその手に握って、才能を開花させている。
僕とも仲良くしてくれていて、冒険者としては同じパーティに所属していた。
そうなるまでには、まぁ、色々とあったけれども。
「師としては複雑だねぇ。愛弟子が後れを取った事を叱るべきな気もするし」
笑みを浮かべて言うイクス師に、僕は首を横に振る。
そりゃあ僕だって、相手が単なる素人だったら、遺物の発見に後れを取ったりしないけれど、ステラが相手だと仕方がない。
また僕はイクス師の弟子ではあるけれど、志す方向は師と違い、古代魔法王国期の研究ではなかった。
なのでそれは、少しだけ意地の悪い物言いだ。
「さて、結論から言えば、これは遺物だ。書いてる古代文字を読んでみたが、これは何かの鍵を、更に封じた物らしい」
イクス師の言葉に、僕は首を傾げてしまう。
鍵を更に封じてる。
それは何とも、随分と回りくどく感じる話だ。
「恐らく何かの鍵となる物に、石を被せてそうとわからなくしてあるんだ」
そもそも鍵自体が、基本的には何かを封じた物である。
あぁ、いや、ちょっと言い方が悪いんだけれど、鍵は錠前、或いは扉とセットの物であって、錠前や鍵付きの扉が、何かを封じているのだ。
箱なら中身を、牢なら人を封じていた。
扉の場合は出入りを封じて、中の安全性を保ってる。
その鍵を更に封じているなんて、一体どれほどに大切なものが、そこには入ってるんだろうか。
或いは、鍵を封じる事でその所在がわからなく、つまり開ける手段が失われても構わないってくらいに、外に出したくない何かがあるのか。
「でもその被せを割って中身を取り出すには、今の持ち主である君達の許可が必要だね。中身の価値はわからない。大当たりかもしれない、大した事がないかもしれない」
イクス師は石塊を指さして、そう言う。
あぁ、それはつまり、今現在のそれの価値に関する話だ。
中身がわからない今、あの石塊の価値は、当たりかもしれないという期待と、ハズレかもしれないという不安が、互いに引っ張り合って釣り合った位置にある。
しかしこれを割ってしまえば、当たりならば価値は上がって、ハズレだったら価値は下がって、中身の本来の価値があらわになるのだ。
要するに、割らずに売ってしまった方が、高く売れる可能性が幾らかあった。
故にイクス師は、割るか割らないか、どうするのかを、僕に問うてる。
「中身を見ずにこちらで引き取っても構わないし、中身の価値がはっきりしてから引き取っても構わない。まぁ、売らずに君達自身で所有するのも、私としては残念だが、ありだろう」
イクス師の言葉に、僕は少しばかり迷う。
……うぅん、どうしようか。
仲間と協議する必要は特にはなかった。
今回のこれに関しては、僕が完全に扱いを任されている。
もちろん売るとなって金が得られれば、それは当然ながら山分けだ。
正直、イクス師は僕やステラにとても甘い。
学院の導師としては、知識の探求の為だからと僕にそれを割れと命じたり、逆に割らずに程々の価格で買い取るって形をとる事もできる。
けれどもイクス師は全てを説明した上で、僕にどうするかを任せてくれてた。
これを甘いと言わずして何と言おうか。
だからこそ僕も、その甘さを恩として受け取り、返したくなってしまうのだけれども。
「割った上で価値がハッキリすれば、引き取って貰えればと思います。ただし、それに価値があり、鍵が封じる何かを探す時には、僕らのパーティをその探索に雇ってください」
ならばこれが、お互いにとって最も益のある選択だろう。
仮に僕らが石塊の中身、鍵とやらを所持したところで、それを必要とする場所を探し出す事は困難だ。
いや、困難というよりも、ほぼ不可能に近い。
無理をしてそれを探そうとしても無駄に金と時間を使ってばかりで、何も得られないなんて事も十分にあり得る。
しかし魔法王国期の資料を多数抱える賢者の学院ならば、その場所を見つけ出す可能性は、僕らよりもずっと高い。
だったら鍵は賢者の学院に売ってしまって、その上で更に利益が出るように、探索の仕事を要求すべきだ。
実際、魔法王国期の遺跡の探索には危険が伴う為、多くの場合は冒険者も雇われる。
その枠に僕らが入り込んだなら、その遺跡に眠る宝次第では、多額の報酬を得られる可能性も皆無じゃなかった。
何よりも、古代の遺跡の探索なんて、とてもロマンに満ちている。
「わかった。君らしい選択だね。では危険がないかをもう少し調べてから、一緒にこれを割ってみようか」
楽しそうに言うイクス師の言葉に、僕も期待に胸を膨らませて、大きく一つ頷いた。