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 単眼の巨人、サイクロプス。

 ワイバーンが竜に似ているが異なる種とされるのとは違い、サイクロプスは紛れもなく巨人の一種だ。

 すると巨人とは何かという話になるのだが、彼らは単なる巨大な人……ではなく、強力な魔法を操る、竜にも匹敵する化け物だとされていた。

 何でも、遥か古の、神話の時代には巨人の軍勢が神々と互角に争ったなんて風にも語られている。

 ただその神話の争いで、生き残った巨人は別の世界に封じられ、今はこの世界に帰還する為に力を蓄えているという。


 では何故、目の前にその巨人の一種であるサイクロプスがいるのか。

 それは、巨人達が力を蓄える方法というのが繁殖で、子を成し、力ある子供が生まれれば手元に置いて育て、そうでなければ小さな赤子の間に、巨人が通れぬような小さな穴から、こちらの世界に先兵として送り込むからなんだとか。

 実際のところ、それが真実であるかどうかはわからないのだが、巨人が群れを成して、家族を構成して生活する姿は見られないのに、赤子、子供の巨人は本当にごく稀にだが、人の目に触れる事があるので、別の世界から送り込まれてるって話には一応の説得力があった。


 神々と争ったという別の世界にいる巨人はともかく、こちらの世界に送り込まれた巨人は色々な姿をしている。

 例えば体中に百の目が開いているアルゴスや、複数の頭とそれに比例した数の腕を持つヘカトンケイルといった具合に。

 ヒルジャイアントやフォレストジャイアント等、人とほぼ変わらぬ姿をした巨人もいるけれど、実はそうした人と変わらぬ姿をした巨人と、異形の巨人が遭遇すると、激しく殺し合いをするそうだ。

 人と変わらぬ姿をした巨人同士や、異形の巨人同士が出会った場合は、一緒に行動したりはしないものの、殺し合うような事もない為、前者と後者は、或いは全く別の種族なのではないかとする説もあるらしい。


 ……さて、話を戻すが、今、目の前にいるサイクロプスは、最も人前に現れる事が多い異形の巨人だった。

 その脅威度はワイバーンに並ぶ。


 ちなみに空を飛んでるワイバーン並の脅威って意味なので、仮に地上でこの二種が戦えば、サイクロプスが圧勝するだろう。

 ワイバーンも強い魔物だけれど、その強さはあくまで空を飛ぶことが前提だから。

 サイクロプスの特徴は、大きさ、重さ、それから体格に見合った筋力に加えて、再生能力だ。

 先程、ステラが剣でサイクロプスの指を切り落としたけれど、サイクロプスが指を手に当ててジッとしてれば、一度落とした指もくっついてしまう。

 大きく重く、力が強いだけでも厄介なのに、再生能力まであるだから、実に性質が悪い。


 また人に近い姿をしているからか、知能もそれなりに高かった。

 つまり、地上に降りたワイバーンをどうにか殺すのが精一杯だった僕らには、サイクロプスは本来ならばどうにもならない強敵だ。


 そう、本来ならば。

 僕らだけで戦ったならば、サイクロプスに対して勝ち目は少しもなかっただろう。

 けれども今、ここには僕ら以外にも、黄金の愚者というパーティがいて、更に護衛の旅の前半、黒鉄の国に辿り着くまでに倒した魔物の魔石は、僕やルドックが使ってもいいという、隊商からの許可も得ていた。


