恋文
「ジャック、俺に恋文の書き方を教えて欲しい」
タゥがそうジャックに頼んだのは、お疲れ様パーティーの真っ最中。
ウスルスの背中の肉で作られたミートパイを料理長が切り分けている時だった。
他にも出来立てのご馳走が軒を連ねており、タゥはご満悦だ。
「恋文だって?! とは言っても、相手は誰に……ああ、ウナルディの長女か。真っ赤な巻き毛の女だろ?」
「ああ。寝ても覚めても彼女の顔が浮かぶんだ。今何をしているか、知りたくてたまらない。彼女のことなら何でも知りたいんだ。恋をしたと……思ってる」
「まっ、ご馳走を食べながら話をしようぜ。俺が知ってる事は教えてやるよ。恋に燃える男は怖いねぇ。凛々しい顔しちゃってまぁ格好良いのなんの。手紙の先生も呼んでやるから、安心しな」
「ありがとう。恩に着る。俺、精一杯頑張るよ」
俺はミートパイを食べながら、真剣な顔をして頷いた。
「頑張るっつっても既婚じゃたかがしれてるけどな。結婚するときは処女であることが鉄則だから、婚前交渉も楽しめない。せいぜい手を繋ぐところまでだ」
「それでもいいさ。俺は、俺の気持ちを伝えたいだけなんだ」
「お前の美貌で、それで済むかねぇ。それに、ウナルディは侯爵家だぜ。遊ぶにはちょっと位が高すぎるな」
ジャックの教えてくれた情報からすると、彼女はウナルディ家の長女で、15歳。名前はオフィーリア。幼い頃から勝ち気で有名で、5年前から婚約していた。仲は良好だったと言われている。
それがどうなったのか、先日の婚約破棄で婚約がなくなってしまい、大変荒れているという事である。
相手の男には女がいて、オフィーリアが邪魔になったのでは、とジャックは言っていた。
タゥとしてはその男を成敗してやりたかったが、それはジャックに一任する事になった。
ジャックも浮気をした男のくせに公衆の面前でオフィーリアをこき下ろした事は、思うところがあると言って、手伝ってくれる事になったのである。持つべきものは友達だ。
食事が終わり、客室の机に陣取ったタゥは、大量の詩集に目を回していた。
「手紙を書くなら、詩集を読まなきゃな、タゥ。こりゃあ時間がかかるかも知れないぜ」
ジャックはそう言って一冊の詩集を選び出した。
『あなたの気持ちを伝える詩集・夜編』と銘打たれたその本は、中身も夜という単語でいっぱいだった。
「ジャックこれ……夜のお誘いの詩ばっかりなんだが」
「想いを伝えるにゃ手っ取り早くて良いだろう? 俺のおすすめはタゥの家紋付きカフスを入れて、気の利いた詩に場所と日取りを添える方法だな。気がある女は、来るぜ」
「それじゃあやっちゃうだろう。俺は恋愛がしたいんだよ。今日の天気とか、たわいもない話がしたいの!」
「おうおう、純情だねぇ。まっ、やるだけやって見ればいいさ」
ジャックは寛容だった。
そんなジャックがぷんすか怒り出したのは、それから6日後、3時のティータイムに、アイスクリームがけのアップルパイを食べている時だった。
「また先生とデキちまったんだって?! 恋はどうしたよ」
「おや、バレたか。いやあ、先生の詩の使い方が秀逸で、文通ごっこしてたらいつのまにか……。恋は勿論、この胸にあるぞ。オフィーリアに会いたくて仕方がない」
「それでこの様か。授業開始から四日目にはやっちまってたんだってな。貴族流の恋愛遊戯が随分板についてきたな。まったくお前って罪な男だよ」
「ジャックに褒められると照れるな。先生はベッドの中でも採点をしてくれるんだぜ。ひとつひとつ、レッスンしてくれるんだ」
「そりゃあ仲睦まじいこって。じゃあ、そろそろ本番の手紙を書こうぜ。手紙の先生と続けていいからさ。そうだタゥ、またお前メイドに手を出したろ。前回は8人で打ち止めだったが、今回は特に口が固くていけねぇ。一人しか見つからねぇんだ」
「そんなカリカリするなよ。ジャックに秘密の逢瀬を楽しんでいるだけさ。ほら、アイスクリーム溶けるぞ」
俺もアイスクリームを賞味し、頬が緩む。
やはり甘味は美味だ。
ジャックもアイスクリームがけのアップルパイを口に運んで咀嚼して飲み込んだ。
「じゃ、手紙には是非お茶会を、って書いといてくれよな。また出来上がった頃見にくるから」
ジャックはフォークを置いて立ち去って行った。
タゥはアップルパイを三つも食べた。
これには料理長もニッコリである。
手紙が出来上がったのは、それから四日後の事だった。
手紙を読んだジャックは「情熱的だな」とひとつ息を吐いた。
「お前からこんな手紙貰ったら、俺ならのぼせ上がっちまうな。よし、これは明日のダンスパーティできっちり渡しといてやるからな。オフィーリアに痛い目見せた男も、報復は順調に進んでる。とりあえず男の恋人だった令嬢は侯爵家に喧嘩を売ったってことで修道院行きだ。男も貰える筈だった爵位が貰えず、平民に落ちる事になってる」
「そりゃあ痛快だな。オフィーリアを傷つけた罰だ。甘んじて受けるがいいさ」
「じゃあタゥ、返事は来たら教えるからな」
タゥは家に戻り、返事が来る日を、一日千秋の思いで待っていた。
そんな中、吉報が舞い込む。
マリアが妊娠したのだ。
タゥは最高に嬉しかった。
「この子は里子に出されちゃうけど……立派に産んで見せるよ。タゥの為だもん」
そう言って笑うマリアの笑顔は綺麗だった。
同時期、リマの妊娠も報じられ、近所はにわかに活気づいていた。
リマにも心からお祝いを告げたタゥである。
そんなある日、皮のコートを着込んで道具屋へいったタゥは、喜ばしい一報を聞くことになった。
返事が、届いたのである。
「いやー、タゥの子が出来た事もめでたいし、返事が来た事もめでたいよな。手紙は家においてあるから、家の馬車を呼ぶぜ?」
タゥは早速ジャックの馬車へ乗り込み、別邸の客間に落ち着いた。
ジャックが手紙を持ってきて、タゥに手渡す。
タゥは封を切って読み始めた。
「お茶会を開くので是非来て欲しいって書いてある。やったぜ、ジャック。これで彼女に会える!」
「どれどれ……。それにしちゃあ色気のない手紙だな。もっと積極的に会いたいって言ってくるかと思ってたぜ。手紙を渡した時、聞いたんだけどさ。お前のこと、覚えてたぜ、彼女。なんか、うまいこといくといいな」
「ありがとう、ジャック。じゃあ、早速返事を書くよ」
「ああ。念のため、先生にも見せてな」
タゥは綺麗な手跡で手紙を書き上げ、先生に合格点を貰った。
これ以上教える事はないと、先生は翌日去っていった。
タゥは前日の夜先生のベッドにいたが、涙は流さなかった。タゥは強くなったのである。




