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依頼を請ける事が決まって、僕らは二手に分かれて動き出す。
ルドックとステラはパーレを捕まえての酒精抜きで、僕は賢者の学院に戻って、レイスと化した魔法使いの生前を調べる。
今日一日を準備に充てて、明日には屋敷に挑みたいところだ。
実際に仕事を引き受けると決まった事で教えられた詳細は、どうやら異変の解決を依頼された屋敷は、以前はシャガルに拠点を構えていた商家の所有物らしい。
けれどもその商家は、前の当主が病死して代替わりした際に、拠点を王都であるヴァロスへと移したそうだ。
商家が拠点を移すというのは実に大きな決断だが、シャガルも交易で栄えるとはいえ、国の中心であるヴァロスには敵わないから、より大きな商売をしたいと望むなら、それもあながち間違った判断とは言えないだろう。
ヴァロスは王都という事もあって、多くの貴族が屋敷を構えているから、そのいずれかの御用商人になったなら、様々な面での優遇が得られるという話だし。
ただ当たり前の話だけれど、その決断が必ずしも良い結果を齎すとは限らない。
その商会は王都での商売に苦戦して、じわじわと規模を小さくしているという。
故に今回、保有していた屋敷を整備して、売りに出そうと考えたのだとか。
……ここまで聞くとその屋敷に出る霊は前の当主で、代替わりに実は何か問題があったんじゃないかって邪推してしまうけれど、その前の当主は単なる商人だったそうなので、レイスになる筈がなかった。
恐らくそういった誤解を避ける為に依頼主は色々と情報を伏せているのだろうけれど、……まぁ、悪手だなぁとは思う。
では一体誰が迷える霊なのかって話になるが、前の当主には兄がいて、どうやらその兄が魔法使いだったらしい。
元々その商家は前の当主が一代で興したものだったが、成功の切っ掛けは、兄が付与した魔法の道具の販売だったそうだ。
もちろん魔法使いが一人で作れる魔法の道具の数なんて限りがあるから、商家が大きくなったのは弟、前の当主の手腕だろう。
しかし魔法の道具を取り扱うという強みは間違いなく有用な武器だから、商家は兄弟の二人三脚で大きくなったと言って、間違いはなかった。
そして例の屋敷は、結婚をしようともしない兄が不自由なく暮らせるように、弟が古い屋敷を買い取って、手入れをしたものだったという。
なので屋敷に出る幽霊は、その兄、ミルコ・ロステである可能性が、非常に高いと思われる。
あぁ、整理してると気付けるが、確かに前の当主と協力して商家を大きくした兄、今の当主の伯父が霊として出てくるなんて、ロステ家にとってはかなり外聞の悪い話だ。
功労者である前当主の兄が今の当主を認めてないなんて事になったら、王都での商売に苦戦してる今、その判断はやっぱり間違いだったんだとの批判が噴出しかねない。
一代で成り上がったとはいえ、ロステ家は姓を名乗れるくらいに社会的な地位を得ていて、だからこそ失うのは恐怖なんだろう。
まぁ、依頼主の事情は、僕らは正直そこまで知った事ではないのだけれど、この話で重要なのは、レイスになったと思われる前の当主の兄が、道具に魔法を付与できるくらいの実力者ってところだった。
賢者の学園で調べると、ミルコ・ロステは回帰派で、導師にこそなっていなかったが、それに近い実力の魔法使いだったとわかる。
何でも僕の師匠であるイクス師の、更に師匠であった人物と同門だったそうだ。
つまり、僕にとっては師の師の師の弟子になる……んだと思う。
正直、縁というにはあまりに遠すぎるけれど、もしも会話をするチャンスがあったなら、その糸口くらいには、運が良ければなるかもしれない。
教えられたミルコ・ロステという人物は、魔法使いとしての才能はあったが、自己研鑽よりも弟の商売に協力する事を重視していた為、導師にはなれなかったという。
ただ弟が先に亡くなった後、自らの寿命が尽きるまでの十数年は、もう商売に関わる事もなく、賢者の学院から資料を取り寄せたりしながら、魔法の研究に励んだのだとか。
そんな彼が死んだのは、今から二年前になるそうだ。
……割と最近まで生きてたそうなので、もしかすると僕は、どこかでミルコ・ロステに会ってるだろうか?
例えばイクス師を訪ねて来た客人にだったら、弟子として、茶を運んだ事くらいは何度もあるし。
いずれにしても、どうやら魔法使いとしては、相手の方が格上である可能性は高かった。
魔法の付与ばかりが得意で、他は錆び付いてるとかだったら良かったんだけれど、晩年は魔法の研究に励んだというから、それは期待薄だ。
尤も聞いた限り、戦いの経験があるって話は一つも出てこなかったから、魔法が使えても、その使い方が上手いかどうかは、また別の話になる。
またここまでの情報から考えると、恐らくミルコ・ロステのレイスは屋敷を巻き込むような破壊的な攻撃をしてこない。
何に未練を持って迷っているのかはまだわからないけれど、彼にとってあの屋敷は大事なものだったんだろう。
長く霊としてこの世界で迷っていると、自分の大切な物も忘れてしまうくらいに理性を失ってしまう事もあるそうだけれど、ミルコ・ロステが死んだ時期は比較的だが最近で、またレイスは他の霊の類に比べて理性を失い難いそうだ。
依頼人が屋敷を売却しようと考えてる以上、大きな傷を付けられないのは僕らも一緒なんだけれど、お互いに手札を縛るなら、制限は格上の魔法使いと思われるあちら側により多く掛かる。
つまり、やってみなければ正確なところはわからないけれど、やってやれない事はなさそうだというのが、僕の下した結論だった。
前のパーティの失敗で、ミルコ・ロステは次も冒険者がやってくると予想して、屋敷の守りを固めている事だろう。
僕なら、一体どうやって屋敷を傷つけずに守ろうとするだろうか。
単純に攻撃魔法をぶつけるのではなく、侵入者を拒むには……。
今回の依頼は思っていたよりも、あぁ、こんな風に言うと不真面目に思われるかもしれないけれど、僕にとって攻略しがいのある、楽しいものになりそうだ。




