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 起きて宿泊施設が用意してくれた食事をとって、シュイにも餌を与えてからまた寝て……、漸くはっきりと目覚めたのは、交易所に到着して三日目の朝。

 つまり僕は二日間も寝て食べるだけで過ごしてて、明日からは帰路となるから、この交易所を見て回りたいなら、もう今日しか時間は残されてなかった。


 同室のベッドを見ると、そちらは既に空だったので、ルドックは既に起きてどこかに出かけているらしい。

 僧侶である彼は、冒険者としての仕事中は仕方ないにしても、町で過ごす時は何時も規則正しい生活を送るから、この交易所でもずっと寝こけてたりはしなかったのだろう。

 ルドックにとってはそうした規則正しい生活を送る方が、身と心が休まるのなら、そこに僕が口を挟む必要はなかった。

 もちろん、僕は沢山寝た方が体が休まるので、ルドックも寝こける僕を起こしたりはしなかったし。


 ベッドから下りる前に、僕はまず寝過ぎで固まった身体を、伸ばしてほぐす。

 さて今日は、どんな風に過ごそうか。

 食事は今日も、宿泊施設で出された物を食べればいい。


 流石はドワーフの国と言うべきか、出てくるメニューは食べ慣れない、よくわからない物だったけれど、味は悪くなかったように思う。

 まぁ、昨日の僕は眠すぎて、食事の内容や味をあまり気にする余裕はなかったけれども。

 えぇっと、確か緑色の団子が幾つかと、焼いたきのこ、それから何かのミルクが出されたっけ。

 

 肉団子は故郷の草原でよく食べたけれど、あの緑色の団子は肉じゃなくて、何かの植物を擂って潰して丸めて煮た物だ。

 あぁ、ここが地下だって事を考えると、……もしかして食用の苔か何かの料理なんじゃないだろうか。

 焼いたきのこはシンプルだが、味付けに振りかけられていたのが、岩塩と、なんだろう?

 僕の知らないスパイスだった。


 いや、そもそもスパイスなんて高級品に関して僕はあまり詳しくないから、知らないのは当然かもしれないが、海洋貿易で取り寄せるようなそれが、まさかドワーフの国まで運び込まれている筈がない。

 仮に運び込まれていたとしても少量で、宿泊施設で隊商の護衛の食事に使われるような事はあり得なかった。

 だとすると、なんだ?

 黒鉄の国では、スパイスの代わりになる何かが、気軽に食事に使えるくらいに得られるのか。


 それからミルクに関しては、もちろん何の動物のミルクなのかは不明である。


 我ながら、良く躊躇わずに食べたなぁって、改めて思う。

 眠気が勝ってる状況じゃなければ、食べるのに、幾らかの躊躇はしただろう、未知の食事。

 まぁ、ぼんやりとしながらとはいえ、一度食べてしまっているから、もう恐れる気持ちはないんだけれど。


 勝手のわからぬドワーフの交易所で、シュイを自由に飛び回らせるわけにもいかず、かといって流石にずっと部屋に閉じ込めたままも可哀想なので、僕は食後、腕にシュイを留めたまま、辺りを散歩する事にした。

 人間の姿はともかく、流石に大鷲は珍しいようで、ドワーフの視線をよく感じる。


 ……しかし、ふむ。

 これが人間の町だと、シュイに触らせて欲しいって子供が、一人や二人は来たりするんだけれど、この交易所ではそんな事は起きない。

 あぁ、そうか。

 ここは外の人間と関わる場所だから、子供なんていないのか。


 ドワーフにとってシュイが珍しいように、僕にとっても多くのドワーフが住む場所は珍しく、しかもそれが地下の空間なのだから猶更で、きょろきょろと見回し、時に地下に住む事への工夫を見かけて感心しながら、あてもなくウロウロと、歩き回る。

