爆弾発言
ヤジュの家に着き、ラプカから降りる。
一階建ての大きめな家にラプカを横付けし、近くの木に手綱を結んだ。
「ケラソの家のタゥとサランだ。見合いの謝罪会に来た!」
そう言って戸板を叩くと、中から茶色の髪を左側に編み込んだリマの姿が出てきた。相変わらず赤い瞳が明るくきらめいており、その顔は楽しげに微笑んでいた。
「いらっしゃい、タゥにサラン! 父さんと母さんもちょっとだけ挨拶したいって言ってるんだけど、良いよね?」
「勿論だとも。俺からも直接謝罪させてもらいたい」
すぐさまサランがそう答えると、タゥもにこやかに言葉を続けた。
「おじさんとおばさんに会うの、久し振りだな。俺も少し話したいよ」
「うんっ! そーだよね。じゃあ、広間までご案内致しまぁす!」
リマは跳ねるような足取りで明るい廊下を歩いていく。それについていくと、やがて広間に到着した。
広間の上座には、リマの父と母、そして双子の妹のリズが座していた。リマはそこにちょこんと膝を折ると、振る舞いのアカネの実の酒を全員に配った。
下座に腰を落ち着けたタゥは、一呼吸置いた後、背筋を伸ばして挨拶をした。
「改めまして、ケラソの家のタゥです。本日は見合いの謝罪会と言うことで、時間を作って頂きありがとうございます」
「あらまぁ、御丁寧にどうも。家の子達は昔からタゥに夢中だからねぇ。タゥが無理矢理結婚させられて、見合いがなくなっちまったって聞いて、二人とも嘆き悲しんでいたんですよぉ」
リマの母が柔和に切り出すと、リマとリズも背筋を伸ばした。その面もちは真剣そのものである。
「タゥの結婚については、語る是非もない。レアの要望を大きく取り入れた結果となったが、タゥの幸福を最大限尊重するものと考えている。この二人については、以後も厳しい目で見守って貰いたい。しかし、前々から話していたヤジュの家との見合いがなくなったことは、極めて残念だったと思っている。親たる俺から、改めて謝罪を申し述べたい。本当にすまなかった」
そこでサランが頭を下げたので、タゥも一緒に頭を下げた。
「子の婚姻を決めるのは親たるサランの責任であろうな。いくら命が掛かっているとはいえ、子の命運をその手で決めてしまえるのだ。今少し冷静になって、東西南北の責任者達と族長会議を開くべきだったであろう。それであれば、族長ラピグゥも自由には振る舞えんからな」
リマの父は鋭い目つきでサランを見つめている。サランはその目を見返しながら、再度頭を下げた。
「返す言葉もない。全ては俺の決定だ」
しばらく、広間に沈黙が落ちた。
タゥも何か言おうと思ったが、現状の結婚生活において言うと、幸福であるとは言い難かったので、二の句が繋げなかったのである。
「サラン、タゥはとっても困った顔をしているわ。レアとの婚姻は、本当に避けられなかったの?」
リマの母の声は柔和であるが、的確だった。
タゥも密かに同感だったので、黙してサランの言葉を待った。
「レアの命が三年も持たぬと聞いた時点で、ラピグゥは俺にタゥとレアの結婚を提案してきた。そして言ったのだ、タゥはレアを見殺しにして幸福を掴めるのか、と……。タゥは優しい気性故、耐え切れぬと判断した。タゥはレアに関心を寄せていなかった為、結婚生活は至難を極めることだろう。一時でも息子を不幸へおいやってしまっている事については、覚悟の上であるにしても、当人に詫びても詫びきれないと思っている」
「タゥのように色んな家から注目を浴びている男に限って、こんな事になっちゃうとねぇ。見合いもなんだか、控えようって気風に今はなっちまってるんだよ。リマとリズの見合い相手にも困る具合でさ。まぁ、リズは自力でダイの家と縁を結んだけどねぇ」
「あ、あたしの事はいいじゃん、別に。でも、あたし達もタゥに負けない位、お見合いするつもりだったんだよ? それが今は一件も決まってないしさ。なんだか今結婚すると不幸になるってジンクスがあるみたいだよ。まあ、しょうがないよね」
リズの言うとおり、現在は婚姻も見合いも不吉な相があると見て、どの家も見合わせているようであるのだ。
