ずるくてもいい
「そっか。少し嫉妬するくらいには、少しぐらいあたし達って愛おしいと思われていたんだね?」
「当然だ。愛おしいと思うからこそ、その申し出を嬉しく思う。嬉しすぎて泣けてきそうだ」
「ええーっ。大袈裟だなぁ。タゥってレアにすごく愛されてるはずなのに、なぜか寂しそうに見えるんだよね。だからね、お姉ちゃんで足りなかったら、私も一人ぐらい産んであげようかなーって、提案してるんだけど……やっぱり、浮気は難しいかなぁ?」
「リズまで俺の心臓を壊しにくるのか。本当に、身に余る光栄だよ。弱音を吐いてしまうけれど、レアとはうまく行っていないし、レアの事を愛おしいとも思えない。正直辛いんだ。こんなときに、愛おしく思っている二人にこんな誘惑を貰って、俺は最高に幸せ者だ」
あるいは正々堂々と浮気が出来る男であったなら、ここで押し倒していたに違いない。
三年後、リマとリズを嫁とし、子供を共に育てていく道もあるだろうか。そんな想念があぶくのように浮かんで消えていった。
俺は両手をぎゅっと握って我慢すると、出来るだけ誠実に、断りの言葉を述べた。
「俺の流儀として、浮気はなしだ。ただ、それとは別の理由で、お断りさせて貰いたい。理由は、お前達が大切だからだ。何より愛おしい相手だからこそ、正規の手段で求婚し、婚姻した上で愛おしみたいと思う。勝手な事を言うが、三年後に二人が未婚であったなら、必ず口説きに行く。楽しみにしていて欲しい」
「あーあ、ふられちゃったね、お姉ちゃん。あれ、なんでタゥにぴったりくっついてんの?」
その通り、リマは膝を進めてタゥの横にぴったりくっついていた。腕と腕が触れ合い、今にも火傷しそうである。
「タゥ。正しいことは清らかかもしんないけど、ちょっとはずるくてもいいんだよ……?」
タゥはリマの指先がタゥの指を掴むのを感じていた。汗ばんだその指先をそっと握り込む。
見つめた赤い瞳は情欲をたたえてタゥを一心に見つめており、一拍遅れて自分も同じ瞳でリマを見つめていた事に気がついた。
気付いたときには、その可憐な唇をふさいでいた。これ以上なく優しくついばみ、ちゅ、ちゅ、と音を立てて口吸いをする。そして唇の奥の熱い舌を絡め合い、舌を優しく吸ってから唇を離した。
目を開けると、リズが真っ赤な顔をしてこちらを見ていた。リマは力をなくしてタゥにもたれ掛かっている。
「お、お姉ちゃんばっかりずるいよ……。今のは、特に何にも約束していなかったよね。じゃあ、私にもしてくれるよね?」
タゥは空いてる片手で手招きをして、リズを傍らに呼び寄せた。茶色い髪を右側に編み込んだリズはリマに比べてどこか幼く、赤い瞳をまぶたに閉ざしてから、その唇に吸い付いた。
両腕で一人ずつを抱いている格好である。タゥはちゅ、ちゅ、と音を立てて口吸いをし、ゆっくりと舌を潜り込ませた。リマは従順にこちらの唾液を飲み込み、舌を絡ませてくる。その頭を撫でながら深く口付け、舌を吸った。
唇を舐めながら口吸いを終えると、燃えるような赤い瞳が二対、タゥを見上げていた。
「俺は、何も約束する事が出来ない。だけど……」
「うん。たまにはうちに来て、弱音を吐いていきなよ。私もリズも、待ってるからさ」
指はがっちりと組み合い、もはや手を離すのが寂しいくらいであった。
「ねぇタゥ、もういっぺん、口吸いしてよ。もう帰っちゃうんでしょう?」
それはその通りであったので、もういっぺんずつ、リマとリズと、たっぷりと口吸いを楽しんだ。
しかし、愛おしい相手に情欲を持って触れるのは初めてであった。自分の鼓動の速さに戸惑いを覚えたくらいである。レアとの性交は極めて劣情まかせにしており、ちっとも愛おしんでいないな、と少し反省をした。
しかし、二人に手を出した事は反省していない。これからも通うつもりでタゥは手を出したのだ。存外自分は独占欲が強いのかもしれない。
