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「神殿所有の荘園を荒らす魔物の討伐?」
いまいち内容が消化しきれず、ルドックの言葉をただ反復して問い返してしまった僕に、しかし彼は真面目な顔で頷く。
昼食時、時々くる食事処の個室で、僕らは話をしながら食事をとってる。
だが今、僕が消化し損ねたのは、切って口に運んだ肉じゃなくて、ルドックの口から出た頼み事の内容。
それは神殿から僕らに対しての、というよりは、ルドックとその仲間に対しての指名依頼だった。
同じ意味ではあるんだけれど、仮にルドックが僕ら以外の誰かと組んで、或いは雇って依頼を果たしても、神殿は特に問題視しないだろう。
まぁ、その辺りは別にいいんだけれど、僕が気になったのはただ一つ。
神殿って、荘園を所有してたりするんだなぁって事。
こう、信者からの寄進とか、僧侶の魔法で傷や病を治したりする時の料金で、神殿は経営されてるんだと思ってた。
それが荘園を所有してるなんて聞くと、何だか生々しい事実を知ったような気分になってしまう。
でも確かに、領主が領地の一部を神殿に譲って荘園としての所有を認めてるとかだと、寄進の範囲に入るのか。
「その荘園となってる村は、農業以外にも林業を営んでまして、その木を伐り、苗を植えている林に、複数の種類の魔物が棲みついたようなんです」
しかし続くルドックの言葉には、僕は思わず顔を顰める。
あぁ、これは厄介な依頼だ。
荘園が農業以外にも林業を営んでるというのは、いい場所にある村が寄進されたんだろうなぁって思う。
この辺りで林業を営めるのは、川沿いにあるか、川からそう遠くなく、馬車で川まで木材を運べる村になる。
なのでその辺りは別にいいとして、問題は人の手が入ってる林に、複数の種類の魔物が棲みついたって部分だった
魔物は人を襲うけれど、それでも棲み処として選ぶのは、人の手が入らぬ場所だ。
街道沿いの平野と、深い森の奥、どちらに魔物が棲みそうかと言えば、そりゃあ誰もが後者だと答えるだろう。
人を襲う為に街道まで出てくる事はあっても、街道の上に棲みつきはしない。
なのに、今回の話では人の手が入ってる林に魔物が棲みついてしまったという。
しかも一種類じゃなくて、複数種類の魔物がだ。
「棲み処を追い出された魔物かな?」
僕が問えば、ルドックは頷く。
やっぱり、その可能性が一番高いか。
恐らくその林に棲みついた魔物は、元の棲み処を追い出されて、そこに流れて来たんだろう。
けれども複数種類の魔物が散り散りにばらけず、揃って流れて来たとなると、元の棲み処も恐らく遠くない場所だ。
つまり今回の依頼で厄介なのは、林で目撃されて種類のわかってる魔物じゃなくて、それらをもとの棲み処から追い出した原因となる何かだった。
これが自然災害なら、別にそれは構わない。
魔物の棲み処となってた場所が一つ潰れて、そこから逃げてきた魔物を片っ端から駆除すれば、それで問題解決である。
だが自然災害の類ではなく、強力な魔物が棲み処を乗っ取ったから、他の魔物が逃げて来たのであれば、……これは非常に厄介な話だった。
何故なら、他の魔物を追い出せるくらいに強力な、しかも正体不明の魔物が、村から然程遠くない場所に棲みついてるって事だから。
「可能であるならば原因の調査、排除も頼みたいとの事です。調査や排除の報酬は、その困難さに応じて追加すると」
あぁ、やっぱりその調査や排除も、考慮しなきゃいけない依頼か。
でも一つ僕の予想と違ったのは、調査までしたら幾ら、原因の排除まですれば幾らと決まってる訳じゃなくて、報酬を後から算出するって形だった。
これは余程に依頼を任されるルドックが信頼されているのか、それとも後からなら足元を見れるって考えてるのか。
まぁ、今回は恐らく前者だろう。
何故ならそれで失われるのは、ルドックから神殿への信頼であり、仲間からルドックへの信頼でもあるから。
