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「やぁ、おかえり、リュゼ君。あの子に聞いたよ。なんでもハーバレストの山まで行ってたんだってね」

 部屋の中で僕を出迎えてくれたイクス師は、にこやかにそう言って世間話を始めようとする。

 イクス師は基本的に、穏やかで話好きだ。

 もちろんそれだけで癖の強い導師達の纏め役なんてできないだろうから、色々と別の側面はあるんだろうけれど、それを見せる事は滅多にない。


 僕がシュトラ王国に来てから数年間、イクス師は保護者として、親代わりをしてくれた人物だった。

 今は家を出たけれど、イクス師の僕に対する態度はそれ以降も以前と変わらず、常に親身だ。


「あの病は苦しいですし、それにステラが選んだ依頼でしたので……」

 僕がそう言うと、イクス師の笑みはちょっとだけ深くなる。

 子供だった僕が病に罹り、ステラが薬草を持ってきてくれたあの日、彼女はイクス師に盛大に叱られた。

 幾らシャガルの町の近くであっても、危険な野外に勝手に飛び出したのだから、そりゃあ叱られて当然だ。

 何しろ、ステラは実際に危ないところを、冒険者に救われている。

 それが僕を助けたいという善性の行動ではあっても、子供であった彼女が危険を冒していい理由にはならない。


 当たり前の話だが、イクス師はステラの身を、とてもとても、心配したのだから。

 彼女もそれで気付いたのだろう。

 自分の行動が親であるイクス師をどれだけ心配させて、……また、自分がどれ程にイクス師から愛されているのかを。

 たとえ、イクス師から魔法使いとしての才能を受け継いでいなくとも、その愛情は変わらないと。


 僕がステラと少しずつ話をするようになっていったのも、その件が切っ掛けだったが、彼女とイクス師の間にあった溝が埋まり始めたのも、やっぱりあれが切っ掛けだったのだろう。

 まぁ、大人になったステラは、それでも自分の身を危険に晒す冒険者の道を選んで、イクス師を心配させているけれども。


「君があの子と一緒にいてくれるから、私も少しは安心できてるよ。ありがとう、リュゼ君」

 シュトラ王国、というか西方諸国では、十五、十六になると、大人として扱われる年齢だ。

 一人前というには程遠くても、それを目指して独り立ちすべきだって風潮がある。

 故にイクス師も、ステラの冒険者という生き方には口を挟まない。

 だがそれでも、どうしたって娘の身は心配なのだろう。

 イクス師は、ステラとパーティを組む僕に、時折こうした事を言った。


「どちらかと言えば、僕が守られてますけれど、ね」

 ただ、魔法使いである僕は、戦士であるステラには基本的に守られる側なので、そう言われるとなんだかとても座りが悪い。

 別に自分が冒険者として役立たずだとか、そんな風には少しも思わないが、役割上でも守られている身としては、その感謝はどうにも刺さる。

 イクス師も魔法使いだから、守られるのが当たり前だと分かっていて、その上で感謝してくれてるのだとしてもだ。


「それでもだよ。君と一緒なら、あの子も必要以上の無茶はしないだろうからさ」

 僕はイクス師の言葉に、曖昧に頷く。

 そういう意味でなら、確かに安全に寄与してると言えるかもしれない。

 冒険者である以上、無茶をしなきゃいけない場面も時には出て来るけれど、必要な無茶とそうでない無茶を選ぶ事はとても大切だ。

 それができなきゃ、無駄に死ぬ。

 ステラは確かに、その人の良さで、必要でない無茶をしてしまいそうな一面はあった。


 でもそれは、お互い様かなぁとも思う。

 僕もステラがパーティにいるからこそ、油断をせずに依頼を吟味したりと、気を緩めずにいられるんだろうし。


「……さて、君との話は楽しいけれど、僕の楽しみに何時までも付き合って貰うのも悪いね。そろそろ本題に入ろうか」 

 話に満足したのか、席から立ち上がったイクス師は、部屋の奥の扉を開く。

 その奥の部屋は、イクス師の個人的な研究室。

 古代魔法王国期の探求で名の知られたイクス師は、その手の遺物の扱いに関しても、シュトラ王国では右に出る者のいない専門家だった。


 賢者の学院では二つの派閥があって、一つはイクス師を筆頭とする古代魔法王国期の魔法を探求、再現する事を目的とする回帰派で、もう一つは既にある魔法の改良や、新たな魔法を自分で生み出そうとする革新派だ。

 後者は、例の幻影の魔法の研究をしてる魔法使いとか、……実は僕も、イクス師の弟子でありながら、革新派に属する魔法使いである。

 僕の場合は魔法の矢を、誰もが僕のように命中させられる、照星ロック・オンという魔法を新しく作ろうとしていた。

 まぁ、この辺りの話は、今はさておこう。


 奥の部屋の中央には台があって、僕が持ち込んだ石塊が置かれてる。

 台の周囲の床にはびっしりと細かく魔法陣が描かれていて、その随所には魔物から得られる結晶化した魔力、魔石が配置されていた。


「今更かもしれないけれど、遺物を取り扱う際の注意点は覚えているかい?」

 不意にイクス師が、僕に向かってそう問う。


 そりゃあもちろん、覚えてる。

 派閥は違えど、僕はイクス師の弟子だ。

 師からの教えは、一字一句とは言わぬまでも、大体の事は忘れずに頭に刻んでた。


 答えは、その遺物に掛けられているかもしれない魔法の発動。

 例えば手にした人間の心臓を、時間を掛けて止める魔法。

 今はもう現物は残っていないが、古代魔法王国期の有力者、カナン・クピトスが所有したという黄金の冠が発見された時は、大勢の人間がその冠に殺されている。

 冠には魅了の魔法が掛けられており、目にした者はそれを手にしたくて堪らなくなり、しかし手を触れると、触れた者の魔力を用いて徐々に心臓を止める魔法が発動したという。


 実に恐ろしい呪いの遺物なのだけれど、一体どうしてこんな物が作られたのか。

 恐らくそれは、カナン・クピトスが古代魔法王国に反抗的な蛮族に敢えて奪わせる為に、それを作ったのだろうと言われてる。

 魅了と死の魔法によって、ゆっくりと崩壊する蛮族を、遠くから眺めて楽しむ為に。


 僕の答えにイクス師は満足げに頷き、魔法陣の一角を指差すので、僕は指示通りにそこに立つ。

 この魔法陣は、発動する魔法にそれ以上の魔力をぶつけて無効化する、対抗呪文を使う為のものだ。

 石塊に何らかの魔法が掛けられているなら、割って中身を取り出す瞬間に、それが発動する可能性が高い。

 故にこの魔法陣、対抗呪文でそれを無効化しようという訳だった。


 まぁ、あの石塊にどんな魔法が掛けられていたとしても、そのサイズに込められる魔力は限られているから、これだけ大きな魔法陣に幾つも魔石を配して使う対抗呪文なら、かき消せないという事はあり得ない。

 だから別に僕が石塊を割る役でも全然構わないんだけれど……、あぁ、でもイクス師は、古代の遺物はなるべく自分の手で扱いたい人だから。


 僕はノミを持ったイクス師が石塊を割ると同時に、魔法陣に魔力を流して、対抗呪文を発動させる。



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