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ドワーフは人間とは別の人族の一つで、背丈は人間の三分の二程だが、骨太で筋骨隆々とした密度の高い、分厚い肉体を持つ為、体重はむしろ人間よりも重いという。
その多くは険しい山の地下に築いた王国で暮らし、一度も陽の光を目にせずに生涯を終えるドワーフもいるそうだ。
この辺りだと、シュトラ王国の北にある山脈の地下に、ドワーフの王国である、黒鉄の国がある。
今回、僕らに護衛を依頼してきた隊商は、その黒鉄の国を目指すらしい。
地下に住む以外にドワーフの特徴と言えば、無類の酒好きであり、そして人間が及びもつかない高い鍛冶技術を持つ事だった。
そう、隊商は黒鉄の国に酒や食料を売って、その金で彼らがその高い鍛冶技術で作る武器や防具を仕入れようとしているのだろう。
ちなみにドワーフは一般的には頑固者で偏屈だとされるが、一度気に入った相手や身内にはとても親切だ。
シャガルの町にも然程に数は多くないが、幾らかはドワーフが暮らしてて、中には冒険者をやっている者もいる。
ドワーフの冒険者は大抵の場合は戦士だが、人間よりも遥かにタフで力が強い、頼もしい前衛だった。
もちろん、そんなドワーフの戦士と比べても、僕らのパーティのステラは少しも引けは取らないんだけれども。
実はパーレは、ドワーフと酒飲み仲間で、彼女の伝手で僕らは、というよりも主にステラは、ドワーフの鍛冶師に武具を世話して貰ってる。
今回、ワイバーンの鱗で鎧を強化してくれたのも、そのドワーフの鍛冶師だった。
なので異なる種族の国、正確にはその手前の交易所にいくと言っても、僕らには然程に抵抗感もない。
実際、パーレもハーフリングだけど、特に種族を意識する事なく仲間として付き合えてるし。
尤も、他の仲間はどうなのかは知らないけれど、僕には仲良くはできないと思う種族もいて、それはケンタウロスだ。
草原の部族の出身である僕にとって、連中は相容れない敵である。
他にはエルフが、シュトラ王国の人間とは不仲だから、これも信用できる相手ではなかった。
……話を戻すが、僕らはドワーフに対しての隔意はないが、それはそれとして、彼らの王国、黒鉄の国に向かう道は非常に険しい。
例えば、ひと月前に僕らは死力を尽くしてワイバーンを倒したが、そのワイバーンの本来の生息地が、ドワーフ達が住む北の山脈地帯だと言えば、それがどれだけ危険な場所か伝わるだろうか。
つまり黒鉄の国の近辺では、ワイバーンと同等の魔物に襲われる可能性が普通にあるのだ。
まぁ、一応は北の山脈の手前からは、ドワーフが掘った地下道が黒鉄の国まで続いているが、そこまでの道程も、このシャガルの町の周辺に比べると、格段に魔物は強かった。
けれども、だからこそドワーフとの交易は大きな利益を生む。
行き来が簡単ではないからこそ、ドワーフは運び込まれる酒や食料を高く買い取るし、またドワーフ製の武具の価値も人間の国で高くなる。
魔物の注意を引き過ぎない規模で、それでもなるべく多くの荷を一度に運び込み、大きな商いを行う。
金を積んで腕のいい冒険者を護衛につける事で、少しでも安全性を、確実性を高めて。
要するに僕らも、ドワーフとの交易の護衛に加わるような、金を積んでも雇いたい、腕のいい冒険者の仲間入りをしたって事だろう。
この依頼を、断る理由は特になかった。
金払いも良く、僕ら以外にも腕のいい冒険者が隊商の護衛についているなら、戦力だって十分だ。
更にそうした冒険者たちの振る舞いを見れば、僕らが学べる事もあるかもしれない。
イクス師の調べ物、或いは王国に対する働きかけだって、結果が出るのはまだまだ時間は掛かるから。
僕らは隊商の護衛に加わって、ドワーフの王国、黒鉄の国に向かうと決める。
今回の雇い主は、王都に拠点を置くロサルタ商会。
ロサルタ商会の隊商は、多頭牽きの大型馬車が八台と商人がそれぞれの馬車に二人ずつで十六人。
