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空から舞い降りたシュイの蹴爪が、逃げるゴブリンの後頭部を捉えて息の根を止めた。
ゴブリンは弱い魔物だが、だからこそ厄介な性質を持っている。
まずは人を襲う時、その裏をかこうとする頭と、性格的な狡猾さを兼ね備えている事。
次に自分が不利だと悟ったならば、すぐに逃げ出す臆病さを持っている事。
この二つが合わさると、ゴブリンは失敗する度に知恵をつけ、厄介な存在に成長していく。
ただその厄介さは、基本的に人間も同じように持って……、いや、人間の方がより顕著にその性質を持っていた。
それ故に、人間は余計にゴブリンを嫌うんだろう。
自分達の、不出来で狡く、醜い部分を見せ付けられているようで。
ゴブリンはありふれた魔物だから、僕ら冒険者も、その対処には慣れている。
一切の情け容赦なく、逃がさず徹底的に殺し尽くす。
林にやって来たゴブリンは十匹ほどいたけれど、僕らはその全てを、逃がす事なく始末した。
逃げようとしても、シュイの目と僕の魔法の矢からは、ゴブリンじゃ逃れられない。
ちなみにゴブリンは、その身体の何一つとして、素材にはなりえなかった。
魔石は取れるがサイズは小さく、当然ながら有する魔力も僅か。
目撃された魔物の中では最も得られる余禄が少ない、討伐に旨味のない魔物だ。
それでも討伐の証拠はハヴァスの村長に渡さなきゃいけないから、耳は切り落として袋に詰める。
逆に高価な素材が得られたのが、ゴブリンの前に遭遇し、既に討伐済みのパピヨンの一種、幻蛾の群れだ。
実は幻蛾の出す幻を見せる鱗粉は、様々な効果のある薬の素材だった。
例えば真っ当なところでは、痛みを抑える鎮痛剤に加工できるし、逆に真っ当じゃないところでは、都合の良い幻を見て快楽に浸れる、中毒性の高い麻薬が作られる。
魔物の素材由来の麻薬である為、素材の価格が高く、大規模な流通が不可能なのが救いだろうか。
その分、高級品として貴族や富豪等の間に出回ってるって噂もあるが。
昔、幻蛾を飼育して麻薬の量産を試みた犯罪組織もあったそうだが、危険な魔物の管理に失敗したところを冒険者に攻め込まれ、組織の崩壊を招く結果に終わったそうだ。
まぁこの鱗粉は、例の幻影の魔法を研究してる魔法使いが欲しがっていたし、そちらに売ってやろうと思う。
伝手があるならの話だけれど、魔物の素材は冒険者組合を通さずに、直接の取引をした方が得をする。
尤もそうした取引の結果、何らかのトラブルに巻き込まれても、冒険者組合を介していない場合は決して助けてくれない。
幻蛾の鱗粉はトラブルに巻き込まれ易い素材だから、本当は冒険者組合に卸した方が安全だけれど、……その魔法使いには賢者の学院の同輩って繋がりがあるから、特別に。
「ききき、順調、順調。これもさー、原因の調査とかなかったら、すげぇいい依頼だよなー」
ゴブリンの心臓から魔石を抜いて耳を切り、パーレが猿のように笑う。
実際、彼女の言う通り、調査や排除を考えなければ、今回の依頼はとても美味しい。
拠点であるシャガルから然程に遠い訳でもなく、寝床と食事は村が用意してくれて、手頃な魔物を複数狩れる。
チャージディアの角は精力剤の素材となるから、幻蛾の鱗粉程ではないけれども良い値で売れるし、大蛙の肉は味が良い。
ゴブリンはさておき、他の魔物に関しては、依頼でなくても狩りたいくらいに、実入りのある魔物なのだ。
また鬱蒼とした森の奥じゃなくて、人の手が入った林で戦えるって点も、僕らとしてはありがたかった。
「原因、放っといたら同じような魔物が、こうやって何度も来てくれたりしないもんかね?」
冗談めかした口調でそういうパーレに、ルドックが困ったような笑みを浮かべる。
パーレの気持ちはわからなくもないが、神殿からの依頼を持ってきたルドックは、そういう訳には当然いかない。
もちろんパーレだってそんな事はわかってるだろうから、単に実入りの良さに軽口を叩きたくなっただけだろうけれども。
「向こうの森から逃げ出す魔物は、既に逃げ出してるだろうさ。魔物の行動は僕らにはわからないから、可能性がないって訳じゃないけれど、……それで村が襲われても寝覚めが悪いしね」
だから僕は、笑いながらも首を横に振って、パーレの冗談を否定する。
お金は幾らあっても困りはしないが、しかしお金だけあっても得られないものというのは、確実に存在してるから。
「そうよなぁ。アタシらは人の困りごとで飯を食ってるけれど、それでも人の不幸は酒の肴にはならねぇもんな。さっさと解決して、帰って美味い酒でも飲みたいもんだね」
つい先日まで町で酒浸りだったのに、既に酒を恋しがる言葉を吐くパーレに、仲間達の皆が笑う。
そう、僕らは、人の不幸は喜べない。
これはこのパーティの共通認識だ。
僕もステラもルドックもパーレも、そう思っているからこそ、僕らは仲間でいられてる。
冒険者の中には、人の不幸こそが飯のタネだって誰憚れなく口にする者もいるし、それは紛れもない事実だろう。
しかし、それでも僕らには不幸を減らして飯を食ってるんだって自負があった。
「ハヴァスの村では神殿に献上する酒も造ってるそうですよ。依頼中は飲めませんが、帰りに村長に交渉して、少し分けて貰いましょうか」
ルドックも明るい口調で口を挟んだ。
ここに来るまでは麦ばかり見たから、村で作られる酒は白エールあたりだろうか?
それとも神殿に献上する酒の為に、わざわざ他の場所で大麦や葡萄を育てて、それでエールやワインを造ってるとか?
いずれにしても、神殿に献上する酒というのは、僕も少しばかり興味がある。
そういえば、チャージディアの角を削って粉にして、酒に溶かすって飲み方もあるって聞いたっけ。
いや、角自体を酒に漬け込むんだっただろうか。
角の幾らかを切り取って、売らずに自分達の物にするのも、悪くはないかもしれない。
今回の依頼は、大仕事だ。
全てが無事に終わったら、皆でそれを祝うのも、きっと楽しくなるだろう。




