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カイル、八歳。商人の三男坊。
ルナリア、十歳。シャガルの近くにある村の、農家の長女。
バイレン、十二歳。賢者の学院で学び始めて二年目の、今日に限れば僕の助手で、性別は男。
この三人を連れて、僕が向かうのは屋敷街にある古い屋敷。
そう、レイスとなったミルコ・ロステが暮らす? 巣食う? ……まぁ、例の屋敷だ。
とはいえ彼らは、別にレイスに捧げる生贄とか、そういう邪悪なアレじゃない。
いや、ある意味では生贄と言えるのかもしれないけれど、とりあえず彼らが不幸な目に合う事は絶対にない。
まぁ、実際にレイスを目の当たりにすると、多少は怖がるくらいはあるかもしれないけれど。
一応は、本人達にもこれから会うのがレイスである事や、そこで彼らが何をするのかは、既に説明してあった。
今回の件の切っ掛けは、カイルの父親が僕に向けて、魔法使いの才能があった息子に、魔法の手ほどきをして欲しいって依頼を出した事。
僕はこの依頼を請けるにあたって、まずは自分の師匠であるイクス師に相談をした。
自分では、それなりの魔法使いになって来たって自負はあるけれど、それでも僕はまだ学びの最中にある。
未だ導師ならぬ僕に、他人へと魔法の手解きをする資格があるのか否か、それを判断するのは、師匠であるイクス師だから。
尤もこれは形式上の話で、否と言われる事はまずないだろうと思ってた。
というのも、導師となる資格に、他人を教えて導く経験が必要なので、導師になる前から誰かを教える事は、上を目指す魔法使いならばあって当然の話だから。
ただ、この相談をしに行った僕に、イクス師は意外な答えを返す。
それは即ち、
「君が優秀で、いずれは導師になれる魔法使いなのは、私も確信しているけれどね。今の君は冒険者としての活動を重視してるから、他人の為にどれだけ時間が取れるかが問題だよ。幾ら優秀な魔法使いでも、足りない時間を生み出す事は出来ないからね」
僕に時間が足りなさ過ぎて、一人じゃ教えきれないだろうって事だった。
いや、正直、初歩の手解きをするくらいならそんなに難しくもないし、時間が必要になるって訳でもないんだけれど、イクス師が見ているのはもっと先。
どうせ誰かに魔法の手解きをするなら、自分が導師になる条件の一つを満たせるくらいに、しっかりと生徒の面倒を見ろと、我が師はそう言っているのだ。
これは、冒険者をやめろだとか、自分の研究を中断して他人の教育に時間を割けとか、そんな話じゃない。
もちろん一つの道だが、僕がそれを選ばない事くらいは、イクス師だってわかってる。
ただ、自分一人では軽くしか面倒が見られないなら、誰かの力を借りてでも、しっかりと見てやるべきだと、そういう意味の言葉である。
では具体的にどうすればいいのか。
その力を借りるべき誰かとは、一体誰なのか。
イクス師は笑いながら、時間が余ってて、導師を目指す偉大な先人が、知り合いにいるだろうって、僕に向かってそう言った。
つまりは、そう、死して尚、自分の生き方に未練を残し、レイスと化して導師を目指してるミルコ・ロステと、共同で生徒を教えろと。
彼にとっても、他者を教え導く経験は、導師になる上で絶対に必要になるからと。
……まぁそれからは、カイルの父親に今回の件を説明し、それにどれだけのメリットがある話なのかを添えて説得する。
イクス師が見つけてきた、魔法使いになれる才能はあるが、実家に余裕がなくて魔法を学べなかった子供も、生徒として教える事になったので迎えに行き。
ついでに伸び悩みを感じてそうな、半人前の魔法使いも一人、捕まえて。
当然ながら屋敷を訪れてミルコにも協力を仰いで、今日の講義に漕ぎつけるまでに、僕は三日も走り回った。
