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僕らは三日を掛けて林の中を見て回り、棲みついた魔物の駆除が完了した事を確認、村長に報告した。
ただ、今回の依頼が難しいのはここからだ。
駆除した魔物達は、恐らく林の向こう側に数時間行った場所にある森から流れて来たと思われる。
そうなった事には、何らかの原因がある筈だけれど、それを調べる方法がどうにもなかなか難しい。
例えば、森の中で強い魔物を発見したとして、それが今回の原因だと断言する事は出来ないだろう。
だからといって林でそうしたように、しらみつぶしに歩いて全ての魔物を駆除していくなんて真似はできない。
林でそれが可能だったのは、あそこが人の手の入った場所で、その大きさや状況がある程度把握できており、そこにいる魔物の数も限られてたから。
全てを歩き回って確認しても、三日で終わるとの目算もたった。
しかし森は、全てを見て回ろうとするとどれだけの日数が掛かるのか、見当もつかない。
また見て回ったところで、元の状態がわからないから、今のそれが異常なのかどうかの判断も難しいだろう。
明らかに強すぎる魔物が森を占拠してるとか、森が水に飲まれてるとか、明らかな異常があったなら、流石にわかるとは思うけれども。
だが僕らの懸念は、四日目の朝、僕らが宿泊する宿に大慌てで飛び込んできた村人によって打ち砕かれた。
家畜や畑の世話をする村人の朝は僕らよりもかなり早く、未だ空が明るくなりきらない早朝から、彼らの仕事は行われる。
そして森の魔物の駆除が終わった事から、今日から再び林で木が切れるようになると、切った丸太を運ぶ馬車の手入れ、それからそれを引く馬の世話も念入りに行われたそうだ。
けれども、村人達が馬の世話をしていると、空から何かが舞い降りてきて、二本の脚で馬を鷲掴みにすると、再び翼をはためかせ、森の方に飛んで行ってしまったという。
目の前で馬を攫われた村人は、ドラゴンが出たと大騒ぎをして、……それで急いで僕らのところに村人たちが駆け込んできたのだ。
いや、ドラゴンが出たと言われても、もし本当にそうだったら僕らだってどうにもならない。
まだ年若い、サイズの小さなドラゴンだったとしても、軍隊が派遣されて勝てるかどうかの相手である。
或いは英雄と呼ばれるくらいの、冒険者の上澄み中の上澄みならば、ドラゴンにも勝てるって話はあるけれど。
だがよくよく話を聞いてみれば、空から舞い降りて馬を攫った何かは、恐らくドラゴンじゃなかった。
というよりもドラゴンが出たなら、馬を攫うだけじゃなくてブレスのひと吹きで、村を壊滅させていっただろう。
では一体何なのか。
ドラゴンと見間違われるような姿で二本の脚とくれば、僕らが思い当たるのは一つしかない。
その姿からドラゴンの一種だとの説もあるが、多くの場合は明確に区別され、時に偽竜とも呼ばれる魔物で、名前はワイバーン。
蛇やトカゲに似た頭、長い首、大きな翼と鱗に覆われた身体は確かにドラゴンによく似ている。
しかし明確な違いもあって、ドラゴンが獣のように四本の脚があるのに比べて、ワイバーンは鳥のように二本の脚しかなかった。
尤もドラゴンは目撃例も少ない謎の多い存在だから、二本脚のドラゴンは絶対にいないとは言えないのだが。
……ワイバーンは流石にドラゴンには遠く及ばないが、それでも魔物としてはかなり強力な部類だ。
口からは燃え盛る火炎弾を吐き、尻尾には猛毒の針を備え、何よりも空を飛ぶ。
こんな魔物が森に棲みついたら、そりゃあ他の魔物も逃げ出す。
林に現れた魔物は、このワイバーンを恐れて森から棲み処を移そうとしたのだろう。
でもこれは、本当に拙い事態だった。
