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「えっ!? リュゼ先生、これって……?」
驚きの声をあげたのは、ルナリア。
何故なら内側から扉を開けてくれたのは、木製の人形、ウッドサーバントだったから。
扉を開けた後、中に僕らを招くような仕草をするそれに、ルナリアは僕の後ろに隠れてしまう。
他の二人は、バイレンはルナリアとは違う理由ではあるけれど、驚きの表情を浮かべてる。
カイルは単純に、目を輝かせて興味深げに、まじまじとウッドサーバントを見ていた。
「魔法で動かす木の従者だよ。バイレンはわかったみたいだけれど、複雑な動きがこなせるように改良されているのと、長く動けるように魔法が固定されてるね」
そう、バイレンが驚いてたのは、ウッドサーバントの出来に関してだ。
本来なら単純な動作しかしないウッドサーバントが、人を家に招き入れるという複雑な動作を、かなりスムーズにこなしている。
これは動かされてる素体、人形の出来がいいというのもあるけれど、魔法にも工夫が加えられてた。
木の従者の魔法は、本来ならば第三階梯に分類されているが、これだけ性能のいいウッドサーバントを動かすとなると、魔法の難易度は第四階梯のそれに匹敵するかもしれない。
更に魔法の固定、呪文付与も施されていて、こちらは第五階梯の魔法だ。
「ロステさんはこうした魔法の品を作る事に関しては凄腕の魔法使いだからね。彼に学べるのは、かなりの幸運だと思うよ」
改めて見ると、かなり手の込んだウッドサーバントなんだけれど、……初めてこの屋敷を訪れた時、僕らのパーティは、遠慮なしにこの出来のいいウッドサーバントを叩き壊して回ったから、正直、ちょっと罪悪感を感じてしまう。
あの時は依頼で動いてたから仕方はなかったし、ミルコもその事で僕らを咎めたりはしなかったけれども
まぁ、僕の内心はさておくとして、今の言葉は紛れもない本音だ。
ミルコが僕よりも格上の魔法使いであり、魔法の品を作る事に関して凄腕であるのは、紛れもない事実である。
また彼は、金の稼ぎ方や、商人の付き合い方を理解している魔法使いでもあった。
ルナリアやカイルにとって、その教えは必ず役に立つだろう。
僕も金は稼いでいるけれど、冒険者はあまり真っ当な手段とはいえない。
実力があれば大きな金を稼げるけれど、それも命の危険と引き換えだからこその、高い報酬なのだ。
どうしても早い段階から金が必要で、その為なら危険も覚悟の上だとか、何らかの事情があって冒険者をやるというなら、僕も止めないし、そうなるとアドバイスは幾つもできるけれど。
……少なくともカイルやルナリアのような子供が、考慮すべき選択肢ではないと思う。
ウッドサーバントに案内されて、向かうのは屋敷の地下室。
普段、ミルコは屋敷の主人の部屋にいるけれど、今日はカイルとルナリアに魔法の手解きをする為に、地下室で準備をしてくれている。
既に賢者の学院に在籍してるバイレンにとっては、その魔法は今更のものになるけれど、それでもミルコとの知己を得たり、新たに誕生する魔法使いの第一歩を見届ける事は、彼にとってもいい経験になる筈だ。
ミルコが陽光を嫌う為、屋敷の中はカーテンが閉ざされて薄暗く、ウッドサーバントがカンテラを持ってるけれど、
「光よ(ライト)」
僕も一応、魔法の光源を生み出しておく。
この光を出す魔法は、魔法の矢と並んで魔法使いの初歩なんだけれど、ルナリアはそれでも驚きの表情を浮かべてくれるから、何だか面白い。
賢者の学院に在籍するバイレンはこの魔法は使えるし、見ても反応がないのは当然として、カイルも特に反応がないのは、彼はシャガルの町で生まれ育ってるから、魔法使いが光の魔法を使うところは、きっと何度か見た事があるんだろう。
屋敷の中は奇麗に掃除がされていて、以前のような古ぼけた印象が薄くなってる。
そして前に来た時も思ったけれど、広い屋敷だった。
ここを用意したのは、ロステ家の前の当主、ミルコの弟だった人物だけれど、彼は一体何を考えて、こんなに大きな屋敷を独り身の兄に贈ったのだろうか?
どう考えても、一人じゃ持て余してしまうと思うんだけれど……。
あぁ、でも、一人じゃ持て余すから、使用人を雇って維持をしなきゃいけない。
つまりミルコが他人と関わらなければならないようにして、一人きりにならないようにしようとしたのか。
ミルコが弟、ロステ家の前の当主を語る時、その声からは確かな愛情が感じられた。
恐らく、弟の方も、同じように兄を慕っていたのだろう。
もちろんそれは、僕の勝手な想像なんだけれど、改めてこの屋敷を見ていると、そんな風に思わされる。
二階への階段は入り口からすぐ、屋敷の中央にあるけれど、地下に向かう階段は、一階の廊下に並ぶ部屋の扉の一つが、その入り口になっていた。
ウッドサーバントがその扉を開けると、下に向かう石段が続いてる。
前に探索したから知ってるんだけれど、実はこの屋敷にある地下室への階段は、合計で三つ。
一つは調理室から下に降りる階段で、向かう先は食料の保存庫。
残る二つは、屋敷の右棟と左棟の廊下に一つずつ、こうして扉に隠された地下への階段があった。
今回、ウッドサーバントに案内されたのは、その右棟の階段だ。
石段を下りきると両開きの大きな扉があって、僕はそれをコツコツと四回叩く。
すると、扉はギィと一人でに開いた。
今回は、玄関のようにウッドサーバントが開けてくれた訳でもなくて、本当に誰も手を触れていないのに。
「ようこそ、魔法を探求する同輩よ。それから、これより魔法使いにならんとする卵達よ。儂は汝らを歓迎しよう」
そして芝居がかった調子で、地下室の中央に浮いたレイス、ミルコが、そんな言葉を口にして、笑って僕らを出迎える。