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問題の屋敷は、屋敷街の外れにある。
シュイの力を借りて上空から観察したが、確かに古いけれども立派な屋敷で、どこかが崩れたりしている様子はない。
二階建ての屋敷には窓も多く付いているが、その全ては分厚いカーテンに覆われて、中の様子は見通せず、何やら不気味な雰囲気を醸し出す。
また屋敷の上空を飛んでも見られている気配は一切感じなかったので、レイスの関心が屋敷の中だけに限定されている事も確認できた。
腕を翳せば、シュイは空から降りてきてそこに留まり、ヒゥヒゥと高い声で鳴く。
どうやらシュイは、自分の目の届かぬ危険な場所に行こうとする僕を、心配してくれているらしい。
人よりもずっと鋭いシュイの感覚は、何も教えられずとも目の前の屋敷に何らかの異変が起きてる事を、敏感に捉えているのだろう。
……とはいえ、仕事である以上、僕らはそこに行かなくちゃならないんだけれども。
僕は何時も通りに肉を一切れ与えた後、シュイを空に飛ばした。
もし万一、日が暮れても僕らが戻らなかったら、イクス師の下へ行くようにと指示をして。
屋敷の周囲は庭と塀に囲まれている。
庭は放置されている為、雑草が伸びて荒れ放題だ。
尤も、門から玄関までは敷石がある為、雑草に足を取られるような事はない。
玄関の鍵は、施錠されていた。
撤退した前のパーティが律儀に外側から鍵をかけるとは思わないから、レイスが中から施錠したんだろう。
何だか霊がわざわざ施錠するというのも、奇妙で面白く感じてしまうが、……でも自分の家だと考えたら、そりゃあ鍵くらいはかけるか。
いや、こんなに大きな屋敷だったら、施錠は奉公人の仕事である。
それに魔法使いだったら、元より扉に備わった鍵よりも、魔法による施錠を信用しがち、使いがちだ。
となると鍵を閉めたのは、……魔法で作られた奉公人か。
「パーレ、こっちに」
僕はパーレの前に立ち、彼女の目を閉じさせてから、指で両方の瞼を交互に三度撫でる。
ハーフリングの背は低いから、顔に触れるのも楽だなぁとふと思ってしまうが、口に出せば怒られるから、
「魔力感知」
真面目ぶった顔でキーワードを唱える。
この魔法は、魔力を視覚化するものだ。
魔法使いは魔力の感知に長ける為、多くの魔法使いはこの魔法を重要視しない。
僕だって一人で活動していたら、この魔法には頼らないだろう。
ただ魔法使いではない仲間に、特にパーレのように通常の罠を見抜ける盗賊には、この魔法は非常に有効だった。
ミルコ・ロステはその人生の多くを魔法の道具を作る事に捧げてきたという。
つまり様々な道具に関する知識も豊富な筈だ。
となれば魔法ばかりを警戒すると、そうした道具による仕掛け、通常の罠に引っ掛かりかねない。
仮に僕が先頭に立って探索したら、間違いなく引っ掛かる。
しかしパーレに魔力が見えたなら、魔法の仕掛けを恐れずに、通常の罠にも対処ができた。
そして魔力を見かけたならば、その時は僕に任せてくれれば、魔法の判別くらいは可能だろう
閉じられたカーテンを開けながら、一階を探索していく。
理由はわからないが、霊の類というか、アンデッドの類は共通して太陽を嫌うから、こうして外の光を取り入れていかない理由はない。
とはいえ、一階の探索は念の為だ。
本命は屋敷の主人の部屋や、書斎があると思われる二階か、或いは地下。
地下室は、……まぁ、あると考えて間違いなかった。
定住する民の知恵なのだろうが、西部諸国の国々では、食料や酒を、温度の変化が少ない地下に収納する事が多い。
これだけ大きな屋敷だったら、その地下のスペースも、比例するように大きな筈だ。
或いは別の目的の部屋だって、地下に作られている可能性もある。
コツコツと、パーレが扉を叩いてから、ドアノブを調べ出す。
どうやら鍵が閉まっているから、罠を警戒してるらしい。
暫くしてパーレがピッキングで鍵をこじ開け、ガチャリとドアを開いたら、その途端に何かが彼女に向かって飛来する。
咄嗟にパーレを引き寄せて、その代わりに前に出たのは、すぐ後ろに控えていたステラだ。
飛来する何かに握った盾を叩き付けると、バカンと音を立てて飛来したそれは破砕し、パラパラと周囲に木片が散った。
構えながら部屋の中に踏み込めば、中は広い食堂で、大きなテーブルの周りに、幾つもの椅子が並ぶ。
……どうやら先程飛んできたのは、その中の一脚だったのだろう。
多分、騒霊の魔法だ。
これは霊が引き起こす騒霊って現象を魔法で再現したもので……、何だかレイスがこの魔法を使うとややこしいなぁって思うけれど、霊が騒霊を引き起こす場合はその場にいなきゃいけないので、これは魔法の騒霊が椅子に付与された罠って事で間違いない。
騒霊は第二階梯の魔法だけれど、付与を行うには少なくとも第五階梯の魔法を扱う実力が必要だから、やっぱりレイスは手強い相手になる。
食堂をぐるりと見回すが、これ以上の罠はなさそうだった。
実は魔力を隠す魔法というのも存在するので一応油断はできないが、あれはかなり高度な魔法になるから、仮にレイスがそれ使えたとしても、そう気軽にポンポンと掛けられてはいないだろう。
「ステラ、痛みはありませんか?」
後ろでルドックが、盾で椅子を殴り付けたステラの腕を確認している。
今日の彼女は、左手に盾、右手にメイスを握った、室内戦向けの装備だ。
以前の賊討伐の時のように斧じゃないのは、屋敷の中を切り裂いてしまわないように考慮して。
どのみち霊に物理攻撃は通用しないから、刃物を持つ意味はない。
また魔法で生み出された従者がいても、やっぱり生き物じゃないから、切っても血を流さず致命傷にならない為、打撃で叩き壊す方が早いし。
「椅子だったから、大丈夫」
ぐっ、ぱっ、と手を握って開き、ステラが腕の様子を確かめていた。
怪我はなさそうで、少しばかり、ほっとする。
まぁ、椅子でよかったなぁと思う。
もしあれが、椅子じゃなくて大きなテーブルや、あの重そうなシャンデリアだったら、流石のステラだって腕の一つも折っていたかもしれない。
折れた腕を接いでからなら、ルドックのヒールは骨折も癒すし、仮に部位が欠損しても、神殿に駆けこめば、再生の奇跡を扱える僧侶はいる。
けれども、幾ら治るからって、できれば怪我を負って欲しくないのが、僕の気持ちだ。
いや、そりゃあ冒険者なんてしてる以上、怪我は絶対に付きものなんだけれども。
自分が怪我をするのも、仲間が怪我をするのも、慣れちゃいけないし、当たり前にさせてもいけない。
「リュゼ、ほら」
不意に、ステラが僕の名前を呼んで、こちらに向かって手を振る。
まるで自分の無事をアピールするかのように。
あぁ、うん、もう大丈夫。
ちゃんと安心は、してるから。