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 僕ことリュゼは、このシュトラ王国からずっと東にある、西部諸国連合にも属さない大草原に生きる遊牧民の部族に生まれた。

 遊牧民とは、一つ所に定住せずに、家畜の餌となる草を求めて、大草原を転々とする生き方をする民を言う。


 そして僕が生まれた部族は、その中でも特に狩りを得手として、大鷲をそのパートナーとしていた事から、風切る翼の部族と呼ばれている。

 故に僕も、部族の他の男児達と同じように、幼い頃から馬に乗り、大鷲を育て、弓を引く修練を積みながら成長をした。

 長じれば僕も立派な狩人になって、大物を仕留めて部族の皆の腹を満たすんだと、或いは部族の戦士として、皆を守って死ぬのだと、そんな未来を想像しながら。

 実際、僕は大鷲と心を交わす事や、弓の腕は同じ部族の子供よりも優れていたから、……まぁ、乗馬の腕は平凡だけれど、あのまま部族で育っていたら、良い狩人にはなれただろう。


 けれどもそんな僕の未来への希望は十歳の時に大きくその形を変える。

 切っ掛けは、風切る翼の部族を魔法使いの一行が訪ねてきた事。

 彼らはシュトラ王国の賢者の学院に籍を置く魔法使いで、大草原に眠る古代魔法王国期の遺跡を探しに来たという。


 風切る翼の部族は彼らを受け入れ、夜に歓待の席を設けたが、その時、一行の責任者であった導師のロジータ・イクス師が僕に目を留め、

「この子には魔法使いとしての才がある。国は違えど、これを眠らせておくのは惜しい。私にこの子を預けてみませんか?」

 ……と、そんな風に族長に言ったのだ。


 族長は随分と悩んだらしい。

 というのも、魔法使いの一行はかなりの財貨を手土産に、風切る翼の部族を訪れていた。

 もちろんそれは遺跡を探す事に協力を求める為の対価だったんだろうけれど、それを差し引いてもなお、子供一人をおまけとして付けるには十分過ぎたから。

 ただ僕は、そう、先程も述べた通り、弓の腕に優れて族長の覚えも良かったから、それで頭を悩ませたのだろう。


 結局、悩んだ族長は自分では判断をせずに、僕自身に決めさせる事にする。

 これは僕の自由意思を尊重したとかじゃなくて、多分、本当にどっちでもいいくらいに、損得の感情が釣り合ってたんだと思う。


 始めは、僕の気持ちは部族にあった。

 というのも、訪れた魔法使い達は部族の男達に比べて、如何にも軟弱そうだったから。

 力に憧れがあった子供の頃の僕は、彼らのようになりたいとは思わなかったのだ。


 けれどもそんな僕の価値観を変えたのは、イクス師が見せてくれた一つの魔法。

 決して派手な大魔法ではなく、それどころか初歩の初歩と呼ばれる、およそ魔法使いなら誰もが使えるその魔法は、あまりにも強く僕を魅了した。

 その魔法は……。



「リュゼ、お願いできる?」

 塔を遠目に、ステラが僕に問う。

 先行したパーレとルドックは、既に配置に付いている。

 合図と共に、彼らが地上の見張りを片付ける手はずだ。


 ステラがここに残ってるのは、万が一に備えた僕の護衛。

 女戦士に守られるなんて、部族に居た頃の、子供だった僕の価値観だったら、到底受け入れられない事だった。


 でも今の僕は、それも全く気にならない。

 冒険者は実力が全てで、隣にいるステラが、並大抵の男よりも、それどころか部族の戦士達よりも、ずっと強いと知っている。

 まぁ、もちろんそれは、近接戦闘に限ればの話だが。

 流石に馬に乗っての騎射等を考えるとステラに勝ち目はなくなるが、それはもう戦士のステラが対応しなきゃいけない戦いじゃないし、そうした状況に持ち込ませない為に、僕を含めた他の仲間がいるのだ。


 まぁ、それはさておき、今は、僕も僕の仕事を果たすとしよう。

 左手の指二本だけを立て、天に翳す。

 そしてそこに右手を添えて、両手を下ろしながら、右手を軽く引く。

 本当なら、今から使う魔法にはこんな仕草は不要だ。


 僕が知る限り、こんな真似をしてる魔法使いは、他にはいない。

 しかし僕にとっては、これは幼い頃から繰り返した大切な動作。

 獲物を見据え、吹く風に、己が今ここに存在する事に、感謝するように引けと教わり、それを忠実に守ってきた、弓を引く仕草だ。


 今回の獲物は、塔の上でまだこちらに気付かぬ、不出来な射手。

 彼は周囲を見張る為、屋上の縁近くに、椅子を置いて座ってる。

 つまり、ここからその位置には視線が、また射線も通ってた。


 彼が有能な射手だったなら、或いはこちらの視線にも気付いただろう。

 尤も、あの位置からじゃ、ここまでは並の弓じゃ射程が足りない。

 塔の屋上という高所にあっても尚、矢が届かないくらいにこちらとあちらは離れてる。


 けれども僕にとっては、その距離は何も問題にならなかった。

 何故なら僕が放つのは、弓の張力に頼って放つ矢じゃないから。


 吸って、吐き、呼吸を整え、僕はそのキーワードを口にする。

「魔法のマジック・アロー

 そうしてスッと右手を離せば、両手の間に生まれた光が、まるで矢のように左の指先が示す先へと真っ直ぐに飛ぶ。


 魔法の矢、或いは直矢の魔法と呼ばれるそれは、指先から鋭く殺傷力を備えた魔力を放つ、もっとも単純で初歩的な第一階梯の、だけど僕に憧れを抱かせた攻撃魔法だ。

 物質が物理的な力で飛んでる訳じゃないから、重力に引かれて落ちる事なく、風の影響を受ける事もなく、その魔力は何かにぶつかるか、拡散して消えるまで、ただ真っ直ぐに飛ぶ。

 更には、属性利用という応用の範囲になるので初歩的な魔法ではなくなるけれど、火や氷の属性を、放つ矢に付与する事もできた。


 多くの魔法使いはそれだけの魔法というけれど、僕から言わせればそれは本当にとんでもない事だった。

 普通の矢は弓の張力で飛ぶけれど、重力に引かれて落ちるから、どんなに張りの強い弓でも射程には限界がある。

 また遠くの獲物を狙うなら、真っ直ぐじゃなくて山なりに撃たなきゃ届かない。

 一応、山なりに撃つ事で障害物の向こう側を狙えるから、これは一長一短ではあるけれど。

 風の影響で狙いも逸れるから、弓は本当に難しい武器だった。


 それに比べて、魔法の矢はなんて狙いの付け易い事だろうか。

 多くの魔法使いにとって、この魔法の有効射程は然程長くない。

 何故なら彼らは、魔法の矢を放つ訓練はしても、これを命中させる訓練は全くしないから。

 そこに時間を使うくらいなら、次の魔法を覚える為に労力と時間を注ぎ込む。


 でも僕は、真っ直ぐに狙うだけだったら、それこそ的が視界の範囲内にあるのなら、どこにだって当てる自信はある。

 幼い頃から弓を引き、この魔法に出会ってからはその使い方も練習して、魔法の矢の扱いだったら、賢者の学院の誰よりも上だって自負があった。


 だから僕が放った魔法の矢は、狙いを違う筈もなく、塔の上に陣取った射手の喉を貫く。

 致命の一撃に、賊の射手は声を上げる事もなく、その場に崩れ落ちて息絶える。



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言葉のリズムが素敵です なぜか私には心地よく読めるのです
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