それは、恋
曲がかかり、二人、ステップを踏みながらホール中央へいく。
シルフィはダンスをしながら有頂天になっていた。
美しい長い金髪に、青い瞳。絵本から抜け出して来たようなシルベスター卿に、シルフィはすっかり見とれていた。
どれだけ動いても踊りやすいリードに、どんどん動きは激しくなっていく。
タゥは、リードの矜持を守りつつ、抜群に動きの良いシルフィに感心していた。
シルフィは、大変ダンスが上手だったのである。
「まぁ、あれはサフラン家の一人娘の……」
「あのダンスがお上手な紳士はどなた?」
「かなり情熱的なダンスカップルね……」
人々の噂話を切り裂くようにして、二人は進む。
美しい金髪の貴公子であるタゥの、鮮烈なるデビューである。
人々は口々に噂し、あるものは頬を染め、あるものは胸の赤い花を睨んだ。
ダンスは二曲目に達し、更にアップテンポになっていく。
シルフィは益々力強くステップを踏んだ。
「疲れてないか、シルフィ? 凄いじゃないか、君はダンスが上手いんだな」
「えへへ。ダンスはちょっと自慢なんです。デビュタントで失敗して転んで以来、ちょっとダンスが嫌いになってたけど、今日はすっごく楽しいっ! まだまだ踊れちゃいますっ」
タゥはリードをしながら、自分達に注目する人の多さにびっくりした。
いつのまにか、ホールの真ん中で陣頭切って踊っていたタゥ達である。
さざ波のような噂話が、人々の間を駆け巡る。
「彼は、シルベスター卿とおっしゃるそうよ。ジャックと話しているのを見たわ」
「あれはサフラン家のシルフィね。かなりダンスがお上手だわ」
「シルフィに家の子とのお見合いはどうかしら……」
「このまま三曲踊るおつもりかしら。一曲位お相手をお願いしたいわ」
タゥとシルフィは、絶好調であった。
どれだけ踊っても崩れない二人にため息を漏らす者もいる。
それだけ、二人のダンスは素晴らしいものだった。
二曲目が終わり、拍手で迎えられたシルフィは、照れた面持ちで礼をしていた。
三曲目、バラードの曲が流れる。
タゥは改めてシルフィに手を差し伸べると、シルフィの手を取って踊り出した。
バラードを踊りながら、シルフィが言う。
「シルベスター卿。今日は、本当にありがとうございました。シルベスター卿みたいにダンスが上手な人と踊ったの、初めてです」
「それは良かった。俺も頑張った甲斐があるよ。ここ一週間、ダンスの先生にしごかれていたからさ」
「ええーっ。信じられない。こんなに上手なのに?」
「ふふふ。シルフィは注目を集めたから、見合いの話が飛び込んでくるかもな。せいぜいダンスの上手い貴公子を選んでやればいいさ」
「私なんてそんな……。でも、ダンスの上手い男性ってすごく惹かれますっ。頑張って探しますね」
「俺は君に、最高の思い出を作ることが出来たかな?」
「はいっ!」
元気良く返答したシルフィの顔には、確かな自信が垣間見えた。
これで依頼は終了かな、と最後のターンをして周りを見る。
すると、ジャックと橙色のドレスを着た少女が拍手をしながら近付いてきた。
「二人とも、すっごかったよーっ! 特に二曲目はスピンが綺麗で見入っちゃった!」
「シルベスター卿、格好良かったぞ。お前のデビューに相応しい三曲だったな。……シルフィ、もう落ち込んでねぇな? どうだったよ、俺の選んだ王子様は」
「本当の本当に最高だったっ! ありがとうジャック!」
シルフィは涙声で、やがて泣き出してしまう。
ホールの隅に移動し、泣きやませようとするが、なかなかうまくいかない。
タゥも苦笑しながら見ていたが、そんな時、視線を感じた。
振り向くと、まず真っ赤な髪が目に入った。
そこに、深い青の涙に濡れた瞳がタゥの目に飛び込んでくる。
少女は真っ赤なドレスを着た、燃えるような赤い巻き毛をしたご令嬢だった。
彼女は泣きはらした瞳に更に涙を潤ませると、ぽろぽろと涙を零してしまっていた。
タゥはその瞳に口付けしたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢し、踏みとどまった。
ずっと目線を合わせていて、先に視線を切ったのは、少女のほうだった。
わかりやすく頬を朱に染め、俯いてしまっている。
タゥは自分に見とれる人間に、慣れている。
しかし、今日ばかりは胸が高鳴るのを止められなかった。
「シルベスター卿は誰を見てんだ? ああ、ウナルディの長女か。さっき婚約破棄されてたんだよ。その高飛車な性格が気に入らないとか何とか、男の方は言ってたな。それでも気丈に、あなたなんていらないわ、って言い返してたぜ」
「……さっきまで泣いてたんだ。そんなにその男のことが好きだったんだろうか」
「おっ、気になる? んじゃあ、俺が調べといてやるよ。勿論有料でな」
「ありがたい。宜しく頼むよ、ジャック」
それで用は済み、皆で帰る事になった。
シルフィは泣きやんでおり、表情は明るい。
最後に別れの挨拶をして、馬車止めで別れた。
「今日はご苦労様。本当にありがとう」
馬車に乗って開口一番、ジャックがそう言ってきた。
「シルフィに喜んで貰えて良かったな、ジャック。俺も嬉しいよ」
「今日は家まですぐ送り届けるからな。さ、着替えさせてやってくれ。お疲れ様パーティーは三日後、改めて開くから泊まりで来てくれよな」
待機していたメイド達によって、タゥは着せ替えられ、髪を編まれた。
家につく頃には夜はすっかり更けていたが、戸板を控えめに鳴らすとレアが出てきてくれた。
「お帰りなさいませ、あなた……」
その夜はそのまま休み、翌朝のことである。
あの炎のような真っ赤な巻き毛に深い青色の瞳をした少女のことが、頭から離れない事に驚いた。
彼女は、もう泣いていないだろうか。
彼女が、今何をしているか知りたい。
なんだか胸がきゅうっと潰れて苦しくなってきたので、とうとうタゥはレアに相談した。
「特定の女が、頭から離れない……? 妻のわたくしからそのような事を言わせるなんて、あなたは残酷な人ですわ……」
「レアにはこれがなんだかわかるのだな。彼女がまた泣いているかと思うと、胸が潰れるように痛むのだ」
「それは、恋……だと思いますわ……。恋情に燃える瞳のあなたはとても素敵だけれど……妻として許容致しかねます……」
「これが恋……恋情か。この感覚は久しいな」
「でも、相手は貴族なのでしょう……? あなたのものに、なるかしら……」
レアはダンスの話をいたく気に入っていて、今朝も昨日のダンスパーティの話をつぶさに聞いて聞かせた後であった。
「それは無理だろうな。貴族には貴族のしきたりがある。でも、このまま何もしないのは嫌だ」
それから二日。悩み抜いてタゥはひとつの結論に達した。
恋文を書くことである。