空を飛べるワイバーンの活動範囲は広く、ここからならシャガルの町だって十分にその圏内だ。
なのでワイバーンの存在が伝われば、近日中に討伐隊が派遣される筈。
けれどもワイバーンは、既にこの村を餌場と認識してる。
ワイバーンにとっては馬も人間も、逃げ出したほかの魔物だって単なる餌に過ぎないから、棲み処に戻って馬を平らげ終わったなら、すぐにでも再びこの村を襲いに来るかもしれなかった。
つまり討伐隊がやってくる前に、村が襲われてしまう事は、もうほぼ避けようがない。
これを踏まえて僕らが取れる行動は二つ。
一つはこの事態をいち早くシャガルの町に報告する事。
僕らが請けた依頼は林に棲みついた魔物の駆除と、可能であれば魔物が林にやってきた原因の調査と、それから原因の排除だ。
このうち僕らは既に林の魔物の駆除を終えていて、偶然ではあるが原因もたった今判明した。
その排除が自分達には難しいと思ったならば、シャガルの町に戻って報告すれば、依頼を終わりにする事ができる。
僕らが行けば、村人が走るよりも確実に、早く、シャガルの町に辿り着き、討伐隊の派遣を促せるだろう。
多分、本当に、僕らが行けば一日くらいは、討伐隊の村への到着が早まる筈。
これでも十分に、僕らがこの村に来た意味はあったと言える。
だが、それでも犠牲者を減らせはしても、なくせはしないんだろうけれども。
……僕らが取れるもう一つの行動は、ワイバーンと戦う事。
ワイバーンがこの村を襲う時に僕らが迎え撃ってこれを討伐できたなら、その時は村の建物なんかは壊れても、村人に犠牲者が出るのは防げるだろう。
問題は、討伐ができるかどうかと、僕らに犠牲が出やしないかって事だが。
「これ、どうする?」
僕がそう問えば、それぞれに考え込んでいた仲間達も顔を上げる。
まずは手を挙げたルドックが、
「私が残りますので、皆で討伐隊を呼んできてください。僧侶の私が残れば村人の避難も手早くできますし、怪我人の手当てもできますから。……それに今回の依頼は私の都合で請けたものですし」
そんな寝言をのたまう。
いや、実際にそうではあるんだろうけれど、だからって僕らにルドックを残していく選択肢はない。
「原因の排除の報酬ってさ、その原因がワイバーンで、アタシらがそれを倒したら、一体どのくらい貰えるんだろうね?」
だからルドックの言葉は皆が聞かなかったことにして、パーレがそんな疑問を口にした。
あぁ、うん、それはとても大切な事だ。
冒険者は慈善事業じゃないから、報酬が割に合うか合わないかは、常に考えておく必要がある。
「神殿の依頼だからね。村人に犠牲者を出さずにワイバーンを討伐したなら、そりゃあ思いっきり報酬は弾んでくれるさ」
僕がパーレにそう返せば、彼女はニヤリと笑って、満足気に頷く。
ルドックは僕らの意図を察して渋い顔をしているが、全員でシャガルに帰るならともかく、一人残して行くくらいなら、こうなるのは当たり前だ。
実際、報酬はそりゃあ弾んでくれるだろう。
町の近隣でワイバーンが討伐されたともなれば、暫くは町での語り草だ。
その報酬をケチったりすれば、神殿は町での評価を落とす。
町の人から、冒険者組合から、それに何より、神殿に奉仕する僧侶達からも。
なので報酬の額に関しては、割に合わないなんて事はあり得ない。
「私は、村の人達を助けてあげたいし、ルドックを置いていくのも嫌。それでシャガルに戻っても、自分達の無事を喜べる筈がないでしょ」
更にステラがそう言えば、僕らの意思は統一される。
心情的にも、報酬的にも、ワイバーンを倒す理由としては十分だ。
ルドックは、諦めたように一つ溜息を吐き、
「ありがとうございます。……でもこれだけは、確認させてください。リュゼ、勝算は?」
僕に向かってそう問うた。