「火をくれ!」

 そう叫ぶグルーズの声に僕が使うのは、武器に炎の属性を付与する第二階梯の魔法、火炎付与ファイア・ウェポン

 これは魔法の矢に火や氷の属性を付与するのと同じ要領で、他人の武器に対して炎の属性を一時的に付与する魔法なのだが、僕は普段、あまりこの魔法を使わない。

 何故ならば、炎の属性を宿した武器は、敵を切り裂いた際にその傷口を焼く為、失血を防いでしまうからだ。


 ステラが使う剣、或いは手斧であっても同じなんだけれど、切断する武器の強みは、敵に血を流させる事にある。

 その強みを殺してしまうから、僕はあまりこの火炎付与を使わないのだけれど、あぁ、でも再生能力を持つサイクロプスに対しては、傷口を焼くというその効果が有効だろう。

 奇麗に切られた傷よりも、切った上に焼かれた傷の方が、再生の働きが悪い。


 グルーズは先端部分が炎に包まれた長柄の戦斧を、サイクロプスの右足に叩き付けた。

 その姿はまるで、樵が巨木を切るようで、激しい痛みに、サイクロプスが怒りの咆哮を上げる。


 サイクロプスの蹴りを、黄金の愚者の戦士が三人がかりで、大盾を使って受け止め、吹き飛ぶ。

 あぁ、けれども三人がかりで蹴りの威力を分散した彼らは、吹き飛ばされて傷を負いはするものの、死なない。

 そして死なずに、攻撃手であるグルーズ、ステラを守り切る。

 死んでないなら、ルドックの回復魔法がその傷は癒せるから、大盾は三枚ともがぐしゃぐしゃに拉げてるけれど、彼らは立派にその役目を果たした。


 僕がステラの剣にも炎の属性を付与すると、彼女はグルーズとは別の角度から、サイクロプスの右足を切りつける。

 どうやら前衛陣は、まずはサイクロプスを右足から潰すと決めたらしい。


 だから僕の次の一手は、彼らのその行動のサポートだ。

「荒縄よ敵を縛れ。楔よその足を穿て。我は汝を封ずる者なり。恐れ、竦み、その動きを止めよ。拘束バインド!」

 新月虎の魔石を握り潰して、その魔力でサイクロプスを包んで、強引に動きを抑え込む。

 この拘束は、その名の通りに敵の動きを止めてしまう第四階梯の魔法である。

 ワイバーンとの戦いの後に習得したばかりなので、まだ完全に使いこなせてるとは言い難いが、その効果は絶大だ。


 恐らく人間が相手だったら、この魔法が決まりさえすれば、おおよその勝負は決するだろう。

 何しろステラの身体能力でも十秒から二十秒程は、完全に動きを止められるから。

 仮に相手が達人であっても動けなければ、ナイフ一本で殺害に二十秒は掛からない。

 まぁ、達人を相手にこの魔法を掛けられるかどうかは、また別の話なんだけれども。


 とはいえ巨人の端くれで、体が大きく、筋力も桁が違うサイクロプスを止められるのは、新月虎の魔石を使い潰して放ったこの魔法でもほんの僅かだ。

 精々一秒か、二秒。


 だがそれだけの時間でも、サイクロプスが完全に動きを止めたなら、隙だらけのその足を、グルーズの戦斧と、ステラの剣が切断した。

 大地に立つ二本の足の、その片方を失って、拘束を解いたサイクロプスの巨体は無様に倒れて、ズンっと地面が揺れる。

 もちろん、片足を失って地に転がったくらいでは、サイクロプスの戦闘能力はまだまだ残ったままだ。

 片足でだって立つ事が不可能な訳じゃないし、膝立ちにだってなれるだろう。

 両の手が残る限り、いや、息の根を止めて動かなくしてしまわない限り、巨体のサイクロプスは何時までも脅威である。


 けれども、これで準備は整った。

 最初に目にした時から、そうしたくてしたくて堪らなかった、魔法の矢でサイクロプスの目を打ち抜く準備が。

 片足を失って転がった状態で視界を奪われれば、立ち上がる事は難しくなるし、暴れながら馬車に近寄られる恐れは、そりゃあ皆無ではないけれど、随分と低くなった筈。

 だからもう、打ち抜いても構わない。


 いや、実のところ、拘束の魔法を放ってすぐに、もう構えには移っていたのだ。

 グルーズの動きはわからなくても、ステラならば、必ず足を奪ってサイクロプスを転がしてくれると思っていたから。


 僕は自前の魔力を、あぁ、ワイバーンとの戦いの後、成長したのか少しばかり増えたそれを、ありったけ振り絞って、サイクロプスの一つ目に向かって、全力の魔法の矢を放つ。

 この魔法の狙いを、僕が外す筈もなく、放たれた太い魔法の矢はサイクロプスの目を貫いた。

 そして後は、片足を失い、たった一つの目も失った哀れな巨人を、戦士達が解体して、戦いは終わる。




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しびれる戦いですね
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