ジャックに秘密で
「なぁ、ダンスの教師とデキてるんだって? いつの間にそんな仲になったんだよ!」
「ああ、ジャックにバレたか。じゃあ、秘密の関係もおしまいだな」
暦が変わって10月、雨期である。
タゥは昼食をジャックと共に取っている最中で、ウスルスの背中の肉のステーキを、タゥはお上品に切り分けた。
ちなみに今日、狩りはお休みである。
「テーブルマナーをすぐに修得したのも凄いけどさ、とにかくダンスが凄いよ、お前。あの熱情は見ていて胸が騒いだし、メイドが浮つくのもしょうがないと思ってたんだよ。それがお前、ダンスの裏で逢い引きしてたって言うんだから、驚いたよ」
ジャックはぷんぷんしているが、本気では怒っていないようである。
タゥは安心してサラダにフォークを伸ばした。
「ジャックの目を盗んで逢い引きするのは、心が踊ったぜ? 俺は既婚だけどこんなナリをしてるから、誘いをかけられる事もあるって、先生が教えてくれたんだ」
「そりゃあお前には必要な教育だっただろうけどさ、ダンスを覚え立ての奴がそんな上級技使うと思わないじゃねぇか。すっかり貴公子面した紳士なタゥに騙されたぜ」
「ふふふ。メイドに協力して貰った甲斐があったな。ジャックに秘密だよって、約束したんだ」
「あのなぁ、俺の目はごまかせねぇぞ。タゥ、メイドにも手を出したろ。すっかりのぼせ上がってるのがいたぜ」
「いやぁ。掃除をしているメイドって新鮮で……」
「掃除の邪魔をしちゃいけません! そりゃあレッスン続きでたまってたかもしんねぇけど、俺に内緒って酷くない? 女ぐらい、いくらでも用意してやるのに」
ジャックも音を立てず、静かに食事をしている。
「秘め事を楽しみましょうって、先生が言ったんだ。正直、燃えたよ。俺も貴族の恋愛作法を覚えられたし、良い事ずくめだったよ。……ところで、メイドは何人目までバレた?」
「他にもいるのかよ。お前の魅力は、留まる事を知らないな。うちのメイド達は、俺が掌握してると思ってたんだけど、自信なくすわ」
「なんでだよ。皆ジャックの事大好きだぜ。ジャックなら、こんなおふざけも許してくれると思ってるんだ。ご当主様が相手だとこうはいかないって言ってたよ」
「そのご当主様からラブコールだぜ、タゥ。いっぺん会ってみたいってさ。午後のダンスの時間の前に、父さんと母さんと面談な」
「了解。今日の昼食も美味しかったよ。俺の好みの肉を出してくれて、ありがとう」
「いいってことよ。んじゃ、執務室に移動しようぜ」
タゥはジャックの後ろをついていった。
ジャックの父は、ジャックに良く似た壮年の紳士だった。
隣には、細身の女性が付き添っている。この人が母だろう。
「タゥハリスで良かったかな。俺がアスティ家当主、ギエンザロである。ジャックの父でもあるな。なるほど、随分な美男子じゃないか。それにダンスの腕前も見事なものだと聞いているよ」
「とんでもない。俺など、まだまだだ。それと、俺の事はタゥと呼んで欲しい」
タゥは謙虚に答えた。
「そうか、タゥ。件のダンスパーティも三日後に迫っている。当日は、ジャックのためにどうか宜しくお願いする」
「どこまで出来るか分からないが、全力で踊ろう。どうか任せて欲しい」
「頼もしい親友だろ? 父さん達にも気に入って貰えたら嬉しい」
「ふふふ、私はギエンザロの妻でエリザベスといいます。私は気に入ったわよ、ジャック。礼服姿が借りの姿だなんて、信じられない位板に付いてるわね。努力した時間は己を裏切らないわ。当日は、せいいっぱい踊りなさい」
