今夜はここまで
「タゥハリス様! まさかご存命とは……! そのお顔、しかと覚えておりますぞ! よくぞ生きていて下さった……!」
家屋に入ったタァーレは、タゥを見るなり跪いて頭を下げた。
細身の、壮年の男性で、眼鏡をかけている。
タゥはタァーレに見覚えがあった。
「タァーレ、世話をかけたな。だが、俺はもう、ただのタゥだ。頭を上げてくれ。王籍を抜けた事は、何遍でも陳謝させて貰う」
「どちらにせよ、奴の在位中は危険が伴った事でしょう。奴はタゥハリス様を危険視しておりました。奴の力を削ぐのに時間がかかりすぎた事だけは、悔やんでも悔やみ切れません」
「タァーレ、とにかく兄さんが生きてて良かったよね。奴も始末したし、良いことづくしだ。僕の治世は、明るいよ」
「はっ、誠にようございました。これで陛下の孤独も埋められる事でしょう。ところで、そのご婦人はもしやタゥハリス様の……?」
レアに視線が集中し、レアは静かに挨拶した。
「タゥの妻、レアですわ……」
「おお、やはり! ご結婚おめでとうございますぞ! これで御子が産まれれば、何にも言うことはありませんな!」
レアは俯いて、頭を下げた。
「そしてジャック! お前は陛下に重用される事になった。ゆめゆめ陛下にお仕えするが良い」
そう言われたジャックは、困り顔だ。
「ジャックの仕事は道具屋だもんね。大丈夫、本業に支障のない程度だよ。たまには僕の為に力を使ってくれると嬉しいな」
イェヤクリスが屈託なく笑う。
ジャックは観念して、笑顔を見せた。
「わかったよ、陛下。俺に出来ることならやってやるよ」
「頼りにしてるよ、ジャック。僕はこれでも鍵を持つ人間を調べ尽くしていてね。君のことは良く知っているつもりだ。伊達や酔狂で君を選んだ訳ではないと、信じてくれ」
「ええ、そりゃどうも……。参ったな、国王様っておっかねぇな、タゥ」
「そりゃあ、そうだろ。国を統べるだなんて、今の俺には想像もつかないが、綺麗事だけじゃやっていけなかっただろう。俺のことは陛下に隠し立てしなくていいからな、ジャック」
「それは助かるなぁ。兄さんの事はこれから調べ上げるからね。ジャックが協力的だと嬉しいな」
「いいのかよ? 俺、かなりお前のこと知ってるぜ? あんな事やこんな事も喋っちまっていいのかよ?」
「線引きはジャックに任せる。それに俺、そこまで隠し立てするような生活してないつもりだからさ。ま、陛下は何でも知りたがるだろうから、程々にな」
「商談成立だね。所でキリクっていう情報通がいるでしょ? ケラソ族で有名だよね。僕、そいつにも鍵を渡したいんだ。情報は、力だ。力の使い方が上手い男には、僕の身分を明かしていいと思ってる。渡りを付けられるかな?」
「キリクを引っ張り出すのは、俺が引き受けましょう。明朝で宜しいですか?」
そう言ったのは、サランだった。
「うん。いいよね、ジャック?」
「ああ。これはキリクにも良い話だし、俺も賛成だ。明朝、キリクに道具屋まで来るように言ってくれ。馬車を用意しとく」
サランは頷いて、頭を下げた。
「じゃあ、今夜はここまでかな。随分夜も更けてきたし、切り上げよう。兄さん、また会いに来るからね。貴族関連の手配は、ジャックに伝えておくから、宜しくね」
「ああ。本当に、会えて嬉しかった、イェヤクリス。お前も無事で……本当に良かった」
タゥはイェヤクリスとがっしりと抱擁した。
弟の小さな身にのしかかる王の重責を思うと胸が痛むが、もう、過ぎた事だ。
俺が王になる日はやって来ない。
その事実が、タゥの胸を慰めた。
イェヤクリスは、しっかりとかつらを被ってから帰って行った。
去り際に、ジャックに囁く。
「悪いな。迷惑をかける」
「これぐらい、何てことねぇさ。弟と再会出来て、良かったな、タゥ」
ジャックの笑顔は心強く、タゥも笑顔を返した。
「タゥが余所からやってきた事は族長ラピグゥのみ、知っている。俺が話に行くから、任せておけ。何、迎えは来たが連れ帰られる事はないと伝えるだけだ」
「父さん。俺を拾ってくれて本当にありがとう」
「タゥ、お前は俺の誇りだ。お前という息子を得られて俺は本当に幸せだ」
サランは静かにラプカに乗って去っていった。
残されたレアに促され、床につく。
「わたくしは……あなたが余所からやってきた子であると……知っていました……。あなたは8歳の時にやってきて、自分の事を私と呼称しておりました……。あなたは知的で、大人っぽくて、わたくしはすぐに熱を上げてしまいました……」
「そうか。俺がケラソ族に馴染もうと、努力していた頃だな。そんな頃から俺を好きでいてくれたのか。まぁ、初めは浮いていたように思う」
「あなたのようなケラソ族は他におりませんでしたもの……。でも、父ラピグゥに口外してはならないときつく言われて……それっきりでございました……」
「族長ラピグゥも俺が国王の兄であるとは知らない。お前も秘密を固く守ってくれ」
「かしこまりました……」
そうして、劇的な再会を果たした夜は更けていった。
タゥはイェヤクリスとまた会うのは、数年後の事になると考えていた。
しかし、以外と早い再会になるのは、また別の話である。




