ダンスパーティ当日
ダンスパーティ当日、ジャックは箱馬車でタゥの家まで迎えに来た。
理由は、雨季で、雨が降ってるからである。
雨期は、雨で狩りも危険になる。
よって、三日に一度、休みを入れるのである。
雨期の雨具は、皮のコートだ。
雨期は気温が下がる為、長袖の上衣を着るのがケラソ族では一般的だった。
箱馬車の中でオーダーメイドの礼服に着替え、髪を櫛けずられる。
爪の先まで磨かれたタゥは、どこからどう見ても貴公子にしか見えない。
仕上がりは、完璧だった。
「タゥ、陛下がくれた爵位、名前はタゥハリス・シルベスターな。領地を持たない男爵で、アスティ家に居候している事になってるから。俺、お前のことシルベスター卿って呼ぶから、宜しくな」
「わかった。ありがとう。俺が今日踊る娘の事も、教えて貰えるか」
「ああ。名前は、サフラン家の一人娘で、シルフィという。15歳で、デビュタントを終えたばっかりだ。このデビュタントの相手が悪くて、シルフィはダンスパーティが嫌いになっちまったんだ。今日もしぶしぶ出てくる事になってる」
「デビュタントって一生に一度の晴れ舞台だろう。そりゃあ酷いな。俺はシルフィに素敵な思い出を贈る立場な訳だな」
「滅茶苦茶格好良い男と素敵なダンスを踊ったら、自分が悪かったなんていじけていられないはずさ。俺はシルフィに自信を取り戻して欲しいんだ」
「わかった。向こうに着いたら、どの娘か教えてくれ」
そうして俺はジャックと打ち合わせをし、本番に臨んだ。
アスティ家本邸のダンスホールは、比喩が思い付かない程広かった。
ざっと、200人以上が来ており、人がひしめき合っている。
そんな中、入り口で花を配っていた。
既婚者は赤、独身は青い花が配られた。
タゥは当然、赤い花である。
それを胸ポケットに差し、入場である。
現在は夕刻、食事時という事もあって、立食形式の食事スペースに、人が集っていた。
ジャックは2、3人と挨拶を交わし、食事スペースにタゥを連れてきた。
「軽食は食べてきたから、菓子でも摘まんでてくれ。シルフィを探してくる」
そう言うと、ジャックは人混みの中に消えていった。
残されたタゥは、フォークを手に取り、フルーツタルトを食べ始めた。
実は、ケラソ族には甘味というものがない。
ジャックの家で食べたアップルパイに感動したタゥは、密かに菓子を好んでいた。
フルーツタルトを食べ終えたタゥは、次の菓子に狙いを付け、プリンに手を伸ばそうとした所で、その声が降ってきた。
「……甘いものがお好きなのかしら? ……見ない顔ね」
言いながら、女はゆったりと近寄ってきた。
身体の線の出る紫色のドレスで、肉感的な身体をしている。
「初めまして、シルベスターだ」
「リッティアよ。シルベスター卿。……いい夜ね」
リッティアはタゥの上着の袖口にあるカフスボタンを撫でると、粘つくような笑みで誘ってきた。
先生が教えてくれた、夜に誘うサインだ。
「家のシェフが作るクリームプティングは絶品よぉ……。食べにいらして……?」
タゥはクリームプティングに惹かれたが、ぐっと我慢をした。
「断る」
「あら……、奥様は愛されているのねぇ……。羨ましいわぁ……」
リッティアはゆったりと去っていった。
そこに、ジャックが戻って来る。
腕には、橙色のドレスを来た少女が巻き付いていた。
「シルベスター卿、シルフィを見つけたんだがな、俺も相方が見つかったんで、連れて来れなかった。案内するから、ついてきてくれ」
タゥは頷いたが、橙色のドレスの少女が身を乗り出した。
「ジャック、今日は私に付き合う約束よ。忘れてないわよね! って、何、この綺麗な人」
少女と目が合ったので、タゥも自己紹介をした。
「……シルベスターだ」
「へええ。ちょっと見ない位の男前じゃない。ジャックとどんな関係なの?」
「ごめんな、うるさくして。こんなんだから嫁のもらい手がなくて、俺とパートナー組んでるんだよ。ほら、シルベスター卿のお相手と会わせたら話を聞いてやるからさ」
「はぁーい。じゃあ、行きましょう。シルベスター卿?」
タゥは頷いて、二人についていった。
「ほら、あそこで青い花を付けた水色の髪の巻き毛の少女だ。完璧壁の花になっちまってる。もうすぐ曲も始まるからさ。頼んだぜ、シルベスター卿」
「ああ。では、三曲踊ったらまた声をかけてくれ」
タゥは人をかき分け、少女の元へ歩いた。
「シルフィ・サフランか? 俺はタゥハリス・シルベスター。今日は宜しく頼む」
「ええ?! は、はい。私がシルフィ・サフランです。あなたが、ジャックの言っていた王子様……?」
「ああ。期待ハズレじゃなきゃいいんだがな」
「そ、そんな事ありません! こ、こんな素敵な人が私の為に来てくれた事が信じられなくって……!」
そう言うシルフィは水色の巻き毛が美しい少女である。その群青色の瞳には、喜色が浮かんでおり、タゥはひとまずほっとした。
「どうやら、曲がかかるようだ。……踊って頂けますか、シルフィ?」
「はいっ!」
タゥが礼を取って手を差し伸べると、シルフィは弾むように手を差し伸べてきた。




