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「以前に請けるか否かを検討されていた古い屋敷の異変に関する依頼を、貴方達のパーティに引き継いでいただきたい」

 その日、冒険者組合からの呼び出しを受け、二階の客室に通された僕らは、例の依頼を引き継ぐように、打診を受けた。

 客室で僕らを出迎えたのは、若い女性が多い受付の職員とは違って、中年の男性だ。

 恐らくは四十を幾つか過ぎた頃合い。

 けれどもその容姿、身形、立ち居振る舞いには一切の弛みが見当たらず、よく切れる刃物のような印象を受ける。


 名乗った名前はパストル・シャイブス。

 その肩書は、冒険者組合の依頼部門の統括者。

 要するに普段世話になってる、外からの依頼を受け付けて精査し、冒険者に斡旋するという、冒険者組合の主となる機能を司る部門の統括者だった。


 もちろん他にも、シャガル以外の冒険者組合等との渉外を担当する部署や、買い取った素材を取り扱う部門、酒場を経営する部署等、冒険者組合には幾つも部署や部門はあるのだろうけれど、依頼を扱う部門の長であるパストルは、組合長、副組合長に次ぐ、シャガルの冒険者組合の、№3と言っても過言ではないと思う。

 尤も組合側の肩書なんて、一介の冒険者である僕らには関係がない。

 出て来るのが受付の職員であろうが、その統括者であろうが、或いは組合長であっても、僕らは常に冒険者組合を相手にやり取りをしてる心算だからだ。


 そりゃあ、相手が仕事を始めたばかりの見習いの職員だったら、相手にも不手際があって当然と考えて、一歩引いた見方をするが、そうでなければ僕らの相手は常に冒険者組合を代表してそこにいる。

 僕はその心算で話をするし、そうでなくては困ってしまう。

 冒険者の中には、酒場の看板娘を口説くかのように、受付の職員に手土産を持って来たり、良いところを見せようと無理な依頼を請けたりする者もいるが、僕らは決してそうじゃない。

 わざわざ受付に若い女性を配する冒険者組合は、そうやって冒険者をコントロールしたいって目論見が幾らかはあるんだろうけれど、それに乗るのも馬鹿らしいし。


「条件と、情報次第ですね。前と変わらず色々と伏せられてるようでしたら、当然ながらお断りします」

 声は柔らかく、けれども内容はきっぱりと、そう言ったのはルドックだ。

 この場にいるのは僕と彼、それからステラの三人。

 パーレは、今日も既に飲んでいたので、この場に連れてくるのはやめておいた。


 僕らのパーティの交渉は、主にルドックが担当する。

 説法の心得がある彼は、どんな風に話せば相手の心に響くか、それを理解しているからだ。

 判断には僕も幾らか口を挟むが、話の上手さはルドックにはとても敵わないから。


「報酬はもちろん増額されてますが……、情報に関しては請けていただける確約がないと、教えられないんですよ」

 けれどもパストルは、事前に情報は渡せないと首を横に振る。

 あぁ、という事は恐らく、異変の原因は本当にゴーストの類だったのだろう。


 貧民街や居住区に住む貧民や一般人ならともかく、屋敷街に住むような富裕層にとって、自分の周囲にゴーストの類が出るというのは、あまり外聞のいい話じゃない。

 何故なら、それは自分の身内に、魂が迷う程の強い未練を残した者がいるって事だから。

 例えばの話だが、ある貴族の家に、前の当主の霊が出たとしよう。

 そうなると周囲は必然的に、代替わりは正当なものだったのか、実は前の当主は子らにも内緒の財産を隠してたのではないか等と、好き勝手に憶測をする。

 場合によっては、今の当主の正当性を疑う者だって、出てきかねない。

 またそれが外に大きく広まれば、その一つの綻びが、家を傾かせる大きな落とし穴に成長する事だって、絶対にあり得ないとは言えなかった。

 実際、若くして死んだ兄のゴーストが出た事で、毒殺が明るみに出た貴族家の当主は、王家に取り潰されたって事例が、すごく昔にあったらしいし。


 ……しかし、そうなると困ったな。

 一体ここからどうしようか。

 僕らとしては、別にこの依頼を断りたい訳じゃない。

 だって報酬も割り増しで貰えた上、冒険者組合に恩を売れるというのは、とても得な依頼だから。


 けれども、いやだからこそ、これが自分達の手に負えるかどうかを、ちゃんと判断したかった。

 受けたはいいが失敗しましたじゃ、どんなに得な依頼でも意味がないどころか、よりマイナスだ。

 危険だってあるだろう。

 前に請けたパーティがどうなったのか。

 無事だったなら、どうしてこの依頼を諦めたのかは、どうしても確認したいところである。


 うぅん、幾ら得な依頼でも、本当に何の情報も得られないなら、断るしかないだろう。

 僕らが金と信頼を稼げる依頼はこれだけじゃないのだ。

 何より、今はまだ休もうと決めた期間中だし、ガツガツと無理をする気はあまり起きない。


「何も情報がないままなら、断るより他にないですね。前に請けたパーティが私達と同程度の実力なら、こちらも失敗する可能性がありますし、失敗した理由すらわからない以上、安易には引き受けられません」