腕に抱いたリマとリズがくんにゃりとしてしまったので焦ったが、しばらくして復調した為、サランと共にお暇した。
ちなみに、また一週間以内に来て欲しいと願われている。このままズルズル会っていると、気付いたら子供が出来ていた、なんて事もあるかもしれない。
ひとえに我慢の試される、愛おしいひとときである。
サランの後ろに乗り、ルネーの家に向かう。
マリアに会うのは、あの涙の別れ以来だ。マリアは、元気にしているだろうか。
「タゥよ、話は聞いた。子供を作って三年を待つ、という提案は受け入れたのか?」
「そりゃあ涙が出るくらい嬉しかったけどさ。丁重にお断りしたよ。大切な相手だからこそ、きちんとしたい。それとは別件で、毎週会いに行く事になった」
「そうか、三年後を考えられる位、大事な相手なのだな」
「うん。レアに対してちょっとは不誠実かもしれないけどさ、子供を作るよりはマシだと思ってるよ」
「ははは、リマの情熱は予想以上だったらしいからな、お前も断ったのなら押し負けないよう、気をつけなさい」
「父さんは、強く反対しないんだな」
「お前が辛いときに、何を言う資格もないさ。本当に出来てしまったら、俺には隠さず申し伝えるのだぞ?」
俺、信用ないな、と思ったが、手を出してしまっているので「うん」と素直に頷いておいた。
やがてルネーの家に到着した。ラプカの手綱を近くの木に縛り付け、戸板を叩く。
「ケラソの家のタゥとサランだ。見合いの謝罪会に来た!」
「はーい! 待ってたよ、タゥ!」
戸板の向こうから出てきたのは、マリアだった。黒褐色の髪を朱色の糸で編み込み、後ろで一本の三つ編みにまとめている。力強い水色の瞳は真っ直ぐにタゥを見つめていた。
広間に案内され、サランと共に腰を落ち着けようとしたが、マリアの母チヌの提案により、マリアの父と母はサランと、マリアはタゥと話し合うことになった。
「大人達の堅苦しい話なんて、サランに任せておきなさい。それよりも、マリアがずっと寂しがっていたのよ。二人でゆっくり話して欲しいわ」
との事である。
というわけで、広間に二人きりである。胸が高鳴るのは恋の残滓だろうか。タゥはマリアへの恋情を無理矢理に断ち切ったのである。
「改めて、ケラソの家のタゥだ。見合いの謝罪の為に時間を作ってくれて感謝している」
「どういたしまして。あれから会いづらかったから、こういう会を開いてくれて、助かっちゃった。結婚したタゥに会う方法って、意外にないんだよね」
「そうだな。俺もいつマリアに会えるかと気を張っていたが、ついぞ会えずじまいだったな。しかし、あれだけ泣いた手前、少し気恥ずかしいぞ」
「あはは。男前が照れてる姿って、眼福だねー! ところでさ、ヤジュの家にも行ってきたんでしょ? 謝罪は滞りなく済んだの?」
「ああ。全ては三年後、未婚であったならば口説きにいくと約束した」
「うーん、それだけじゃないでしょ? タゥ、ちょっと笑うようになってるもの。今まで自分が笑わなくなってたなんて、気付きもしてないんでしょう?」
マリアの言いようで、俺は笑わなくなってたと気付かされた。思ったより俺はレアとの結婚生活が苦痛だったのだろう。俺は自分が思ったより傷ついていた事にようやく気付いた。
「俺、笑わなくなってたんだな。ちっとも気付かなかったよ」
「気付いたのはキリクだけどね! でも、思ったよりは元気そうだから許してあげる。私を振っておいて不幸になるなんて、絶対許さないんだから!」
マリアはその主張の激しい胸を押し上げて腕を組んだ。水色の瞳はきらきらと輝いており、臆すところは何もなさそうだ。
反面、タゥは少しだけ後ろめたかった。マリアを諦めた時には、レアと愛し合う夫婦になれると信じていたのである。




