キリク
キリクSIDE
ここは、キリクの家である。
朝方、まだ夜も明け切らぬうちにやってきたサランにより、概ね事情を打ち明けられた所である。
「まさか、タゥがそんな血筋の子供だったなんてな。国王の兄か……。それでは、タゥは国王になるはずだったんだな」
「ああ。そのお陰で命を狙われていた。ケラソ族で匿う事にしたのも、そのせいだ。タゥはそのうち帰る事を諦め、ケラソ族に帰化する事を選んだが、俺はこんな日がいつか来るものと思っていたよ」
「それではタゥは……貴族に戻るのか」
「ああ。貴族籍を用意すると言っていた。流石に王族だけあって、あの子の美貌はあまりに眩い。タゥを守る為に、必要な措置であると思う」
「ううむ。貴族の事となると俺にはさっぱりわからんが……タゥは今まで通り、狩人をやっていけるのか?」
「ああ。それは陛下が許してくれた」
「そうか。それは何よりだが……サランよ、どうやってタゥを同族としたのだ。お前にはタゥという息子が昔からいたはずだ」
「ああ。俺の息子はタゥといって、茶色い髪の病弱な少年だった。病弱故に人目に付くこともなく、静かに暮らしていた。そしてあの子が8歳の時、病気で息を引き取った」
「なんと! お前は息子を亡くしていたのか……。それにしては、葬儀をした覚えがないな」
「実は妻がそれで気が触れてしまってな。秘密裏に葬儀をするしかなかった」
キリクの妻子は別室にいる。
部屋は静寂に満ちており、サランの重苦しい声が続いた。
「それで妻はタゥを探して、あちこちに聞き込みするようになってしまった。酷いときには町まで出る始末だ。これにはほとほと困る事になった」
「あれはそういう事だったのか。後から聞いて、タゥは活動的な子供だと印象付ける事になったのだ。そんな絡繰りが……」
サランは頷いて、話を続けた。
「タゥを見つけたのも、妻を探して町をさまよっていた時だ。妻がタゥ、タゥと名を呼びさまよい歩く様を、じっと見つめる子供がいた。俺も疲れていたんだろう。妻と帰る帰り道、ずっと着いてくる少年を振り切れず、家に連れて帰った」
「うむ。それで?」
「少年は家に着くと、匿って欲しいと言い出した。そして、側近が全て殺され、帰る場所もないと言ったのだ。危険を感じ、匿う事に決めたのは、その時だ。タゥという名前は偶然であったが、同じだった。タゥはまだ8歳であったが、話す言葉には信憑性があり、俺は信じた」
「そうだったのか……。しかし、奥方は残念だったな」
「家内はタゥのお陰で平常に戻ったが、病を得てあっけなく逝ってしまった。タゥと二人、嘆き悲しんだものだ」
「タゥは命を狙われていたから帰れなかったのだな。その命を狙っていた相手が死に、これからは大手を振って歩けるというわけだ。タゥも胸をなで下ろした事だろう」
「そうだな。そしてキリク、お前の話だ。陛下はお前に鍵を授けたいと仰っている。一度だけ、何でも叶う魔法の鍵だ。それを受け取りに、これから道具屋に向かって貰いたい」
「俺に、そのようなものを下賜して下さるというのか。わかった、これから向かおう。世話をかけたな、サラン」
「いや。恐らくは、タゥの話を聞きたいのだろう。世話をかけるのはこっちだ。どうかよろしく頼む」
サランは深く頭を下げて、出て行った。
別室にいた妻子に出掛ける旨を伝え、それと思い立って、隣の家の狩人に、今日は狩りを休む旨を伝えた。
町へとラプカを走らせながら、増えたばかりの秘密を検分する。
タゥは、王族であった。
キリクに王族の事はわからないが、大層偉い立場であった事に疑いはない。
しかしタゥは、そんな過去を思い返している様子もなく、立派な狩人だ。
これからタゥは、本当に狩人としての生を全う出来るだろうか。
キリクの疑念は朝靄の中に消えていった。
町に到着すると、二日前には道にひしめき合っていた聖騎士団はすでにいなかった。何人死んで、何人生き残ったのか。それを確認する為、帰りに酒場へ寄ろうと思う。
道具屋の脇にはにょきりと二頭のラプカが並んでおり、後ろの箱馬車には、アスティ家の紋章の旗が揺れていた。
「おうキリク、こっちだ。ラプカを預かるぜ」
長身の藍色の髪の男、ジャックである。
キリクはラプカを預けると、ジャックに促されて箱馬車に乗った。
椅子は革張りで、室内はとても広い。
椅子に腰掛けたキリクは、ジャックに話し掛けた。
「ジャック、この箱馬車は……」
「ああ、うちの馬車だよ。キリクには言ったことあったよな。俺、この町の領主の息子でさ。三男なんだ。本業は道具屋だぜ?」
「ああ。おぬしの道具屋には、ケラソ族総出で世話になっておる。……今日は、陛下との謁見らしいな」
「そんな堅苦しいもんじゃないって話だけどな。でも、貰える鍵の効力は本物だぜ? 俺が鍵を使って聖騎士団を呼んだんだ。本当に、何でも叶うんだ」
「いやはや、空恐ろしいばかりですな」
「ところでさ、キリク、今日って時間あるか? 陛下はタゥの話を聞きたいみたいなんだ。そうすると、話が長くなるだろう?」
「今日は狩りを休むと言い置いて来ました故、時間はたっぷりありますぞ。しかし、どの程度話せばいいのか悩みますな」
「俺も悩ましいよ。なんて言っても親友だからさ。でもタゥから陛下には隠さなくていいって言われてるんだ。だから緊縛の趣味は話そうと思ってる」
ジャックは何でもない事のように言うが、それも固く秘密にしている。
それを話すのであれば、キリクも秘密の一つや二つ、暴露しても構わないだろう。
肩の力を抜いたキリクは、カーテンを開け、外を眺めた。
馬車は、貴族街を通り抜けて、やがて北へ──
丘の上の本邸に辿り着いた馬車が、門の前で止まった。
一歩降りたらそこは別世界で、綺麗に整えられた庭園がアーチを作って待っていた。
建物は壮大で、入り口からでは全容を見ることも叶わない。
キリクは息を飲み、ジャックの後ろに続いた。
「ジャック様、お帰りなさいませ。そちらが、キリク様ですね。承ってございます。こちらへどうぞ」
慇懃無礼な執事に案内され、キリクは真っ赤な絨毯の敷かれた長い廊下を、言われるままに歩いた。ややあって、重厚な扉の一室に案内される。
室内に入ってすぐ、金髪の少年に気付いた。
それはタゥに似た美少年であり、陛下に違いなかった。