 ただルドックは、僕よりも幾らかこの依頼に対して前向きだった。

 あぁ、僧侶であるルドックは、いるとわかった迷える霊を、そのまま放置するのはできれば避けたいって気持ちもあるんだろう。

 こちらが最も気にする部分、最低限欲しい情報を提示し、パストルの様子を窺っている。


 するとパストルは、

「……前に依頼を請けたパーティには魔法を使えるのが僧侶しかいませんでした。魔法の使い手は希少な為、一人いるだけでも恵まれてはいるんですが、……彼女だけでは真言魔法に対処しきれなかったのでしょう」

 少し考えた後に、そう言って僕の方をジッと見た。

 なるほど。

 真言魔法か。

 これはかなり大きなヒントだ。


 つまりその屋敷で異変を起こしていたのは単なる迷える霊、ゴーストじゃなくて、真言魔法の使い手、僕と同じ魔法使いが死後に霊となった、レイスだったという訳か。

 それは確かに、魔法を使えるのが僧侶一人のパーティだと対処は難しいだろう。


「前任のパーティは無事ですか?」

 見られたついでに僕が問えば、パストルは首を縦に振る。

 依頼主が情報を伏せてた事情は察しがついて、異変の原因が判明し、前に依頼を請けたパーティの失敗理由、僕らのパーティに依頼が流れてくる理由も、理解した。

 屋敷に踏み込んだパーティが無事に帰還してるという事は、レイスの殺意は恐らくあまり高くない。


 僧侶の使う神聖魔法は、魔法使いの真言魔法よりもシンプルで強力だ。

 例えば彼らが得意とする傷を癒す魔法、ヒールを真言魔法で再現しようとしても、倍の魔力を使っても、その半分も傷は癒えない。

 何でも僧侶は、魔法を習得する時に神の声を聞くというが、その際に真理を掴んだ者の術式を与えられているんだろうというのが、魔法使いの神聖魔法に対する推察だった。

 もちろん公にそんな事を言えば、僧侶と魔法使いは対立する羽目になるから、こっそりとそう解釈してるだけなんだけれど。


 ただ神聖魔法は一つ一つが強力だけれども、その代わりに種類は多くない。

 真言魔法は研究によって増えていくけれど、神聖魔法は神に与えられるだけだから、昔から数は変わらないのだ。


 故に真言魔法の多彩さは、神聖魔法を翻弄しうる。

 術者が生きていたならば、魔法使いには物理という明確な弱点があるけれど、レイスの場合はそれもない。

 前任のパーティの失敗は、可哀想というより他になかった。

 せめて依頼主が異変の心当たりについて詳しく話してくれていれば、事前に亡くなった魔法使いの話が出たりで、レイスの存在に思い当たったかもしれないのに。


 ちらりと、ルドックが僕を見た。

 この依頼は、僕次第か。

 僕がレイスの真言魔法に対処できれば、ルドックの神聖魔法で霊の未練を祓って安らかに眠らせる事もできる。

 或いは同じ魔法使いなら、レイスも未練を言葉にして教えてくれるかもしれない。


 ……問題は、真言魔法の使い手と言っても、その実力がピンからキリまである事だけれど。

 まぁ、やってみるか。

 僕はルドックに頷きを返す。

 これ以上の情報は、冒険者組合も持ってないか、出せないだろう。


 レイスとなった魔法使いが、どの程度の実力者だったかは、賢者の学院で調べれば出てくる筈だ。

 その魔法使いがあまりにも格上で手に負えないとなれば、その時はその情報と引き換えに、依頼を諦めさせて貰うだけである。

 冒険者組合は、冒険者を管理する組織で、依頼の解決も冒険者がいてこそだから、無駄死にさせる事は好まない。


「では、お引き受けしましょう。まだ不明な点は多いですが、ひとまず微力を尽くしますよ」

 ルドックがパストルに向き直って、依頼を引き受けると宣言する。

 するとパストルは、漸く少しだけ表情を緩めて、礼の言葉を口にしながら、その右手を差し出した。




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