アスロの覚悟
「何だ、それは。アスロが処女を要らないと言ったのか? 俺だったらどんな条件を飲んだとしても、処女は他の男にやらないぞ」
「あのね、私がアスロにお願いしたの。私、初めてはタゥが良いんだよね。タゥのことが好きだったし、タゥに捧げるのは、夢みたいなものなの。それを叶えて欲しいってお願いしたら、しょうがないなって笑ってくれたよ」
「アスロが……。そうなのか」
「アスロは、元気なあたしが好きなんだって。だから、あたしの好きなとおりにしていいって、言ってくれたんだ」
「本当にそんな条件で結婚出来るのか? 本家は黙認するかもしれないが、他の家から反発が出るだろう」
タゥは、冷静だった。結婚は当人ばかりでなく、家と家との結びつきである。子供を産むのならマリアとの逢瀬も黙ってはいられない。ケラソ族じゅうにこの結婚を認めてもらう必要があった。
「反発は、出まくってるよ。本家ですらそうなんだから、他家も散々な事になりそうだね。ただアスロが、言ってくれたんだよね。俺に任せて欲しいってさ」
「ふむ。反発のある家に、説得に赴くということか。それは素晴らしい事だが、ケラソ族は400名程いるのだぞ。反発をひとつずつ消していては、終わりが見えなかろう」
「それでもやり遂げるって言ってたよ。一つくらい、一人でやり遂げた事が欲しいんだって。昨日までに本家が片付いたって言ってたから、今日からは他家だね。キリクも手伝ってるから、今日でみんな知ることになるよ」
「後戻りは出来ない、って感じだな。じゃあ初夜の前に、俺はすることがあるんじゃないか?」
「えっ?! 何にもないはずだよ。サランとレアにも了承を貰ってるし、うちの両親もタゥなら、って納得してるもの」
「俺にもおじさんとおばさんに挨拶をさせてくれよ、初夜には明日改めて来るからさ」
と言うことはレアの奴、知っていてルネーの家へ行かないで欲しいと言っていたわけか。
実は了承していないのか、わがままを言ってみたのどっちだろう。
「それと、ヤジュの家のリマとリズだが、三年限定で恋人となった。リマは今日結婚するが、俺との関係は続ける。ちなみに、子供はなしだ」
「へえ、エンジュ相手によく頑張ったねぇ、リマ。結構嫉妬深そうなのに、実は懐が広いんだねっ!」
「ああ。エンジュはいい男だよ。アスロだって、最高に優しいいい男だろう。いつ、結婚するんだ?」
「反発が収まってからだから、予想がつかないの。でも、今月中だと思う」
マリアはにこやかな声で「ちょっと変わった結婚生活だけど、楽しみだよ!」と言ってくれた。
「所で俺は、夜に来るべきじゃないか? 雰囲気というものがあるだろう」
「それは駄目だよ。レアの邪魔になっちゃう」
「そういうものか。じゃあ、明日も早朝に来るからな」
そこで俺達は腰を上げ、広間へと踏み込んだ。
「おじさん、おばさん。御無沙汰しています。お元気でしたか?」
「……ああ。家の娘の突拍子のない話はもう聞いたか」
「はい。俺の子供を産んでくれるそうで、大変感謝しています」
「どれだけお前に似てようとも、子供はヤジュの子として育てる。……まぁ、お前は親なのだから、頻繁に顔を見せるが良い」
そういうおじさんは、にっこりと笑ってくれていた。
「まだ孕んでもいないのに気が早いことねぇ。タゥ、あんまり急がなくたっていいからね。二人っきりの時間を大切にしたらいいさ」
「おばさん……。ありがとうございます」
アスロと結婚するというのに、温かな言葉をかけてもらい、タゥはぐっときてしまった。
レアがいなかったらきっと、俺はこの家の一員になっていただろう。それぐらい、マリアの事が好きだった。
こんなかたちだけど、マリアと結ばれることが出来て、俺は幸せだ。
タゥは眦から涙がこぼれるのを止められなかった。
「いやー、男前は、泣いても美形だねぇ」
「マリアこそ、泣いてるじゃないか。相変わらず美人だよ」
マリアは小さく「ありがとう」と言い、母チヌに寄り添った。
そろそろ時間だったので、ヤジュの家をお暇し、家に帰る。
簡素な昼食を食べた後、中天になったので森に入った。
今日はキーヤとふたりきりだ。
怪我だけはないように、気をつけて狩りにのぞんだ。
夕刻までに一頭、罠に追い込んで仕留めた。
今日は二人なので一頭で良かろうと、狩りを切り上げる事にした。
解体小屋で解体し、分け前を分けた。
タゥは背中の肉と足肉を貰い、リュックに詰めた。
今日の出迎えは、ルネーの家のマリアただひとりだった。
「今日も出迎え、感謝する」
「あっ、キーヤもお疲れ様! ねぇ、私の話聞いた?」
「朝一番にキリクがやってきて、教えてくれた。タゥの子を産むんだってな。それと、結婚おめでとう」
「そっか。納得してくれたなら良かったよ。反発のある家には、アスロが行く必要があるからさ」
「アスロは反発のある家を、一件一件回ってるそうだな。とんでもない苦労だが、アスロならやりとげられるだろう。根性のある男だからな。マリアは待っていればいいさ」
「えへへ。ありがとう」
マリアは花開くような笑顔で笑った。
キーヤは礼をして去っていった。
今日は俺達もまごまごしていられない。
今日は、エンジュとリマの結婚式があるのだ。
「私達も、行こうか。結婚式、楽しみだね」
「ああ。そうだな」
そうして家に帰り着いたタゥは、日没を待って松明を持って家を出た。
レアとふたり、中央の会場までゆっくりと歩く。到着した頃には人手も出揃っており、凄い熱気だ。
簡易かまどでは幾つもの鉄鍋が火にかけられ、宴の開始を待っている。
そこに、族長ラピグゥの声が響きわたった。




