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 ブンッ、と放られた手斧はくるくる回転しながら宙を飛び、賊の胸元にざくりとその刃が埋まる。

 見張りからの連絡がなく、態勢を整えられなかった賊らは、鎧も碌に着ていない。

 ちなみに屋上の射手を排除したのは僕だが、地上の見張りを排除したのはパーレとルドックで、忍び寄っての奇襲と、気弾という僧侶が使う魔法で、声を上げる暇も与えず、二人の見張りを始末したそうだ。


 女戦士のステラは、今回は狭い室内や階段で戦うからと得意武器の両手剣ではなく、予備武器の幾本かの手斧で戦っているが、それでも賊には殆ど抵抗の余地も与えず、順調に虐殺していた。

 塔の中での僕の役割は、念の為にプロテクションの魔法を自分と皆にかけて終わりである。

 あぁ、折角だから、このプロテクションの魔法の凄さ、或いは狡さを説明しよう。


 プロテクションは、あぁ、ちょうど今の賊がしたような、腰の入らない短剣の一撃ならば、問題なく弾ける強度の魔力で体を膜状に覆う魔法だ。

 つまり簡単に言えば、防御力を増す魔法である。

 難易度の分類でいえば、魔法の矢と同じく第一階梯。


 なのでこの魔法で増す防御力は、然程に高い訳じゃない。

 しかしとても優れた点が二つあって、一つは元々の防御力の上に、プロテクション分の防御力が足されるって事。

 例えばステラなら、着込んだ金属鎧の防御力と、プロテクションの防御力の両方の恩恵が合わさって、それこそ両手剣での攻撃を食らっても、一度や二度じゃ致命傷とはならないだろう。


 それからもう一つは、魔力が膜状に体を覆う為、プロテクションの防御力は全ての攻撃に作用するって事だった。

 仮に僕が、いや、絶対にない仮定ではあるけれど、ステラを攻撃する場合、魔法の矢で、彼女が鎧に守られていない部分を狙う。

 具体的には目とか、喉とか、肘の内側とか、脇の下とか、鎧の隙間を狙うだろう。

 鎧や兜は、完全に全てを覆えば、視界や動きを阻害する為、幾らかの隙間が存在していた。

 けれどもプロテクションの魔法は、そうした弱点をも覆って守ってくれるのだ。


 この二点が、僕がプロテクションの魔法を凄いと、それから狡いと思うところである。



「てっ、テメェらふざけんな!」

 響く大声は、血走った眼をした賊のもの。

 ステラなら、そんな言葉を言い切る前に、或いはそもそも口に出す前に、賊を殺してしまいそうなものだけれど、そうしない理由は、賊の腕に抱えられて短剣を突き付けられている一人の少女だ。

 恐らく攫われたという村娘なのだろうが、直前まで嬲られていたのだと一目でわかる、実に可哀そうな姿をしていた。


 無視して賊を殺す事は簡単だけれど、そうなると村娘を助けられるかは、ちょっと賭けになってしまう。

 村娘の無事は仕事のうちではないけれど、……冒険者なんて仕事はしていても、助けられる人間は可能ならば助けたいと思うくらいのモラルは、僕らにもある。

 僕だけじゃなくて仲間達も、そうしたモラルがあるからこそ、一緒に組んで冒険者なんて仕事をやっていられた。

 賊を逃がして被害を増やすくらいなら、非情な決断も必要にはなるけれど、今はまだ、そこまで状態は逼迫してない。


「まぁ、まぁ、落ち着きましょう。そんな事をしても自らの罪を増やすだけですよ」

 ステラと並ぶように前に出て、賊に声をかけたのは、僧侶のルドック。

 冒険者としての仕事がない時は、神殿の手伝いをしていて、時には信者に説法もするという彼の声は、穏やかで聞いているだけで心を落ち着かせてくれる。

 尤も、そんなルドックだって、まさかこの状況で賊が自分の言葉に改心して武器を手放すなんて、欠片も思っちゃいないだろう。


 彼が賊に声をかけたのは、その注意を自分に惹く為。

 今の状況で賊が最も注意を向けるのは、間違いなくステラである。

 幾人もの仲間を殺した斧を手に、自分の動向を伺う彼女は、賊にとって間違いなく最も恐ろしい相手だ。

 次にそのステラに並んでルドックが前に出て声をかけた事で、賊の意識の幾らかはそちらにも割かれた。


 するとまぁ、明らかに魔法使いって格好、つまり賊にとって何をするかわからない僕に対しては、幾らかの注意を向けているだろうけれども、小さく人の影に隠されがちなハーフリング、パーレの動きは、賊の視線から一瞬外れる。


「関係あるか! どうせ俺達は捕まれば縛りくっ……、ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」

 ルドックにそう怒鳴り返そうとした賊は、突如として自らの手の甲にずっぷりと刺さったナイフに、大きな悲鳴を上げて、握った短剣を取り落とす。

 それは、賊の注意がそれた一瞬に、パーレが放った投げナイフの成果。

 即座に動いたルドックが、賊から引き剝がすように村娘を抱え込み、ずばんと、ステラの手斧が賊の首を跳ね飛ばす。


 ほら、やっぱり僕の出番はない。


 悲鳴を上げた口のまま、歪んだ表情で賊の首は宙を舞い、それから地面に転がって、僕の足元までやってきた。

 ……うわぁ。


 何だか嫌なので、僕はササっと三歩離れて、改めて周囲をぐるりと見回す。

 恐らくここが、朽ちた塔の最上階だ。

 あそこにある梯子を上れば、射手がいた屋上だろう。


 確認はするけれど、他にはもう賊の気配はない。

 屋上に逃げたところで降りる手段もなかったし、取り逃がしはない筈だ。


 賊が溜め込んだ財貨は、僕らの物にしていいって契約だった。

 そのうちの幾らかは、依頼を出した村から奪われたものなんだろうけれど、彼らは既に奪われた物に関しては失った事を受け入れていた。

 僕らに依頼を出したのは、これ以上を失わぬ為。

 そしてその受け入れた失われた物の中には、助けた村娘も含まれる。


 さて、一体彼女はどうなるのか。

 村にまだ居場所があればいいのだけれど、場合によっては、村に帰った後、更に辛い事が待つかもしれない。

 ……まぁ、ルドックがいるから何とかなるか。


 それから僕らは、塔を隅々まで確認して、万一にも賊の躯がアンデッドにならないように地に埋めた。

 枯れた遺跡である塔では、賊が集めたと思わしき財貨以外には、碌な物が残ってなかったけれども、ただ一つ、地下室の隅に転がっていた石塊には、魔法王国期の文字が刻まれていた。

 僕らは一応、それも手土産の一つとして、拠点とする町、シュトラ王国でも三番目に大きな都市、シャガルへと帰還する。




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