貴族への道筋
「レア、夜分に悪いがサランを呼んできて貰えるか。弟が来たと、伝えてくれればわかる」
「かしこまりました……」
レアは松明を持って闇夜を歩いていった。
「さて、まずは上がってもらおう。アカネの実の酒は飲めるか?」
皆が頷いたので、まずはアカネの実の酒を配る。
イェヤクリスが上座、あとは下座だ。
ジャックも何も言わずアカネの実の酒を飲んでいる。
そこに、ドンドンと戸板が鳴らされた。
「あなた……サランをお連れしましたわ……」
タゥは戸板を開いて、サランとレアを受け入れた。
レアは下座に落ち着き、サランはまっすぐにイェヤクリスのもとに歩き、跪いて頭を下げた。
「タゥハリス殿下をそうと知りながらこの集落へ誘致したのはこの俺です。他の者は何も知りません。俺の首一つでどうかご容赦を……」
「父さん。俺は何遍も言ったよね。側近が全て殺されて帰れない、命を狙われているってさ。父さんは最善を尽くしてくれた。何も悪くないよ」
タゥの声は穏やかだった。
「それに、六年、時間があったのに、帰ろうとしなかったのは俺だ。側近が殺されて誰も信じられず、家に戻る気をなくしてしまったんだ。それは、俺の弱さだ。イェヤクリスにも悪いことをしたと思っている」
「ぐすっ……兄さん。僕の力が及ばず、六年以内に奴を始末する事が出来なくて、ごめんなさい。あなたも頭を上げて下さい。兄さんに父と呼ばれていましたね。兄さんを生かしてくれて、ありがとう」
「……もったいないお言葉です」
イェヤクリスは不意に、頭を引っ張った。
タゥと同じ美しい金髪が、蝋燭の光に照らされる。
黒褐色の髪は、かつらだったのである。
こうして見ると、タゥとイェヤクリスは、良く似た美男子だった。
「ザザガーディアン王国の国王、余はザザガーディアンである。タゥハリスの父よ、タゥハリスを助けた褒賞を取らせる。何なりと申してみよ」
そこにいたのは、兄との再会で涙していた弟ではない。
彼はれっきとした国王であった。
あまりの威厳に、全員が顔を伏せる。
「恐れ多き事ながら、このままタゥと共にケラソ族の一員として、生きていきとうございます。どうか、お聞き届け下さい」
「うむ、許そう。タゥハリスの王籍は、三年前に失効している。王族たるもの、六年留守をしてはならじという法がある。これは余にもどうにもならぬ。よってタゥハリスよ、これからもこの集落で過ごす事を許す」
「ありがたき幸せにございます」
タゥとサランは、ほっと安堵の息を吐いた。
「堅苦しい話は、これでおしまいでいいかな。僕は罰しに来た訳じゃなくて、兄さんと話に来たんだよ。やっと兄さんを見つけたんだ、今日はまだまだ帰らないからね」
国王の顔を脱ぎ捨て、弟の顔をして言うイェヤクリスに、タゥも格好を崩した。
「ああ。いつまででも付き合おう。俺も会いたかったよ、イェヤクリス。ところで奴は死んだのか?」
「うん。病死に見せかけた暗殺で眠るように死んだよ。在位三年とちょっと。夢を見せてあげたんだから十分だよね」
「違いない。俺は奴に屈してしまったからな。お前は大層凄いことをやってのけたのだろう。俺も自慢に思う」
「仕方ないよ、兄さんは8歳だったんだ。そんな子供は、生きていくだけで精一杯なはずだよ。僕は兄さんが生きていてくれただけで、嬉しいよ」
タゥは8歳の頃を思い出し、ぎゅっと拳を握った。
「……父様と母様は、ご存命か」
「二人とも奴の毒牙にかかって、亡くなったよ。今は僕と妻が、王宮を仕切ってるよ……ところで兄さんとジャックって親友なんでしょ? この機会に僕もジャックとお近づきになりたいな」
