18
食堂、応接室、調理室、使用人の部屋、物置、洗濯室等々。
仕掛けられた罠を解除したり、時々襲ってくる木製人形、ウッドサーバントを叩き壊しながら、一階の部屋を調べ終わった僕らは、屋敷の中央にある階段から、二階に上がる事にした。
地下へと降りる階段も見つけはしたが、閉じ込められる可能性を考えて、先に二階を調べた方が安全だと判断したのだ。
二階なら、仮に部屋に閉じ込められても窓から外に逃れられるが、地下に閉じ込められると脱出も難しくなってしまう。
「うわっ……」
階段を上り切った途端、先頭を歩くパーレが、心底嫌そうな声を上げた。
何事かと思えば、あぁ、ぐるりと見回して、その理由を理解する。
見える範囲の二階の扉は、その全てから魔力が感じられたのだ。
恐らくは、魔法による扉の施錠だろう。
あの魔法は単に鍵を掛けるだけじゃなく、扉を強固に封じる為、扉をけ破って中に入るといった手段も取れなくなる。
……あぁ、前任のパーティは、これをどうする事もできずに、依頼を諦めざるを得なかったのか。
ウッドサーバントは問題ないにしても、魔法の罠を身体で受け止めながら一階の探索をどうにか進めてきたとして、しかし扉が開けられなければ二階の探索は不可能だ。
強引に壁をぶち抜くって手段もなくはないが、一つや二つならともかく、全ての部屋で壁をぶち抜こうとすると労力は凄まじいし、何より屋敷を大きく傷つける結果になる。
苦労をしながら探索を続けても依頼人の不興を買うだけならば、そりゃあ素直に依頼を諦めるのは賢い判断だったと言えるだろう。
尤も、魔法の施錠を解除できる僕だって、全ての扉を開ける事を考えると、流石にうんざりしてしまうけれども。
一方レイスは、扉が使えずとも特に問題はなかった。
物理的な攻撃の利かない霊の類は、壁という物理的な障害をすり抜けて移動できるから。
いや、僕だって、無理に全部は開けなくていい筈。
一階にあった部屋の種類から考えて、この二階にあるのは、屋敷の主人の部屋、書斎、家族の部屋や客室等だろう。
ミルコ・ロステは生涯独り身で、一緒に住む家族はいなかった筈なので、レイスがいるのは主人の部屋か、書斎である可能性が高い。
魔法使いだったから、幾つかの部屋は客間じゃなくて研究室や、魔法の道具を作る工房として使ってて、そっちにいるなんて事も、そりゃあ考えられるけれども。
言い出したらキリがない。
一般的な屋敷の構造的に、主人の部屋は予想が付くから、まずはそこから、後はその近くの部屋を優先して、扉を開いて探索しようか。
僕が一つの扉を指差せば、仲間達もその意図を察して配置に付く。
パーレは最初に扉を調べ、罠がない事を確認した。
ステラは何かがあった時に、仲間を咄嗟に守れる位置に。
ルドックは後ろからの奇襲を受けないよう、扉ではなく廊下側を警戒する。
……さて、僕は扉の施錠の魔法を確認しながら、かなり強固に掛けられたそれに、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
外せない程じゃないけれど、これは中々に面倒臭い。
できればこの一回で、レイスに会えたらいいんだけれども。
精神を集中し、魔力を集めた指先で、扉の表面をなぞる。
普通なら、鍵はドアノブのあたりに掛ける場所があるけれど、魔法の鍵はまた違う。
今回は、……扉の中央か。
扉をなぞった指は、扉の丁度中央で止まり、僕は更に多くの魔力を指先に集めながら、
「開錠」
そのキーワードを口にする。
真理を掴んだ者だと推測される神から与えられた術式を除いて、つまり魔法使いが使う術式には、完璧な物など一つもない。
限りなく完璧に近付くように努力は続けているけれど、例えばずっと昔から使われてて、初歩とされている魔法の矢の術式にだって、どこかに無駄や隙はあるんだろう。
第二階梯の魔法の一つ、施錠は、それを掛けた扉ごと強固に封じる。
これは魔法を使えない者には突破の難しい完璧な施錠に思えるが、そう、魔法使いの魔法である以上、決して完璧ではないのだ。
施錠の魔法を解除する方法は二つ。
一つは扉を覆う魔力よりも、多くの魔力でそれを吹き飛ばす事。
もう一つは、完璧ではない施錠の魔法のムラを探して魔力を捻じ込み、まるでパーレが普通の錠前をピッキングするように、隙間からこじ開けるやり方だ。
同じ施錠の魔法でも、術者のイメージによってムラのでき方は変わるし、実力のある魔法使いの施錠はムラも少なく、隠されている。
今回の施錠は、術者の実力はかなり高いと思うが、……でも多分、素直でわかりやすい性格をしてるんだろう。
ムラは少ないが、場所はかなりわかり易かった。
強固な施錠の隙間にねじ込んだ僕の魔力は、バチンと弾けてそれを壊す。
一階の探索の時に述べたけれど、魔法使いは元より扉に備わった鍵よりも、魔法による施錠を信用しがち、使いがちだ。
故に掛けられた魔法を解除すると、もう扉は何の抵抗もせずに開く。
そして僕らが中へと踏み込めば、
「ふむ、扉が開いたという事は、同輩がおるな。では追い出す前に、話くらいは聞くとしよう。汝ら、儂の屋敷に何用で足を踏み入れた?」
部屋の奥に据えられた執務机に向かって、何らかの作業をしていた老人が、ふわりと宙に浮かんで、こちらをぎろりと睥睨した。