これはタゥの結婚から始まった気風であるため、結婚適齢期の娘を二人も持つヤジュの家としても、迷惑極まりないに違いない。
「その件もタゥではなく、俺の責任だと思っている。タゥよ、俺はレアを幸福にせよ、とは言わない。お前が幸せになれるよう、振る舞うが良い。それこそがレアの願いであるのだ」
「父さん、俺は嫁と二人で幸福になるように試してる最中なんだ。うまくいってはいないけど……そうじゃなきゃ、夫婦になった甲斐もないだろう?」
「レアはそれを快く思わぬだろうな。病床の折に、半日かけて説得をしたが、無理だった。あれは、気丈な娘だ。タゥのいる不幸せを選ぶと、南からやってきた見合いの相手を追い返してしまった。決して、不幸を望んでるわけではなく、タゥと結婚するだけで幸福であると満足しているのだ」
確かにレアは、幸福だとよく泣いている。しかし、何をしたわけでも、心を通じ合わせたわけでもない。タゥにしてみれば、泣く前にすべき事があるだろうと、言ってやりたくてならなかった。
相変わらずレアには愛おしさを感じる事もなく、日々を淡々と過ごすのみであるのだ。
父サランの心情を聞いて尚、この婚姻を避ける方法があるなら避けて欲しかったと、喉元まで弱音がおふれ出そうだった。
「ふうん? レアは、タゥと愛し合うのが怖いんじゃないかな。好きな人と愛し合えるなんて最高に幸せだもんね! だからタゥ、好きなようにやってみなよ。サランは諦めてるみたいだけど、嫁と夫で愛し合えたら、最高に幸せでしょ!」
リマの元気な声に、弱音が引っ込んでいく。俺はまだ、頑張れる。そう思うものの、何を指針とすればよいかは、皆目見当がつかなかった。
「リマの言うとおりですねぇ。後はタゥに任せましょうか。でもタゥ、任せっきりにするつもりはないからね。困った事があったらすぐに相談しとくれよ?」
「ありがとうございます。ヤジュの家のご好意に感謝します。重ねて、見合いがなくなってしまい、申し訳ありませんでした。不謹慎かもしれませんが、三年後、また機会があれば、相談させて下さい」
「あいよ。未来に希望を残してやんなきゃ、あんたも可哀想さ。そうだ、希望と言えばリマ、あの話はするのかい?」
「うん。お父さんがいるとちょっと恥ずかしいんだけど……」
「わかったよ。あなた、私達は別室でサランと話をしていましょう」
リマの父は「うむ」と答えて、腰を上げた。サランも腰を上げて、隣の部屋へ移っていく。
上座にリマとリズ、下座にタゥとなってから、リマはひっくり返った声で問うて来た。
「あのね、タゥ。タゥって、子供好き?」
「うむ。人並みに好きだと思っている」
「じゃ、じゃあさ。私と、子供作らない?」
爆弾発言だった。リマは真っ赤になっており、リズはどこか気まずそうな表情だ。
タゥは言葉を失ってしまったが、なんとか「こ、子供?!」と、おうむがえしに問いかけることが出来た。
「そう、子供。ダイの家のヤッハが、好きでなくても愛おしめるって言ってたでしょ? しかも、最高に幸せだったって言ってた。タゥだって、私を相手に愛おしむ事が出来るはずだよ。それで子供を産んで、三年後を待つの。そういう希望があっても良いと、私は思うんだ」
「リマ……。お前はなんて愛情深い女なんだ。今、レアとうまく行っていないから、俺はくらりときてしまったぞ」
「くらりとくる位は、お姉ちゃんのこと、愛おしいって事でいいよね? なんか悔しそうな顔をしてるけど、嬉しいんだよね?」
リズの声に、タゥは力強い声で「勿論だ」と答えた。
そしてリマに向き直り、ささやかな疑問を投げかけて見せた。
「リマは、ダイの家のヤッハに、特別な感情を持っているか?」
「なんで? ああ、質疑応答の時に家に行ったから? 興味があったからだけど、私は特別な感情を持っていないよ。リズは気に入っちゃったみたいだけどねー」
「お、お姉ちゃん! その件は後でにしてったら!」
「そうか。俺はヤッハに、少し嫉妬をしてしまっていたんだ」
タゥは自分の正直な気持ちを打ち明けて見せた。心臓はリマの爆弾発言において、どくどくと波打ってしまっている。更にリマの赤い瞳からは確かな情欲の炎が見て取れて、ともすれば下半身に火がついてしまいそうだった。