「私のような者がお役に立てますでしょうか?」
「あーだめだめ。いつも通りに話してくれなきゃ、つまんないよ」
「わかった。じゃあいつも通り話すけどな、タゥが王族だったって事もおおごとだし、正直戸惑ってる。俺はしがない道具屋の三男で、ちっぽけな男なんだよ」
「でも、君の助力がなければアスティの町は、とんでもない事になってたはずだからね。こういう男が僕の鍵を使ってくれたんなら、僕も本望さ。ああそうだ、鍵はまた使えるようにしといたからね。はいこれ。大切に持っててよ」
イェヤクリスの手から、黄金色の鍵が渡され、
ジャックはそれをぎゅっと握った。
「兄さんが失踪して一年、僕は兄さんが立ち寄った町を巡り歩いた。鍵も数個渡した相手がいたけど、すぐに下らない事に使ってしまったよ。きちんと鍵を保持していて、このような使い方をしたのは君だけだ、ジャック。もっと自分を誇りたまえ」
「そうなのか。じゃあ、ありがたく頂いときます。今回は本当に助かりました」
そう言ってジャックは頭を下げた。
「それに君は、平民のみならず、貴族にも信頼が厚いそうじゃないか。先日のマダムの件は耳に入っているよ。あのマダムの急所を抑えるなんて、たいしたもんだ。どんなものを献上したのか、興味があるな」
「そりゃあ……美を集めたかのような美男子を、連れて行ったまでだよ」
ジャックの視線を受け、タゥは頷いた。
「へぇ、兄さんなんだ? そりゃあ王族は美の基本とされているし、正しい審美眼を持つ人程恩恵は大きいだろうけどさ。っていうか兄さんって、こんな悪ふざけに参加するんだね。凶悪なウスルス狩りで生計を立てるケラソの一族って、もっと厳格かと思っていたよ」
「多少は余裕がある。とはいっても、ジャックの悪ふざけにしか付き合わないけどな」
「固き友情で結ばれてるんだねぇ。ジャックもね、金髪の綺麗な友人に会いたいって言ったら苦渋を示してさ。友達は売れない、って言うの。国王を前に気丈だよねぇ。絶対悪い事にはならないから連れて行ってって、これでも説得したんだよ?」
「無茶するなよ、ジャック。でも、俺に相談してくれる気になって良かった。俺もこの件だけは、口外出来なかったから、助かったよ」
「そりゃあ国王の兄貴だなんて、口が滑っても言えねぇよな。それはいいよ、タゥ。今日同席させて貰ってるだけで十分さ。……本当は、タゥハリスっていうんだっけか」
「ああ。幼名だけどな。今の俺はタゥだよ、ジャック。今まで通りバカ騒ぎしつつ、俺は下々の者として生きていくから、よろしくな」
「それなんだけどね、表向き死んだことになっている兄さんの周囲を騒がせるつもりはないんだけどね。僕の側近のタァーレを覚えているかな? 彼だけには兄さんを会わせてあげたいんだ」
「側近に紹介すると言うことは、俺を貴族として取り込もうという事か」
「貴族籍は用意するよ。いざという時、平民のままでは立場が弱いからね」
「……仕方ない。タァーレに会おう。まさか、今更貴族教育を受けろ、とは言わないだろうな」
「あはは。そこまでは望めないよ。じゃあ、呼んでくるからちょっと待っててね」
閂を外し、戸板を開いたのはタゥだ。
すぐそばに箱馬車が見え、イェヤクリスが駆け寄っていくのが見えた。
イェヤクリスの金髪が闇に映え、光を零す。
俺が自分の金髪を嫌いだったのは、王族であった自分の未練を重ね合わせていたせいだ。
今夜、未練は砂となる。
弟に王の重責を負わせた事を、忘れる事はない。
しかし、自分の金髪を少し好きになった。
今夜は、そんな夜だった。