 するとふと、道端で談笑をしていたドワーフの一人が、僕を見かけてこちらにやってきて、

「やぁ、リュゼ。漸く起きたのか。よく眠れたようで何よりだ」

 笑みを浮かべてそう言った。


 ……ふと、一瞬戸惑うが、僕は彼がグルーズである事に気付く。

 鎧兜を脱いで他のドワーフに混ざられると、見慣れてないから見分けがつかない。

 声には聞き覚えがあったから、彼だとわかりはしたけれど、向こうから声を掛けてくれなかったら、僕はグルーズに気付かず通り過ぎてただろう。


「おはよう、グルーズ。まだもう少し寝れそうだけれど、あまり寝てばかりだと逆に調子を崩すから。それに、少しくらいはこの交易所を見ておきたかったし」

 僕がそう言えば、グルーズは笑みを深くして頷いて、それから幾つか、この交易所に関して教えてくれた。

 例えばこの交易所の責任者は、黒鉄の国の外務大臣である事や、ここにいるドワーフ達は人間の国に外交官として派遣されたりするって事。

 つまり交易所にいるドワーフは、僕らの感覚で言えば結構なエリートばかりになるらしい。


 尤もドワーフ達にとっての真のエリートとは、一流の鍛冶職人の事を言うそうだ。

 この辺りは、人間とドワーフには大きな価値観の違いがある。


 後は、僕が見て面白そうな場所とか、外の人間に向けた土産を売ってる店とか、交易所の中でも外の人間が立ち入ってはいけない場所とか、迷わずに宿泊所に帰れる道を、グルーズは色々と教えてくれた。

 それから、もう一つ。

「おぉ、そういえば、お前らにも少しかかわりのある話だと思うが、儂らが地下道に入る前、山の方を見てもワイバーンが飛ぶ姿を見なかっただろう?」

 彼が口にしたのは、ワイバーンの名前。

 僕らが以前に討伐して、今回の護衛でも襲われるんじゃないかと警戒していた、空飛ぶ魔物に関しての話だった。


「襲われるかどうかはともかく、大抵の場合は飛んでる姿くらいは見るんだが……、今さっき聞いた話だと、少し前にこの辺りの空をルフが飛んだそうでな。ワイバーンが隠れたり、どこか別の場所に逃げてしまったりしたらしいぞ」

 ルフというのは、怪鳥や巨鳥なんて異名を持つ、恐ろしく巨大な鳥の魔物だ。

 或いは竜にも匹敵する強さを持つとすら言われてて、大きさだけならば竜を上回る化け物である。


 シュイを腕に留まらせてるからわかるんだけれど、鳥というのは空を飛ぶための身体をしてるから、その見た目の大きさよりも重さは軽い。

 だがルフ程に、それこそ山に匹敵するような巨大な生き物は、普通に考えると風に乗って空を飛ぶなんて真似は重すぎてできないだろう。

 まぁ、これはルフだけではなくて、例えばワイバーンもそうだし、グリフォンだのハーピーだの、空を飛ぶ魔物はどれも同じだと思うが、彼らはその大きさと重さで空を飛行する為に、魔力を用いて、要するに魔法によく似た力で空を飛んでると考えられていた。

 そしてルフ程の巨体となると、その飛行の為に使われる魔力も莫大で、それを感じ取れる魔物ならば、そりゃあ恐れるのは当然だ。


 北の山の魔物の多くは、自分の棲み処に隠れ潜んで、活動を控えて、ルフが残した魔力の残り香が消えるのを待っている。

 しかしその中に、隠れるよりも逃げ出す事を選び、遠い南の森までやってきて、そこに棲みついたワイバーンがいたという訳か。


 それは確かに、僕らにも少しだけ、関わりのある話だった。

 もちろん、そうだとわかったからって、今更何が変わる訳でもないけれど。

 でも、うん、色々と納得はいって、すっきりとした気分にはなれる。


 ただ一つ気になるのは、ルフを恐れて隠れ潜んだ魔物は餌を上手く得られずに、腹を空かせているだろう。

 ルフが残した魔力の残り香が消えた時、動き出すのはそうして空腹を抱えて狂暴になった魔物達だ。

 魔物同士の食い合いは当然ながら頻発するとして、それ以外の獲物、黒鉄の国へと来て帰る隊商も、狙われる事になる。


 以前のワイバーンの件から、もう二カ月近く。

 少しばかり、嫌な予感はした。


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