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 冒険者の心得として、行きよりも、帰りにこそ気を付けろというのがある。

 これは遺跡の探索でも、薬草やらなんやらの採取依頼でも同じなのだけれど、行きよりも帰りの方が荷物は多い。

 まぁ遺跡探索の場合は、空振りだったら別に荷物は増えないんだけれど、倒した魔物の素材、採取した薬草やらなにやら。

 多くの場合、冒険者は活動中に荷物を増やす。


 当たり前の話だが、荷物は軽い方が、活動には有利だ。

 重い荷物を背負っていると動きにくいし、集中力も下がる。

 また依頼の目的を達成していれば、気の緩みだって出るだろう。

 だが重い荷を背負って付ける足跡、出す足音は、荷が軽い時よりも、敵を惹き付けてしまい易い。

 行きではなく、目的を果たした後の帰りで、大きな怪我を負ったり命を失う冒険者は、決して少なくなかった。


 今回の僕らは隊商の護衛だから、行き帰りで僕ら自身の荷が変わる訳じゃない。

 ただどうしても、目的地について幾らか休んだ後の帰り道に、気が緩んでしまう部分は必ずある。

 それは野外に出て数時間で引き締められ、研ぎ澄まされていくものではあるんだけれど……。

 黒鉄の国からの帰り道は、その野外に出てすぐこそが、一番危険な瞬間だ。


 ドワーフの地下道は安全な場所だと認識してるから、僕らも別に強くは警戒しなかった。

 交易所での三日間、どう過ごして何を見、何を得たかの話をしながら、長い地下道を歩く。

 僕らも冒険者だから、油断し切ってるという訳じゃないけれど、隊商の最後尾で、左右に横道や暗がりがある訳でもないから、警戒を向ける先がない。

 後ろに関してはドワーフの交易所しかないのだから、猶更である。


 でも後から考えると、地下道の間も僕らを最後尾の護衛についていたというのが、隊商全体の油断かもしれない。

 最後尾に護衛を置くのはセオリーだから、必ずしも間違いだとは言い難いんだけれども。


 ドワーフの地下道は、確かに安全な場所だった。

 それは本当に間違いなくて、だからこそ僕らは、安全な場所から危険な場所へと出る最中に、襲われる。

 具体的には、隊商の半分程がドワーフの地下道の外に出て、残る半分が、もちろん最後尾の護衛である僕らも中にいる状態で、先頭付近が襲われたのだ。



 僕らも最初は、状況が把握できなかった。

 隊商の馬車と馬車の間は、少しばかりの間隔があいてる。

 何らかの理由で馬車が止まった時に、後ろの馬車が止まるだけの余裕を作る為だ。

 前の馬車の動きがわかりにくい暗い地下道内だと、その間隔は外よりも広くとってる。

 故に、何故か前の方の馬車が止まって、後ろの馬車も次々に止まらざる得なくなったという風にしか、僕らは事態を把握できなかったから。


 何か異常が起きたのはわかったけれど、その異常の程度、深刻さがわからずに、前へと確認しに行くべきか、一瞬迷う。

 例えば、馬車の車輪が大きな石を踏んでしまったり、馬車を牽く馬達が何かに驚いて止まってしまったりする事も、然程に珍しくはない。

 地下道の中からは、外の様子が察しにくいのも、僕らを迷わせた一因だ。


「まずい、先頭の連中、襲われてるぞ」

 だが僕らの迷いを、緩んだ意識を刺したのは、パーレのその一言だった。

 彼女は僕らの中で最も鋭い感覚の持ち主で、特に聴力は群を抜く。

 パーレがそう言う以上、前で戦闘が起きてるのは、間違いない。


 すぐに加勢すると決めて、僕らは駆け出し、馬車の横をすり抜けて前に、ドワーフの地下道の外へと向かう。

 そして薄暗い地下道から明るい外に出て、一瞬光に眩んだ視界が、それでもハッキリと捉えたのは、見上げる程の高さにある、赤く血走った大きな一つ目。


「来たか! すまん、援護してくれ! こいつ、飢えて魔除けの粉が効きやがらねぇ!」

 聞こえたのは、グルーズの切迫した叫び。

 魔除けの粉という、聞き覚えのない単語が出て来たけれど、僕にそれを追求する余裕はなかった。

 何故ならそこにいたのは、大人の男の三人分は背丈があり、体重に至っては想像も付かないくらいの、一つ目の巨人、サイクロプスだったから。


 ただそのサイクロプスは、その一つの目から涙を流し、何やら苦しんでいるようにも見える。

 グルーズの言う。魔除けの粉とやらの効果だろうか?

 そういえば、何やら目が痒くて、微かに何かの匂いがしてた。

 ……いや、でもこの匂いは、つい最近、どこかで嗅いだ事がある。

 これは、そう、あのドワーフの交易所、宿泊施設で出された食事の、キノコに掛かってたスパイスの香りだ。


 しかしそれ以上は、考えるのは後回しにして、まずはプロテクション、防御力を増す魔法を、剣を抜いたステラに。

 ワイバーンの鱗で強化された鎧を纏う彼女でも、圧倒的な巨体を誇るサイクロプスの攻撃は、命に関わる。

 少しでも前衛の防御力を増す事は、今の状況だと必要だった。


 正直、あれだけ大きな一つ目だと、魔法の矢で射貫いてやりたくなるのだが、目を潰されたサイクロプスが滅茶苦茶に暴れると、逃げられる僕らはともかく、咄嗟の避難ができない馬車が潰されてしまう可能性があるから。

 その目を潰すにしても、まずはステラ、それからグルーズと黄金の愚者の戦士達をプロテクションで強化してから、暴れるサイクロプスを抑え込める状況を作ってからになる。


「神よ、我が友に癒しの奇跡を!」

 隣から聞こえてきたのは、ルドックの回復魔法の詠唱。

 いや、僧侶風に言えば祈りか。

 馬車を守って傷付いた黄金の愚者の戦士が、ルドックの回復魔法を受けて立ち上がる。


 正直、ルドックだって今の状況だと、誰の傷が深いのか、その把握なんてできない。

 倒れているか否か、血を流してるか否か、くらいはわかっても、それ以上は攻撃を受けるところを見た訳でもないのだから、わかる筈がなかった。

 故に、だからこそルドックの行動は単純で、僕にも察する事ができる。

 誰がどれだけ傷付いているのかわからないなら、片っ端から癒せばいい。


 万全を期して待ち受けていたワイバーン戦と違い、今のこの戦いは、状況の把握が追い付いてなくて、実に無様にドタバタと、後手に回りながら対応していた。

 けれども後手に回りながらも、無様にドタバタとしながらも、僕らが合流したことで、態勢は少しずつだが立ち直りつつある。


 恐れる事なく前に出て、伸びて来たサイクロプスの手をひらりと躱したステラが剣を振るう。

 ドワーフの交易所で手入れをされて、最良の状態に整えられた刃が、小指と環指、サイクロプスの二本の指を、ざくりと切り飛ばす。

 それが、そこから始まる反撃の狼煙の代わりとなった。



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