後始末
「はぁ、はぁ、はぁ。うん、俺は大丈夫だよ。父さんは……近くに潜んでいたんだね」
「ああ。もう少し向こうには、おびただしい数のラプカが繋いである。見張りもいたが、既に討ち取った」
「あっ、父さん。伝令役の男が一人、東に走っていったんだけど……」
「集落の中に入ったならば、遠からず、討ち取られる事だろう。それにしてもその男、タゥを自分の女にすると豪語しておったな。それなりの使い手だったようだが、お前に討ち取られてその男も本望だろう」
「でも、ちょっと危なかったよ。父さんが気を散らしてくれて助かった。ありがとう」
タゥは静かになった闇の中で、ラプカの足音を聞き咎めた。
「ラプカが……三頭かな。方角としては本家だけど……」
「どうやら本家の連絡網だ。おおい、こっちだ」
現れたのは、松明を持ってラプカに乗った本家の男達だった。
「ここも襲撃されたのか。討ち取ったのは、何名だ?」
「ここは六名だ。父さんは?」
「向こうのラプカが繋いであるあたりに二名だ。それと、この鎧を着た男は、恐らく大将首だ」
「わかった。今わかっている限りで言うと、東西南北と中央は日没後に襲撃を受けた。討伐した盗賊は68名。生存者は一名だ。一人でラプカに乗っているところを取り押さえた。軽いけが人は出たが、ケラソ族に被害はない。それにしても、大将首を討ち取るとは流石ではないか、タゥ」
「ケラソ族のみんなを信じてたよ。……俺だけじゃ無理だった、父さんと二人で討ち取ったんだ」
タゥは誇らしげにサランを見た。
サランは苦笑して、本家の男を見つめた。
「この男達の遺体を何とかせんとならんが、こう暗くてはな。それに、町の衛兵にも検分を頼まねばならんのだろう?」
「うむ。既に町には一報を入れているが、検分は明日の朝になるだろう。遺体はまとめておけば良かろうぞ。それと、盗賊団の襲撃はあったわけだが、明日の狩りは予定通り休みとする」
「うむ。わかった。遺体の検分に事情聴取もあるものな。タゥも異存はなかろう?」
「うん。わかったよ。本家もお疲れ様」
本家の男達とサランは、いい笑顔を残しつつ去っていった。
戸板を開けて、広間で震えているレアに、声をかける。
「レア、終わったよ。待たせてごめんな」
「あなた……あなたは下品な男に屈したりはしないって、信じておりました……」
「そうか、あの男の言葉が聞こえてたんだな。でも盗賊団は全員討ち取ったから、もう安全だぞ」
「あなたのことを自分の女にすると豪語したあの男も討ち取りましたの……?」
「ああ。少々手こずったが、サランと共に打ち取った。心配をかけて悪かった」
レアはやっと微笑むと、ゆっくりと床を延べた。
「あなた……血だらけですわよ」
「そうだった。表で水浴びしてくる」
タゥは素っ裸になって表に出ると、井戸水で水浴びした。
ひんやりと冷たい井戸水が気持ち良い。
血が沸騰し、交戦した高ぶりは、なかなか冷めやらなかった。
布団に戻り、素っ裸のまま寝転がる。
「レアも脱いで、一緒に寝転がろう。血の匂いが濃くて、そんな気になれないだろう?」
レアは服をしゅるりと脱いで、タゥの横に寝転んだ。
「わたくしは……まだ燃えるような瞳をしているあなたが、気になりますわ……。わたくしの身体で鎮めますか……?」
「実は、興奮してて眠れない。一回、愛おしむ事を許してくれ」
「何回でもお付き合いしますわ……」
レアの優しい言葉に甘えて、タゥはレアにのしかかった。
レアの柔らかな胸に顔を埋めながら、ミゴリの提案に乗っていたならどうなっていたか、と考える。
ケラソ族が強靭な一族であったから、あの提案を突っぱねる事が出来た。
もし、普通の村だったら男の女となって、ご機嫌を取っていたかもしれない。
意味のない仮定だ。しかし、俺が女になるというのなら、あんな小物を相手にするわけがない。
ただ、足元が凍るような恐怖があり、その残滓が心にこびり付いているだけだ。
そこに、ジャックのお日様のような笑顔が思い浮かぶ。
ジャックが相手であれば、俺はもしかして──
ただでさえ謎多き男であるジャックを思い浮かべて、タゥは苦笑した。
俺の処女は、ジャックに貰って貰おう。
タゥがそんな決意をしてるとは知らぬジャックは、自宅で惰眠を貪っていた。
翌朝、町の衛兵による事情聴取である。
「だから、村の皆を助けたかったら閨の相手をしろと脅されたんだ」
「ふんふん、それで?」
「断って、斬りかかった。でも、大刀で防がれてしまって、うまくいかない。そのうち覚悟は決まっただろう、と言い出して、引き上げると宣言したんだ」
「君を持ち帰ろうとしたわけだね。しかしそれをはねのけて、そこにサランが切りかかる訳だね」
「うむ。サランに驚いた隙をついて、首を落とした」
衛兵は書き物をしながら、話を聞いている。
「いやー、何度も聞いて悪いね。盗賊団のミゴリといったら、敵う者はいないと言われたぐらい、厄介な相手であったんだよ。女は犯され男は殺され、事件の悲惨さも有名さ。それが、ケラソ族にかかれば一夜にして壊滅だもの。詳しく聞きたくなるのも仕方がないだろう?」
もう一人の衛兵が言う。
「一人だけ生存者がいましたが、ミゴリの腰巾着でした。タゥの言う、もう一人の男と特徴が酷似しています」
「引き上げる事を伝えに行った男だね。本人の証言とも一致してるし、これで調書は揃ったかな」
ようやく事情聴取が終わり、一息つく。
「いやぁ、あのミゴリが色香に迷って討伐されるとは。ケラソ族の戦闘能力もさることながら、君の美貌も盗賊討伐に貢献したという事だね! いやぁ、ミゴリの悪名はあちこちで轟いていた分、君の勇名も一気に広まると思うよ」
「俺の名が広まるというのか?」
タゥが問いかけると、三人目の衛兵が言う。
「ミゴリの要求をはねのけ、立ち向かっただけでも勇気がある。少なくとも、吟遊詩人は歌にするだろう。ケラソの家のタゥ、といったね。これから君は知る人ぞ知る剣士というわけさ。しかも、とびっきりの金髪の美男子ときている。放っておいても広まるのは、時間の問題さ」
たくさんの遺体を前に、衛兵達の表情は明るい。
盗賊団ミゴリは、それほどの悪党だったのだ。
「さて、遺体を焼いて、お暇しようかな。盗賊団の連れてきたラプカも、今日中に撤去するからね」
「うむ。宜しくお願いする。盗賊団の生き残りはどうなるのだ?」
「ああ、首くくりだよ。他に仲間はいないと証言は取れてる。盗賊には似合いの末路さ」
衛兵三人は八体の遺体を纏めると、油をかけて火を付けた。
今日はあちらこちらで煙が上がっており、事件の凄惨さを思い知らされる。
本当に、被害がなくて良かった。
タゥは改めて胸をなで下ろすと、遺体の焼却を手伝った。
後片付けまで終わったのは、中天を少し過ぎてからだった。
今日はマリアに会いに行く日だったのに、すっかり潰れてしまった。
明日、改めて謝るほかないと思う。