「ああ、わかった。エリザベス」
タゥは真摯に頷いた。
「ところで、俺の情報網でも、君が手を着けたメイドが6人から辿れない。正直に言って何人食った? 教えて欲しい」
「ええ!? そんなにいたのかよ?」
よほど驚いたのか、ジャックの声が裏がえっている。
しめしめ、まだバレてない娘が多いな。
「あなた、その件はジャックに任せると言ったでしょう。答え合わせをしてしまうなんて、酷いわ」
「だがしかし、気になるだろう。我が家の事だし、知っておきたい事柄だ」
「私がちゃんと把握しておきますから、あなたは黙っていらして。タゥ、ダンスレッスンがあるのでしょう。行ってよくてよ」
「わかった。では、失礼する」
タゥは礼をして執務室を出た。
ダンスホールに移動して、今日もレッスンだ。
タゥは引っ詰め髪の厳しい教師のリードを念頭に、ステップを踏む。
練習は夕食の時刻まで続けられた。
その夜、タゥは客室に泊まっていた。
狩りが休みの日は、こうして部屋を用意してくれるのだ。
ベッドに入り、さぁ寝ようかといったところで、メイドが先生からの手紙を持ってきた。
何かの詩の引用が書いてあり、正直タゥには何のことだかわからないが、なんとか夜の誘いだという事はわかった。
メイドに案内してもらい、先生の部屋の前に立つ。
部屋は明かりがついていて、ノックをするとぎしりと揺れた。
「タゥだよ、先生」
「いらっしゃい、タゥ。中へどうぞ。詩の意味は分かった?」
くすくす笑いながら言う先生は、軽装だった。
長い髪は肩に垂らし、薄い青色のネグリジェを着ていた。
昼とは似ても似つかない、夜の先生の姿である。
「いえ。ただ夜という言葉があったから、夜の誘いかと思って来た」
「正解。最後にもう一度会いましょうっていう誘いよ。覚えておくといいわ」
「ジャックにバレたから、本当に終わり?」
タゥは甘えるように口吸いしてみせた。
「秘め事はここでおしまいよ。最後に、もう一度抱いて頂戴。あんなに素敵なダンスを踊れるんだもの。皆があなたに夢中になるわ、タゥ。あなたの腕の中は居心地が良くて、抜け出したくなくなるの。最後に、引導を渡して頂戴」
「わかった、先生。さよならだ。……俺に秘め事を教えてくれて、ありがとう。楽しかったよ」
そう言って俺は先生をベッドに押し倒した。
二人、お互いを愛おしむように抱き合う。
そして、熱を分け合うような交合を何度も行い、先生との秘密の関係は幕を閉じた。
翌朝、朝食を食べていると、ジャックが切り出した。
「なーんか気にかかる事でもあんのか? 思わせぶりな顔しやがって、気になるんだよこの野郎」
「いや。昨夜、先生とお別れしたんだ。俺、寂しくなっちまって、少し泣いたよ」
「そうかそうか。別れを経験して男は強くなるもんだ。存分に泣け」
「格好良いな。俺が女だったらジャックに惚れてるよ」
「男でも惚れてくれて構わないけどな。あっ、これ。ルッケたっぷりの新作スープだってさ。家の料理長のお墨付きだぜ?」
タゥはそう言われてスープに口を付けた。
「うん。美味い。俺の好物ばっかりで嬉しいよ」
「今日は午前の練習だけで狩りに行くだろ。それと明日も午前中だけ練習して、翌日本番だ。タゥ、心の準備はいいか?」
「おうともよ。最近、音楽がかかると自然と身体が動いてさ。ダンスが楽しくなって来たんだよな」
「そりゃあ何よりだ。ダンスは覚えといて損はねえぜ。それに、ダンスをしてるお前、格好良いもんよ。お前に頼んだ甲斐があったぜ」
「そっか。嬉しいよ、ジャック」
タゥは心から微笑んだ。




