きらきらとした瞳で
「それより俺は、ルネーの家のマリアが気になる。アスロとの見合いの話は聞いているだろう? 本家は話を固めようと、かなり本気だ」
「ああ。アスロの配置転換の話も聞いている。マリアも見合いを楽しみにしていたが……アスロは、どうなんだ? 乗り気なのか?」
「これが思いの外消極的であるらしい。まぁ、元々お前の見合い相手であるし、気後れして当然であろうよ」
「そうなのか。俺はアスロに、自信を持って貰いたい。あのマリアが見初めたんだ。それは大きな自信に繋がるはずだ」
昨日、マリアは俺に子供を産んでくれると言っていた。その言葉を疑った事はない。
ただ、アスロとの見合いにどう関わってくるのかは不明だ。
「タゥ、ここがトマツの家だ」
ラプカが止まったのは、一階建ての大きな家だった。
「へえ、大きな家だな」
「そうだろう。西のまとめ役のひとつだ。入り口は……ああ、あそこだな」
サランは近くの木にラプカの手綱を結びつけると、戸板をノックした。
他に二頭のラプカが並んでいるので、キリクはもう来ているのかもしれない。
「ケラソの家のサランとタゥだ! 見合いの謝罪会に来た!」
閂が外され、戸板がからりと開いた。
中から出てきたのは、一昨日出会った少年であった。燃えるような赤い瞳でタゥを見つめる少年は、黒褐色の髪でひとつの三つ編みに括っていた。
「ようこそ、トマツの家に。俺はポーラの家のルキという。イズカの婚約者の為、本日は同席させて頂く事になった」
「どうもご丁寧に。本日は宜しく願いたい」
「では、中へどうぞ。……ああ、この娘は下の妹で、ナツミという。未だに15歳に至っていないが、後学の勉強の為、同席する事になっている」
ぴょこりと出てきたのは、イズカによく似た水色の髪に金色の瞳の、まだ幼い少女であった。
「トマツの家のナツミです! 宜しくお願い致します! ふええ、格好良い男の人……。この人が姉様の想い人なんでしょ?」
「こら、ナツミ。お客様の前だぞ。キリクはもう来ていますから、奥の広間へどうぞ」
ルキに導かれてやってきた広間には、全員が集合していた。
上座から、トマツの家のガロンとその妻、イズカとナツミ、そして、ポーラの家のルキ。
下座に、ケラソの家のサランとタゥ、トジンの家のキリク。
「まずは、来てくれて感謝するぞ! イズカが勝手にタゥに会いに行った件は、済まなかった! 改めて謝罪を申し述べたい!」
「ガロンよ。謝罪を受け取ろう。謝罪会を始めて良いだろうか?」
「では、俺と妻は席を外そう。後は頼んだぞ、ルキ」
「はい、お任せ下さい」
やがて二人が退室したので、タゥは改めて名乗りを上げた。
「ケラソの家のタゥだ。過日は見合いをする事が出来ず、申し訳なかった。ここに謝罪を申し述べたい」
「謝罪を受け入れますわ。代わりに、不躾にひとつ尋ねさせて下さい。あなたはレアと結婚して、幸せですか?」
イズカは、挑むような眼差しで、タゥを見つめている。
タゥは、ひとつ苦笑して、正直に答えた。
「正直に言うと、あまり幸福とは言えない。ただこれは、俺の理想が高いせいだと思っている」
「理想とは何ですか?」
「妻と愛し愛される関係になり、お互いを慈しみ合うことだ。未だに妻を愛せない俺では、なかなか達成する事が難しい」
「そうなのですか……。無理矢理結婚した妻など放置しているかと思っていたのに、あなたは愛そうと努力なさっておられるのね。それで………夜は愛おしんでいらっしゃるの?」
そこでルキが「イズカ」と低い声でたしなめた。
「タゥの事を知りたい気持ちは尊重するが、閨の事まで聞くのははしたないのではないか?」
「私があなたとの結婚で一番心配なのは閨事なの。愛していなくとも子作りは叶うのかしら?」
