婚礼の儀
「これより、ナッキの家のエンジュとヤジュの家のリマの結婚式を始める! まずは未婚の女達の舞からだ。音楽の準備は良いか?」
族長ラピグゥの号令により、太鼓と横笛による演奏が始まった。未婚の10歳以上の娘達が進み出て、思い思いに踊り始めた。
俺達は手前の敷物に腰を落ち着け、振る舞いのアカネの実の酒を楽しんでいた。
「うわぁ。あれはマリアだ。綺麗だな……」
マリアは、火がついたように、踊っていた。
その伸びやかな肢体を大胆にあやつって、マリアは誰よりも美しかった。
「わたくしは……幼少より、身体が弱かった為……踊ったことがないのです……」
「そうなのか。それは残念だったな」
「はい……。あの娘なら、立派な子供を産むことが叶いましょう……。羨ましくてなりません……」
レアに目を向けると、レアもタゥを見つめていた。
「わたくしは……あなたを、独り占めしたいのです、タゥ……。それが叶わないこの身が恨めしいのです……」
レアはどう頑張っても三年の命だ。
子供を産んだら、もっと寿命は短くなるかもしれない。
それでも、俺達は夫婦だ。
「レア、夜は独り占めしてるじゃないか。俺は今夜もお前を愛おしんでやるぞ? それにな、もしお前が死ぬ日が来たならば、俺は泣いてやるぞ」
「悲しんで……くれると言うのですか……あなた……」
「その通りだ。気に入らぬ事も多いが、俺達は夫婦なのだ。幸も不幸も分け合って、生きていこう」
「はい……。それは、わたくしの誇りとなりますわ……」
かがり火に照らされたレアは、幸福そうに微笑んでいた。
未婚の女達の舞が終わり、花冠の交換の時間となる。
太鼓の音に導かれて、新郎新婦が族長の母マルマの前にまろび出る。
そして、腰を下ろし、花冠の交換をした。
「ここに、一組の夫婦が誕生した……。ナッキの家の長兄エンジュは、ヤジュの家の長姉リマを得た……。夫婦仲良く慈しみ合い、幸福を……」
「ナッキの家の長兄エンジュは、ヤジュの家の長姉リマを得ました……」
「ヤジュの家の長姉リマは、ナッキの家の長兄エンジュに嫁入りしました……」
二人はマルマの前で深く頭を下げ、しばらくして櫓に登っていった。
新郎新婦の為の櫓は丸太で出来ており、中を覗い見る事は出来ない。
しかし大層な仲の良さは、見て取る事が出来た。
「ここに夫婦が誕生した! 以後は宴となる! 大いに喰って、飲んでくれぇ!」
族長ラピグゥの声に、歓声が応える。
俺達の結婚式よりは少人数のはずだが、見渡す限り敷物はいっぱいで、次々に料理が運び込まれていた。
「し、失礼します。宴料理をお持ちしました。バンジの実の炒めものと、焼きたてパンです」
「ああ、ありがとう」
見ると、まだあどけない顔立ちの少女が、料理を持って立ち尽くしていた。
料理を受け取り、早速頂く。
「うん、美味いな。たまには胸肉も良いもんだな」
「ええ……おいしゅうございます……」
その後も色々と料理が届けられ、とうとう特別料理のウスルスの丸焼きが出される時間となった。
「レアよ。俺は背中の肉が食べたい故、ちょっと行ってくる。お前の足肉も取ってきてやるからな」
「かしこまりました……」
敷物を立ち、簡易かまどの奥へと突き進む。
すると、剣呑な声が聞こえてきた。
「もういいっ! あなたは私と結婚する気がないのよっ!」
女の泣き声が聞こえたかと思うと、ガラガラと、何か崩れる音がした。
おいおい、俺の背中の肉は無事かと顔を出して見れば、黒褐色の髪と涙に塗れた緑色の瞳が目に入る。
そこで、淡い金髪を一つに編み込んだ少年が倒れていた。瞳は黒色で、ちょっと頼りなさそうな印象である。
「おい、大丈夫か?」
タゥが助け起こしてやると、少年はタゥの金髪を見て取り、輝くような笑顔になった。
少年は思っていたより小柄で、タゥより頭ひとつぶん、背が低い。
「すいません。どうも……あっ! その金髪は、ケラソの家のタゥですね? 一度お会いしたいと思っていました! うーん、素敵な男前だなぁ。君もそう思わないかい、ナディア?」
ナディアと呼ばれた娘は、恐らく年上で、主張の激しい胸部を朱色の装束できゅっと締めている。
黒褐色の髪は左右におさげを下げており、その強気そうな瞳には涙が光っていた。
「わたしは別に……」
「こら、失礼だよナディア。僕はタゥに感服しているんだ。どうやったら花嫁の処女を奪い、子供まで産ませる事が出来るんだろう。そんなの、男の夢じゃないか。──ああ、失礼しました。僕はマルスの家のランディと申します」
「そうか、ランディ。俺はケラソの家のタゥだ。今夜は友人の結婚式で、良い夜だ。諍いは家に帰ってからにして欲しい」
「そうだよ。帰って、もう一度話をしよう。タゥは関係ないんだしさ……」
ナディアがランディの服を引っ張り、誘導しようとする。
「何だい、もう妻気取りかい? 僕は君のそう言うところが好きじゃないんだ」
ランディは鋭い声でナディアをたしなめたが、タゥの視線に気付くと、肩をすくめて言いつのった。
「ケラソの家のタゥ。僕のことを覚えていて下さいね。また後日、お目にかかりましょう」
タゥは、狐につままれたような心地で、二人を見送った。
ウスルスの丸焼きは無事だったので、タゥは背中の肉にありつくことが出来た。
レアの分の足肉を確保し、席に戻る。
「美味しいですわね、あなた……」
「ああ。俺はウスルスの丸焼きが大好物なのだ。宴の時にしか食べれないが、それもまた良しだな!」
タゥはさっきの二人の事をレアに話しながら、アカネの実の酒を酌み交わした。
やがて、見送りの時間である。
敷物を片付け、帰り道に並ぶ。
ずらりと並んだ参席者は、新郎新婦が新居に帰る姿を見送るのだ。
どこからか横笛が聞こえてきて、新郎新婦の帰宅が始まった。
そこで案内人の持つ松明に照らされた新郎新婦が見えた。
二人とも、なんと幸福そうなのだろう。
自分の結婚式では味わえなかった感覚を胸に、見送りの儀は終了した。




