狩人の夢
レアが熱を出すことは、あらかじめわかっていた事だった。
その場合は、本家で面倒を見ることを、サランが本家に約束させていたのである。
今日は時間に余裕があったので、自分で夕飯を作っても良かったのだが、次姉のやる気に水を差すのは忍びなく、快諾したわけだった。
家に着いたタゥは、数刻の日没までの時間を、身体を休ませる為に使った。
次姉は日没前にやってきて、実にてきぱきとかまど仕事をこなしていた。
出来上がった献立は、ホプマの実入りのシチューと、背中の肉のステーキ、作り置きのパンである。
「ホプマの実入りのシチューは大好物なんだ。ホプマの実は、収穫時に指が真っ赤になってしまおう? 世話をかけて悪かったな」
「いいえ。数日経てば消えますので、遠慮は無用です」
「そうか。もういっぺん、礼だけは言っておくな。ところで、一緒に食べていかないのか?」
「はい。私はかまど仕事のみを受け持っていますので。気遣いは無用です。私が一緒に食べてしまったら、レア姉さんに叱責されてしまうことでしょう。片付けは明日の朝来ますので、よろしくお願いします」
次姉ははっきりと俺の誘いを断ると、本家へと帰って行った。どうやら、レアの嫉妬深さは本家公認のようだ。
作って貰った晩餐は、大変美味で、レアがいない間も円滑に回るように、入念に打ち合わせがなされていたのだと予測できた。
ウスルス狩りに支障がないよう、俺は看病を免除されているのであろうが、果たして本当にそれで良かったのかと自問自答してしまう。
病弱な女を嫁に迎えたのだから、きっちり看病もすべきではなかろうか?
タゥは、レアが復調したらいっぺん話し合おうと心に決めた。
ひさしぶりに一人寝をした朝一番で、キリクがやってきた。そちらは本家からレアの容態を聞いてきてくれたそうで、朝から快活としていた。
「レア殿は熱も下がって心配ご無用とのことであったぞ! 今宵の晩餐に合わせて家に戻ってくるとのことだ!」
「そうか。それは何よりだ」
タゥは頷いて薄く笑って見せた。
「重傷なのは弟のアスロ殿のほうであろうな! 左脇は10針を越えて縫ったとの話であるし、あばらにひびが入ってしまっている! 今月は療養に身を尽くすしかあるまいよ!」
「そうだな。最近のアスロはどこか気が急いていたように思う。ゆっくり休んで、常なる姿に戻ってもらいたい」
「それがだな、アスロ殿はさんざん家族にも常ねらぬ状態を見せていたらしい。レア殿の敷物の刺繍を手伝ったり、看病を一人で受け持ったり、果てはかまど仕事までこなしてみたりと、これはおかしいと族長ラピグゥが問い詰めたのだそうだ」
家を分けたわけでもない男がかまど仕事を受け持つのは、よっぽどのことである。一体何事かとタゥは思ったが、もしやと思うものがひとつ思い当たった。
「もしかして族長争いにアスロは注力しているのであろうか? レアや族長にはああ言われたが、俺は族長を目指すつもりはないのだぞ」
「いやいや! その事も問いただされたけれどね、全く違う理由からアスロ殿は奮起していたと判明したんだ! アスロ殿はね、無理やり結婚させられたタゥが不憫でならなかったそうなんだよ!」
「俺、か……?」
「本家ではレア殿の嫉妬深さは折り紙付きでね、さぞかし窮屈な思いをさせてるんじゃないかと、アスロ殿は胸が潰れる思いであったというわけさ! それで、出来ることはなんでもやろうと思い立ったわけだね。それでもまぁ少なからず手傷を負ってしまったし、暫くは何も出来ないけどねぇ」
「そう……だったのか。アスロは思い詰めてしまったのだな」
族長云々が関係なかったとしても、原因はタゥだったのである。これからは、アスロの様子も鑑みる必要がありそうだった。
「父である族長ラピグゥにも叱責されて、本人は反省しきりだという話だよ。休み明けには、常なる姿を見せてくれるのではないかな」
「ありがとう、キリク。さすがの情報通だな」
「なんのなんの! では、今日の謝罪会も頑張って下され! 順番は、ヤジュの家、ルネーの家ですぞ! その他の見合い希望だった家達は、謝罪不要と聞いておりますからな!」
「わかった。ちょうどサランも来たようだ。俺もヤジュの家に向かう事にしよう」
「では、わたしはお暇します! ではまた!」
戸板をノックしていたサランと入れ違いに、キリクはラプカに乗って、颯爽と駆け去って行った。
「おはよう、タゥ。朝早くから情報交換とは、流石であるな。さて、俺もラプカを持ってきたので、タゥは後ろに乗るがいいぞ」
「父さん、さては古傷が痛むんじゃないのか?」
「いや。タゥもそろそろ、ラプカに興味が出てきた事だろうと思ってな。せっかくだから連れてきたのだ」
ケラソ族の男は、15歳で成人となり、嫁を取れるようになる。嫁取りを終えたならば一人前と認められ、ラプカを得られるようになるのだ。
父サランは黒褐色の髪を顔の左右に編み込んでおり、その聡明な群青色の瞳は温かな光が宿されている。サランは若い頃の怪我で足の筋を痛めてしまい、ウスルス狩りには現在参加していない。代わりに子供たちの育成やラプカ乗りの心得などを教えているのだ。
サランが連れてきたラプカは、赤褐色をした齢を重ねた岩蜥蜴で、名をジルという。
好物はどこにでも生えているアカネの葉で、歯はギザギザとしている。顔は爬虫類の蛇を大きくした感じで、胴体が長く、手足が太い。長い尻尾も特徴的だ。
「ジルに乗るのも久し振りだな。宜しく頼むよ」
ぽん、と頭を撫でると、ジルは気持ちよさそうに目を細めた。
サランと過ごした幼少期、そばにはいつもジルの姿があった。ラプカの寿命は30年なので、まだまだ長生きしてくれる事だろう。
「さぁ、乗ってくれ。俺の足はポンコツだが、ラプカ乗りは自信があるからな」
豪快に笑うサランを見ると、兄ラピグゥとも似ているな、と思ってしまう。兄弟なのだから不思議はないのだが、かたや陽気で、かたや沈着な気性だ。
無理矢理な結婚について、サランを恨む気持ちはない。しかしサランがいなければ、決して了承する事のない相手だった。この窮屈な思いは減じる事なくタゥのもとに留まっている。
タゥは、サランの後ろに跨がると、口元を綻ばせた。
「父さんと二人乗りなんて、久し振りだな」
「ヤジュの家まであっという間だぞ。俺に捕まっておけ」
「うん。俺も立派なラプカが欲しいよ」
「お前ならすぐに買い付ける事が叶うだろう。今年の祭りが楽しみだな」
「俺も祭りは楽しみだ。10月の雨期が開けてからだから、後4ヶ月もあるんだな」
サランはラプカを駆けさせると、屈託なく笑った。
「その間にラプカに慣れるといいさ。言っておくが、ラプカと心を通じ合わせる事は簡単ではないぞ?」
「ああ。肝に銘じておくよ」
「タゥはやはり、駆け比べ用のラプカを求めるか?」
「ああ、そのつもりだ! いつか祭りで優勝するのが夢なんだ!」
「それは狩人全員の夢であろうな。しかし祭りが実に楽しみになってきたな」
サランも毎年ラプカの駆け比べに参加している。昨年は第5位の称号を勝ち取った凄腕のラプカ乗りだ。
タゥは父を尊敬すると共に、乗り越えたい壁として認識しているのだ。