多少の報酬をケチる為にそれを失う事がどれだけ損かは、余程に頭が悪くなければわかる。
またそうなる可能性を感じていたら、ルドックだって何としてでもその依頼を断るだろうし。
僕らだって、そう簡単にルドックを見限りはしないけれども。
なので今回の依頼は、問題はそこじゃない。
今回の依頼の問題は、他の魔物を棲み処から追い出した原因が不明で、危険度が事前に判断できない事だった。
調査、排除を諦める自由は認められているけれど、何の理由もなしにそれを放棄しましたは通用しない。
仮に原因がとても強力な魔物だったとして、討伐は不可能だと判断しよう。
だが目視できる場所までその強力な魔物に近付いて、果たして僕らは、生きて帰れるのだろうかって話だ。
「それって、前回の件で神殿が譲歩したから、ルドックに回ってきたの?」
普通なら、なんだかんだと理由を付けて断りたい依頼である。
冒険者の仕事にリスクは付きものだが、情報が足りずにそれが測れないのは、かなり怖い。
しかしこのタイミングで神殿からの依頼となると、安易に否とは言い難かった。
「実力のある冒険者との縁を作っておきたいというのもあるでしょうが、基本的にはそうですね」
僕の問いに、ルドックは苦笑いを浮かべて頷く。
神殿、シュトラ王国の国教である三神教は、いと高き場所の王たる太陽の神、雨や風を司る大空の神、全てを受け止める大地の女神の、三柱の神を等しく崇める宗教だ。
他にも神は、例えば月の神や海の神等、幾柱も存在はしてるらしいが、三神教では太陽の神、大空の神、大地の女神の三柱は、その他の神を従えて、世界を正しく運行しているのだとしていた。
……まぁ、ここだけの話、それは流石に大袈裟だなぁとか、ちょっと傲慢じゃなかろうかと、他所から来た僕なんかは思うんだけれども。
それ故に、三神教では太陽の光を嫌い、既に死んだ筈なのにこの世界に留まる死者の霊を、理を乱す存在だと考えている。
実際、そうした霊の多くは人に害をなすし、神は僧侶に霊を祓う魔法を与えているから、その解釈も間違ってはないんだろう。
なので前回のレイス、ミルコ・ロステを見逃したのも、神殿としては本意ではないのだ。
ルドックが無害である事を説明した為、賢者の学院との関係も鑑みて黙認すると決めはした。
しかしそれを神殿が快く思っている筈がなく、今回の依頼にはルドックに対してのペナルティ、或いは借りを返させたり、彼の信仰心を試すなんて意味が、含まれているんだと思う。
ちなみに、この三神のうち、特に誰を重んじるか、或いは誰の声を聴いて神聖魔法を会得したかで、聖職者が己を何と称するかが異なるらしい。
太陽の神を重んじる者は自らを使徒と称し、大空の神を重んじる者は自らを神官と称し、大地の女神を重んじる者は自らを僧侶と称する。
これはあくまでその聖職者が心の拠り所とする神の違いの問題で、三神教が三柱の神を等しく崇めているのは大前提だ。
ただ、聖職者もやはり人間だから、同じ神を重んじる者同士が集まって、派閥ができてたりするのは、想像に難くないけれども。
「だったら、僕は引き受ける事に賛成するよ」
前回、ルドックが僕らに合わせてくれた事でそうした依頼がきてしまったなら、引き受けない道はなかった。
もちろんそれが何のメリットもなく、ただ危険を押し付けられてるだけなら、僕らの神殿への評価は著しく下がるけれど、そういう訳でもないのだ。
実力のある冒険者との縁を作っておきたい。
ルドックが言ったように、それも間違いなく目的の一つではあるのだろう。
それなら見事に依頼を達成し、神殿に僕らを認めさせてやればいい。
危険度の見通しは確かに立たないが……、空から見下ろせるシュイの目に、パーレの斥候術、それに僕の魔術が加われば、ある程度は安全を確保して、魔物が逃げ出した原因を探る事もできる筈。
僕の言葉に、ルドックは安堵したように息を吐き、一つ大きく頷いた。