それから王都からシャガルまでの間も護衛してきたという、愚者の黄金というパーティの冒険者が十二人もいた。
大きな隊商の護衛は、複数のパーティを雇うのがセオリーの筈なのに、シャガルまではそうしてこなかったという事から察するに、ロサルタ商会と黄金の愚者は懇意の関係で、既にある程度の信頼があるんだろう。
「ふむ、町での噂は聞いたぞ。偽竜殺しのパーティよ。儂らは王都に拠点を置く愚者の黄金というパーティで、儂はグルーズという。見ての通りドワーフでな。黒鉄の国への護衛には、良く駆り出されとる」
出発の準備中に、商人に引き合わされたのは、これから護衛を共にする愚者の黄金のリーダー。
本人も言う通りにドワーフの、歴戦の風格を漂わせる戦士だ。
彼は頑固者が多い筈のドワーフにしては珍しく、初対面から友好的で、握手の為に右手を差し出す。
ただ、流石にパーティの全員がドワーフだなんて事はなくて、他は普通に人間ばかり。
けれども見る限り、愚者の黄金は全員が戦士だった。
黒鉄の国に向かうような実力のあるパーティにしては、魔法の使い手がいないのは珍しいなぁって思う。
確かに魔法の使い手は希少だが、皆無という訳でもない。
命懸けではあるけれど、冒険者という職業が得る収入は、魔法の使い手にとっても魅力的だ。
なので、資金力のあるパーティならば、魔法の使い手を引き入れる事はそう難しくない筈なのだ。
彼らはグルーズ以外の全員が、揃いの鎧に大きめの盾、メイスに短槍、或いは小型の弓と、統一された装備で身を固めているから、資金力がないなんて事はあり得ないだろうし。
「私は僧侶のルドック。よろしくお願いします。ワイバーンは偶然出くわして、どうにかこうにか倒したに過ぎませんから、噂は多分大袈裟ですよ。今回は愚者の黄金の皆さんからは、是非とも多くを学ばせて貰いたいと思っています」
僕らを代表して差し出された手を握るのは、やはりルドック。
相手のパーティが全員戦士だから、こちらも戦士であるステラが出るべきなのかもしれないけれど、残念ながら彼女は性格上、パーティ同士の挨拶に代表として出るには向かない。
握手が互いの握力比べだったら、気功を使えるステラはドワーフにだって張り合えるけれど、言葉のやり取りには弱くて、人の好さに付け込まれ、損な役割を押し付けられかねないから。
「いや、僧侶に魔法使いにと、魔法の使い手が揃っておるのは頼もしい。それにそちらの戦士殿が身に纏う鱗の鎧の見事さよ。噂に違わぬパーティである事は一目でわかるとも。ハーフリングの嬢ちゃんも、儂がルドック殿に対して妙な動きを取れば、すぐに対処できる位置に自然とおるしな」
だがグルーズは、ルドックの謙遜交じりの言葉にも、首を横に振って、ニヤリと笑う。
あぁ、これはやっぱり、怖い相手だ。
でも同時に、今回は敵に回らないだろうから、心強い相手でもあった。
ちゃんとパーレの立ち位置に気付くのもそうだけれど、それをこちらに告げる事で、自分の実力と同時に、敵意のなさを見せてくる。
何が怖くて心強いって、その判断力だ。
敢えて気付かない振りをしてしまいがちなところを、グルーズはどう振舞うのが自分にとって有益かって、咄嗟に判断して行動していた。
これは彼の頭の働きが早いのはもちろん、僕らと対等に振舞おうってスタンスがはっきりしてるからこそ、できた事だろう。
もしもグルーズがパーレの事に気付かない振りをしていたら、僕らはどこかで、ほんの少しばかり、彼に対して油断をしてしまったかもしれない。
或いはその方が、グルーズはその油断に付け込んで、僕らに優位に立てた可能性だってあるのに。
それよりも、今回の依頼では共に隊商を護衛する仲間として対等であろうと、彼は態度で示したのだ。
だから、水を浴びてしまったようにヒヤリとしたが、同時にそれを心強く思う。
これが、僕らよりも高い場所にいるパーティのリーダーか。
どうやら今回の依頼は、ルドックの言葉通りに、本当に多くを学べそうだ。