イクス師は、全てを僕が手配してこそ、僕の実績になるのだからと言って、指示はしてくれるけれど、少しも手伝ってはくれなかったし。
「あの、リュゼ先生、……ロステ先生って、どういう方なんですか? 幽霊だって言ってましたけれど、本当に幽霊が魔法を教えてくれるんですか??」
古びた屋敷を前にして、今更ながらに怖さが湧いてきたんだろうか。
ルナリアが不安げに、僕のローブの裾を引く。
事前に説明はしたんだけれど、どうやら魔法を習えるって事以外は、あまり深く理解していなかったらしい。
まぁ、幾ら魔法使いの才能があっても、ルナリアはまだ、何の知識もない子供に過ぎないから、それもしょうがない話ではある。
寧ろ何の知識もない子供としては、喋り方もしっかりしてるし、こうやって不安を口にしてくれるだけ、聡明な方だ。
「そうだね。見た目は幽霊だから透けてるし、空中に浮いてたりもするけれど、生前は家族の為に一生懸命に働いていた、優しい方だよ。魔法は、丁寧に請えば教えてくれるさ」
僕はどんな風に伝えればルナリアの不安が和らぐのかと考えながら、言葉を選ぶ。
もちろん、嘘は混ぜずにだ。
子供は意外と嘘を見抜く。
ルナリア以外の子も、僕の言葉には耳を傾けている。
実のところ、一番不安がってそうなのは、単なる幽霊って認識じゃなくて、レイスがどんな存在かをちゃんと知ってるバイレンだ。
ただ彼には自分が年上だって自覚があるから、不安な様子を見せればカイルやルナリアが怯えてしまうと考えて、それを押し隠してる。
また今回の話が、魔法使いとして伸び悩む自分にとって、チャンスである事も理解はしているのだろう。
恐れながらもそれを抑え込めるのは、正しい勇気だ。
僕は心の中で、バイレンの評価を少し上げる。
「僕も教えはするけれど、冒険者もしてるからね。何時もこの町にいる訳じゃない。その点、ロステさんはこの屋敷に必ずいるから」
逆にカイルは、三人の中で一番平然として見えるけれど、……もしかすると状況を正しく理解してないからこそ、そんな風に振舞えている可能性が大いにあった。
その場合、実際にレイスであるミルコに会った時に大慌てをして、失礼な真似をしでかしてしまう事もあり得るから、彼の様子は注意をして見ておこう。
ちなみにカイルの父親からの依頼は、もうなかった事になっている。
ミルコも教師として加わる以上、僕だけが報酬を貰う訳にはいかないし、またカイルの父親から報酬を受け取るならば、ルナリアからも金を取らねばならない。
同じように教えるのに、一方からだけ金を取るなんて事は、当然ながら不公平でしかないから。
しかしそうすると、ルナリアは金を払えずに、魔法を学べなくなってしまう。
僕の場合は、イクス師に才能を見込まれて、全ての費用を出して貰ってこの国に来たが、それは本当に特別な待遇なのだ。
シュトラ王国にも、魔法使いの才能を持ってはいてもそれを見出されなかったり、或いは生活に余裕がなくて魔法を学べない者は、少なからずいるらしい。
例えば、ルナリアは読み書きの練習を兼ねて写本をするという条件で賢者の学院の寮に入り、僕やミルコからは無償で魔法を学ぶのだけれど、それでも彼女の親は渋った。
何故なら、彼らにとっては十歳の娘も、大切な働き手の一人だから。
確かに金は掛からなくても、ルナリアの親にとっては、彼女が居なくなるだけで損だったのだ。
でも、ルナリア自身が魔法を学びたいとの意思を示した事で、最終的には彼女の親も、今回の件を承諾してる。
……さて、門を潜って屋敷の敷地に入ると、伸び放題だった草も奇麗に刈られ、庭も整えられていた。
ミルコが外に出ない為、ずっと放置されてた庭だったが、賢者の学院を通して雇った庭師が、今は通いで整えてくれているらしい。
コツコツと、僕がドアをノックすると、ギィと扉が内側から開く。




