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シャガルの町を出発した隊商は、川沿いの街道を北へと進む。
速度は、僕らの普段の徒歩移動よりも、若干遅いくらいだろうか。
僕らの配置は隊の最後尾で、役割は後方の警戒だ。
斥候のできるパーレがいるから、隊の先頭や、先行しての偵察を任されるかなとも思ったけれど、、
「先頭は儂らに任せて貰おう。この道は通り慣れとるからな」
なんて風に言って、負担のかかる先頭の警戒を担ってくれた。
話していてわかったのだけれど、実はつい最近まで、愚者の黄金にも神聖魔法の使い手、神官が一人いたらしい。
神官だから、その神聖魔法の使い手は、三神の中でも特に大空の神を重んじていたのだろう。
ただその神官が、お腹に子供がいるとわかった為、出産に専念しようと冒険者を引退してしまったのだ。
それは黄金の愚者のメンバーも皆が祝福する、円満な引退だったらしいけれども、しかしそれでも、貴重な神聖魔法の使い手がパーティからいなくなった事実に変わりはない。
これまでは自分達のみで行えていた黒鉄の国への護衛依頼も、癒し手がいなくては少しばかり不安がある。
神殿への伝手を使い、代わりの神聖魔法の使い手は見つけたものの、その育成は始まったばかりで、黒鉄の国へと連れていくには実力的に不足だった。
故に黄金の愚者は、代わりの神聖魔法の使い手と、教官役の冒険者の二人を王都の拠点に残し、定期的に請け負っていたロサルタ商会からの隊商の護衛依頼には、別の、魔法の使い手を有したパーティを追加して欲しいと要望したそうだ。
その結果、丁度シャガルの町で噂になっていた僕らが、ロサルタ商会の目に留まったという訳である。
さて、そんな黄金の愚者の戦い方だが、戦士達が大盾を構えて隊伍を組んで、襲ってくる魔物の前に立つ。
それはもう、戦士達が自らを壁に見立てて、強固な防壁を構築してるようですらあった。
もちろん防ぐだけでは魔物を倒す事は出来ないが、攻撃を受け止め、魔物を馬車に近付けなければ、他の仲間達が駆け付ける時間の余裕が生まれる。
特にグルーズが駆け付ければ、彼は自らの背丈よりも柄の長い戦斧を、ドワーフの筋力で振り回す。
長柄の戦斧の一撃は、並の魔物は一撃で一刀両断にしてしまう。
他のメンバーはグルーズ程ではないけれど、複数人で掛かって確実に敵を仕留めていく。
恐らくそれは、隊商を確実に守る為に、黄金の愚者が編み出した戦術なんだろう。
まずは敵を受け止めて、隊商への被害を防ぐ事に特化してる。
彼らの戦い方は、僕らのパーティには真似のできないものだけれども、色々と考えさせられるし、とても参考にはなった。
でも、なるほど。
彼らの身を以て敵を防ぐやり方だと、重傷には至らずとも、軽傷は負い易い。
並の魔物が相手なら、盾と鎧でダメージを防げるけれど、強い魔物が相手となると、打撲や、或いは骨折だってする筈だ。
だからこそ、黄金の愚者にとって神聖魔法の使い手が、大きな意味を持ってたのか。
怪我をしても治してもらえるからこそ、恐れず前に出られるという、精神的な支えの意味もあったのだろう。
恐らくこの先、襲ってくる魔物が強くなってくると、ルドックが黄金の愚者から傷の治療を、回復の魔法を求められるかもしれなかった。
同じ隊商を護衛する仲間なのだから、その辺りはルドックも厭わないし、僕らだって止めやしない。
但し、それでルドックの魔力が尽きても拙いから、いざという時は戦いで得た魔石の使用させて貰えるように、商人達に掛け合っておく必要はあるが。
その際は、グルーズにも話をして、口添えを頼むのが良さそうだ。
ただ一つわからないのは、黄金の愚者の戦い方で、どうやって空の魔物を相手にするのかって事……。
黒鉄の国までの護衛を幾度もこなしてる以上、ワイバーンのように北の山脈に巣食う空の魔物を相手にする手段が、何かある筈なのだけれども。
今の彼らの戦い方を見るだけじゃ、僕にはそれが一体どういうものなのか、さっぱり見当もつかなかった。
街道を北に進んでいると、傍らの川を筏が下っていく様子を時折だが目にする。
上流で伐採した丸太で筏を組んで、川を使ってシャガルに運び、そこで値段を付けられて、更に川を流れて王都であるヴァロスや、港町のリジューラに向かう。
前にワイバーンと戦った村、ハヴァスもそうやって林で切った丸太を川に流していたけれど、更に太く立派な丸太は、主にもっと上流からやってくる。
シャガルを出て一週間もすると、その太く立派な丸太が得られる地域、同時にエルフとの諍いが起きてる地域へと、辿り着く。
この辺りで切り出される太く立派な丸太は、木材としても最高級品で、シャガル、ヴァロス、リジューラのいずれでも高く取引されていた。
故にエルフと揉める事になっても、ここに暮らす樵は決して木々の伐採をやめないし、そして人間とエルフとの諍いは絶えない。
実はこの辺りの木々が太く立派なのは、近くにエルフが暮らすからって話もあるけれど、それは根拠のない噂でしかないって事になってる。
エルフは精霊魔法の使い手で、木々にも精霊は宿るって言うから、個人的にはあながちあり得ない話じゃないとは思うんだけれども。
まぁ、仮にそうであったとしても、ここらに暮らす人は木を切る事で生計を立てているし、そのお陰でシャガルも木材の取引で潤っているし、今更やめられる訳がないのだから、真実であろうとなかろうと、結果は何も変わらない。
この辺りでは魔物以外にも、稀にだがエルフが隊商を襲ってくる場合もあるというので、射手が隠れられそうな場所に気を付けながら、先へと進む。
少しだけ、くすっとしてしまった話なのだが、グルーズ曰く、ここらまで来ると人間の賊が襲ってくるような事はもうないらしい。
というのも、この辺りはシュトラ王国の中でも特に魔物が手強い地域で、更にエルフが人間と敵対している為、賊にとっても非常に危険な環境である。
更に村や町の防備は魔物やエルフに備えて硬く、街道を行く隊商も護衛を多く引き連れているから、賊にとって手頃な獲物もいない場所なのだ。
そりゃあ、賊が出ないのも当然だった。




