表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の射手(マジックシューター)~この矢はきっと誰よりも遠い場所へと届く~  作者: らる鳥


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/66

26


 カンカンと、夕暮れの村に鐘の音が鳴り響く。

 それは緊急事態を告げる鐘の音で、それを聞いた村人達はすぐさま近くの家へと、そこが自分の家であるか他人の家であるかは関係なく、飛び込んで避難した。


 ワイバーンが再び村に飛来したのは、その日の夕暮れ時。

 恐らく馬を巣に持ち帰ったワイバーンは、それを平らげて一寝入りし、半日ほど眠ってから、再び小腹を満たしにこの村に来たのだろう。

 やはりワイバーンは、この村を手軽な餌場と認識したのだ。


 けれども、ワイバーンにとっては手軽な狩りの心算だったんだろうけれど、これから始まるのは防衛戦である。

 僕らにとっての幸いは、ワイバーンとの戦いの舞台が、この村になるとわかっていた事。

 そして半日とはいえ、襲撃に備える時間はあったから。


 速やかに家の中に避難した村人は、ワイバーンから見ると餌が巣に逃げ込んだように見えるだろう。

 そうなると次に取るであろう行動は予想が付く。


 翼をはためかせて上空に留まりながら、ワイバーンは大きくその口を開いた。

 ドラゴンが炎のブレスを吐くように、ワイバーンは口から火炎弾を吐く事ができる。

 何でもワイバーンは、体内に良く燃える粘液を分泌、貯蓄しておく火炎袋と呼ばれる臓器を有していて、その粘液を口腔内に溜め、牙を鳴らして着火して、火炎弾を放つらしい。

 つまりは、あまり気持ちはよくない例えだけれど、今のワイバーンの仕草は、人が痰を吐く前に取る仕草と同じようなものだ。

 要するに、隙だらけって事である。


 今回、僕らは総力を挙げてワイバーンを討ち取ると決めた。

 だから物を損耗する事に関しては、もう一切の躊躇いがない。


 僕は先日手に入れたばかりのチャージディアの魔石を握り潰して、溢れ出た魔力を使い、矢を放つ。

 普段、自分の魔力だけで放つそれよりも、ずっとずっと太くて大きく、強い魔法の矢に、今回は炎の属性を付与して。

 狙う場所はシビアだが、もちろん外す筈がない。

 狙った相手はあんなにも隙だらけで、そしてこの魔法の矢に関しては、他のどんな魔法使いよりも、僕が、僕こそがスペシャリストだ。


 僕の放った魔法の矢は、火炎弾を放とうとするワイバーンの口の中に飛び込んで、ドンッ!とそこで爆発を起こす。

 魔法の矢に付与した炎の属性が、ワイバーンが口腔内に溜めつつあった粘液に反応したのだ。

 油断していたワイバーン、想定外の衝撃に一瞬意識を失って、そのまま地へと落下する。


 落ちるワイバーンを受け止めたのは、村のあちらこちらに設置された、鋭く尖った逆茂木だった。

 今日、大急ぎで村人達が林の木を切って、それを尖らせて組んだ代物だ。

 幾ら尖っていても所詮は木だから、ワイバーンの鱗を貫いたりはできないけれど、それでも巨体に押し潰されながら、鱗に比べればずっと脆弱な皮膜を大きく傷つける。


 更に、

「くらえバーカ」

 至極シンプルなパーレの罵倒と共にワイバーンの顔面に投げつけられたのは、口の開いた革袋。

 そしてその中身は、これまた先日手に入れたばかりの、幻蛾の鱗粉だった。


 身体が大きく、また自身が毒を扱うワイバーンは、人間とは比べ物にならないくらいに、状態異常への耐性を持っている。

 しかし意識が朦朧とした状態で、群れ一つから採れた幻蛾の鱗粉、その半分以上を顔の近くで撒き散らされて吸い込んだなら、流石に完全に無効化はしきれまい。


 そこに切り込むのが、布で口元を覆ったステラだ。

 彼女の剣は隙を晒すワイバーンの、翼の被膜を大きく切り裂く。

 意識を朦朧とさせ、鱗粉に酔ったワイバーンが目覚める前に、その飛行能力を削ぐ為に。


 尤も幾ら口元を隠したところで、ワイバーンの間近で激しく動き回っていれば、幻蛾の鱗粉を吸い込む事は避けられない。

 それでも僕らが敢えて幻蛾の鱗粉を使ったのは、

「神よ、我が友の身体より不浄なる穢れを祓い、正常なる働きを取り戻し下さい」

 解毒の魔法を使える僧侶、ルドックの存在があったから。


 幻蛾の鱗粉を吸い込んでも、その効果が発揮される前にルドックがそれを癒したら、ステラは何も気にする事なく存分に戦い続けられる。

 ルドックの魔力も無限じゃないが、解毒の魔法に必要な魔力はそこまで多くないとの事だから、幻蛾やゴブリンの、小さな魔石でも賄えた。


 やがてワイバーンは我に返るが、その頃にはもう皮膜はボロボロで、飛行能力は残っていない。

 飛行能力さえ奪ってしまえば、ワイバーンの脅威は大きく減じる。

 毒針の付いた尻尾を振り回すにしても、横殴りにしか使えなくなり、また地に脚を付けて身体を支える必要があるから、二本の脚はもう攻撃には使えないだろう。

 自在に動いて攻撃をできるのは、長いその首のみだ。

 火炎弾も、懐に飛び込んだ相手に使える攻撃ではなく、距離を取る為の翼がなければ、その恐ろしさは半減している。


 だがそれでも、大きな身体で暴れるワイバーンは、僕らにとって脅威だった。

 質量が圧倒的に違うから、ワイバーンの身じろぎに当たっただけで、ステラは大きく弾き飛ばされてしまう。

 重い鎧を着こんで、気功で身体能力を強化してる彼女でさえそうなのだから、僕がワイバーンと接触したら、それこそぐちゃぐちゃになって弾け飛ぶ。


「神よ、我が友に癒しの奇跡を!」

「魔力よ、雷となりて敵を討て!」

 ルドックの回復魔法がステラが負った傷を癒し、大蛙の魔石を握りつぶした僕のライトニングの魔法が、ワイバーンを貫く。

 パーレの投げナイフがワイバーンの口に飛び込んで火炎弾による攻撃を邪魔して、ステラはワイバーンの猛攻を一身に受けながらも、それを躱して、反撃の刃で命を削る。


 僕らがやってるのは、殺し合いだ。

 痛み分けなんてものはない。

 もしもワイバーンを逃がしたならば、討ち取る好機は二度とないだろう。

 それがわかってるからこそ、消耗を厭わず総力を挙げて確実に殺しに掛かってるし、ワイバーンもそれを感じ取っているから、自分が不利でも背を向けて逃げ出そうとはしなかった。

 背を向ければ、その瞬間に殺される可能性が高いと、ワイバーンもわかっているから。

 

 削り合いの末、僕の絞り出した最後の魔力を使った魔法の矢がワイバーンの片目を貫いて、痛みに振ったその頭を、ステラの剣が顎下からずぶりと貫く。

 切っ先は恐らくワイバーンの脳に達して、その息の根を止めた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