タゥは二人の会話に首を突っ込んで、堂々と語ってみせた。
「俺は毎夜、妻を愛おしんでいる。夫の役割を放棄した事は、一度もない」
「殿方って、お出来になるのね。私は愛してる相手としか愛おしみたくないわ」
「しかし、肌を合わせるうちに愛が育まれることはありえよう。はじめのうちは、天井のシミでも数えていたら良い。避けて通るのは勿体ないと思うぞ」
「ぷっくく、天井のシミですって。ああおかしい。私を姉と慕っていたあなたが、果たしてタゥの言うとおりに私を愛おしめるのかしらね?」
イズカは大笑いをして膝を叩いた。その言い様がルキをまるで男として見ておらず、馬鹿にしたものだったので、タゥはカチンと来た。
肝心のルキは、眉を下げて困った顔をしており、この様相が慣れたものであると、物語っている。
それならルキの男気を見せて貰おうじゃないかと、タゥは一計を案じた。
「イズカ。男を馬鹿にすると痛い目に合うぞ。いくらルキと仲が良いからと言って、ルキだって怒るときは怒るのだからな」
「タゥ、あなたは何を……」
そこでこっそりルキに耳打ちすると、ルキは真っ赤になって押し黙った。
「タゥ。ルキはいっつもこうなの。私に言い返してこないし、困った顔ばかり。私のことを好きだと聞いたけれど、恋情をちっとも感じないわ。私が結婚に気乗りしない理由、わかって貰えたんじゃない?」
「俺はルキの我慢強さに感服したぞ。ルキは確かにイズカを愛してるんだろうが、表に出していない部分が多いんだな。それでも不安だと言うのなら、ひとつ、口吸いでもしてみればどうだ?」
「あら、いいわね。ここであなたの男気を見せて頂戴よ。こういう話にルキが乗ってきた試しはないけど、私の我が儘よ、いいでしょう……?」
イズカは余裕たっぷりに微笑むと、見届け人のキリクに目をやった。
「キリク。あなたにも文句はないでしょう? 婚前交渉にあたるかしら?」
「この程度、見なかった事に致しましょう。さぁ、ルキ殿、どうぞご存分に」
ここまでお膳立てされれば、いくらルキでも動かざるを得ない。
ルキはタゥをちらちらと見ながら、イズカへと近付いた。
そしてそっと口吸いした。
ちゅ、と軽く音を立てて吸った後、離れるかと思いきや、意を決したように舌を潜り込ませた。舌を絡め、舐めて吸って。どれくらいの時間が過ぎただろう。
気付けばイズカも真っ赤になって、ルキの舌を舐めとっていた。
やがて離れたルキは、唇を拭いながらにっこりと笑った。
「結婚後の閨でも、決して退屈はさせません。俺と結婚してください、イズカ」
「な、何よ。あなたのそんな顔、初めて見たわ。く、口吸いも良かったわよ。この調子で励むことね」
「えっ、じゃあ、イズカ……!!」
「あなたと結婚してあげるわ、ルキ。どうせ決まっていた結婚だけれど、少しでも楽しくなくっちゃね。この堅物に発破をかけたタゥは、お見事だったわね。仕方がないから、あなたの事は諦めるわ」
イズカはタゥに、一礼してみせた。
そのさっぱりとした様子に、タゥはにんまりと微笑む。
「そりゃどうも。結婚おめでとう、ルキ、イズカ。閨も楽しみになったろ? 良かったな、イズカ」
「ええ、そうね。私もタゥを見習って、愛し愛される関係を目指すわ。こんな決意が固められたのも、タゥのおかげよ。本当にありがとう」
「どう致しまして。じゃあ、そろそろお暇するな」
「今日は本当にありがとうございました。今日の日のことは忘れません」
ルキはきらきらとした瞳でタゥを見ていた。
既婚者の先達として、相応しい態度を取れただろうか。
「俺はガロンと少し話していく故、先に帰っていて欲しい」
キリクにそう頼まれ、サランとタゥは、二人で腰を上げた。




