願い事ひとつ
そうだ、リマに会いに行こう。
突発的に思い立った事であるが、良い考えだと思ったので、採用とした。
朝からレアと話し合いをしていたが、子供の取り扱いにしてもレアは一昨日述べた通り、本家で育てると言っており、その言い分を取り下げなかったのである。
「俺は俺の子供を一緒に育てたい。本家で育てると言わず、俺に子を預けてはくれまいか?」
「何度言われても承服いたしかねます……。私の子では虚弱でしょうし、つきっきりの看病が必要となるんですよ……? ウスルス狩りに赴くあなたには、到底務まりません……。なんせ、本家はわたくしで慣れていますからね……」
「それは、そうなのであろうが……」
「それに、再婚をした後の事を考えてみて下さい……。前妻の子というものは、どこにいても異分子です……。私は、子に母が亡くなった事を教えたくないのです……。父ラピグゥと母ユキノとの子供として育った方が、幸せな生を歩める事でしょう……」
「お前が母と呼ばれる事がなくても、良いというのか?」
「勿論です……。わたくしは、生まれる前から母親である事を放棄しているのですから……、母親を名乗るつもりもありません……。ただ命ある限り見守りたいと考えています……」
「……それで俺にも見守るように言ってるわけか。やっと得心がいったように思う」
要するにレアは、自分の短い寿命の使いみちを熟考し、考えられる限りの手を打ってあるのだ。
その考え自体は素晴らしいが、そのやり方だと俺が父親になれない。
それはまかりならぬと言っても、やはりレアは折れなかった。
「お前の意固地な考え方に、つき合っていられない。俺はヤジュの家で頭を冷やす故、放っておけ」
「行ってらっしゃいませ……」
レアは、困った夫を見る目つきだったが、俺こそ困った妻を見つめる夫そのままだったと思う。
徒歩でヤジュの家に着き、戸板を叩く。
突然会いに来てしまって、驚かれるだろうか。しかしタゥは一刻も早く、リマに癒されたかった。
「ケラソの家のタゥだ! リマに会いに来た!」
すると閂が外されて、元気いっぱいのリマがひょこりと顔を出す。
「わぁ、タゥが会いに来てくれるなんて嬉しいな。今日は私だけに会いに来てくれたの?」
「ああ、リマに会いたかった。その赤い瞳が愛おしいよ。今日は、二人きりになれるか?」
「うん! ちょっと気恥ずかしいけど、嬉しいよ。私とリズの部屋へどうぞ」
「じゃあ、お邪魔します」
リマとリズの部屋は、さっぱり片付けられており、寝具の類も見当たらない。
窓にかかったカーテンが、レースたっぷりのカーテンで、少女の部屋らしさを演出していた。
タゥは下座に腰を降ろすと、振る舞いのアカネの実の酒をこくこくと飲んだ。アルコール度数が低いため、酔っ払うという事はない。ただ喉を潤わせる目的は十二分に果たしていた。
リマに会って、その瑞々しい生命力に触れたいという欲求がむくむくと首をもたげてくる。
それと同時に、レアとの口論によってささくれ立った意識が、急速に癒されていくのを感じていた。
「それでタゥ。なんだか疲れた顔してるけど、何があったの?」
「待って待って! お姉ちゃん、話をするなら私も一緒でいいでしょ?」
待ってと言いながら入ってきたリズは、赤い瞳をきらめかせつつ、真っ赤になりながら言いつのった。
「それでこれ、お布団なんだけど……。きょ、今日使う?」
「なんで布団?!」
リマは真っ赤になって固まってしまったが、タゥは名案を思い付いたかのように言葉を続けた。
「そうだな、使おうか。三人でちょっと早いけどお昼寝なんてどうだ?」
リズはほっとした顔をして、床を延べ始めた。鼻歌を歌いつつ床を延べる妹を見ながら、リマはちょっと頬を膨らませた。
「ちょっとリズ、今日はせっかく私に会いに来てくれたのに、結局三人で一緒になっちゃったじゃない」
「お姉ちゃんだけずるいでしょ。お布団へどーぞ!」
リズの声で、三人は布団の中に収まった。右を向くとリマがいて、左を向くとリズがいる。俺は自然にリマの唇に吸いついていた。甘い唾液を飲み下し、舌を絡め、舌を吸いながら甘噛みする。
ついばむように、絡み合うように、リマの口腔を蹂躙する。そして同じように、左側のリズとも口吸いを楽しんだ。
たっぷり四半刻もかけて交互に口吸いを行った結果、三人は多少息を乱していた。
そこでタゥは、嫁との子供を育てられない事、レアも母を名乗るつもりはない事を告げた。
説得しようにもレアは頑固で、取り付く島もないのである。
「俺は、生まれた子は俺の子として育てたい。それがこんなに難しい事だと思っていなかった」
「そっかぁ。だからタゥはしょげかえって家に来たんだねぇ。いいよいいよ。弱ったときは家に来れば良いよ。でも、命がけで産むのはレアだから、レアの望む通りにしてあげるのも、ひとつの道だと思うよ? 結局、子供を心配してるんだろうしさ」
「うむ……」
「お姉ちゃんの言うとおりだけどさ、本家と協力しあえばタゥ一人でも赤子を育てられそうじゃない? でも、父と母を自分の親に置き換えちゃうなんて、レアの考えにはついていけないなぁ。自分の子供なのに、レアからすると妹か弟になるわけだからね」
「凄い覚悟だよな。受け止められない俺が悪いのかもしれないな」
「タゥは普通なんだよ、きっと。レアが普通じゃないんだよね」
この話に解決策はない。レアが折れない以上、俺が受け入れるか、諦めるかのどっちかだ。
「俺、リマに願い事があるんだ」
「いいよ、何でも言って?」
「男に対して、それは無防備すぎるぞ、リマよ」
「だって、タゥを相手にしてる時だけだもの。願い事ってなぁに?」
「これは冗談なんだが、本気で尋ねる。リマはエンジュに惚れたのか?」
「……今まで話に出ないから、どうでも良いのかと思ってたよ。うん、惚れた。タゥがいなかったら、すぐ結婚していたと思う」
「俺がいなかったら、なのか?」
「だってそうでしょ、タゥより大切なものはないんだもん。エンジュとのお見合いは楽しませて貰うけど、私はタゥ一筋のつもりなんだからね!」
「そうか、それなら願い事を言うぞ?」
「うん、なあに?」
布団の中で繋いだ手は確かな温もりを伝えてきている。タゥは体温が上昇するのを感じながら、リマの甘ったるい声に答えた。
耳元に口を寄せ、願い事を吐息と共に耳の中に流し込む。仕上げに耳朶をぺろりと舐めれば、準備は上々だ。




