先王陛下
バルコニーで待ち合わせたエルザと合流し、軽食コーナーへ向かった。
着いた先で、ローストビーフを食べながら、エルザに今日の事を説明する。
「そんなわけで、ジャックの手伝いをするから、いつ呼ばれるか分からないんだ。今日は一人きりにしてしまうけど、勘弁な」
「休憩室に行く時間も取れない……?」
「ああ、ごめんな。今日は時間が読めないんだ
。また今度埋め合わせするよ」
「きっとよ。あなたを知ってしまったから、男娼を呼ぶ気も失せてしまったわ。この燃え上がるような身体を、どうしてくれるの?」
「エルザ……」
視線が、絡み合う。
「午前中に、アスティ家に来てくれ。俺も君と時間を過ごしたい」
タゥはエルザの手を取り、指先に口付けした。
「……行くわ。また手紙を送るわね、タゥ」
エルザはうっとりと指先を見つめ、笑顔を見せた。
ふと、曲が止んだ。
「静まりたまえ! これより我が息子、三男であるジャックの爵位授賞式を始める!」
それは、アスティ家当主ギエンザロであった。そばに、長男と次男の姿もある。
「爵位受賞のプレゼンターに、先王陛下がお越し下さいました! 先王陛下、どうぞ!」
辺りが一斉にざわめいた。
一歩前に出たのは、見事な金髪に白いものが混じる、青い瞳のあごひげをたっぷりたくわえた老紳士だった。
さすが王族、独特の雰囲気だ。
「良い夜だな、諸君。今日はアスティの三男の祝いに来た。ジャックは己の持つ情報網を駆使し、聖騎士を呼んだ。そして盗賊団ウネジを壊滅に追い込んだ。ジャックがいなければ、アスティの町は壊滅していたやもしれん。この功績は秘されてきたが、わしは功績に見合う褒美を用意してきた! ジャックよ、前に!」
先王陛下に呼ばれ、ジャックが前に出る。
「アスティの町を救った功績をたたえ、ここに男爵位を授ける! ジャックよ、お前はこれよりワイズマン男爵を名乗れ!」
「はっ。ありがたき幸せにございます」
ジャックは頭を下げて、礼をした。
周囲から割れんばかりの拍手が届けられる。
ジャックは皆に礼をしながら、照れくさそうに笑った。
拍手をしながら、タゥは先王陛下と目があった。
先王陛下は、優しく微笑んでいてくれた。
ダンスの時間になったところで、お呼びがかかった。
エルザを残し、ジャックの元へ行く。
先王陛下は、屈託のない笑顔で迎えてくれた。
「おお、子奴がそなたの親友か、ワイズマン卿」
「ええ、そうです。タゥハリス・シルベスター。彼のダンスはちょっとしたものですよ」
そのように言うジャックの隣には、見知らぬ令嬢の姿があった。
タゥの前にも、ミルクティー色の髪をした令嬢が進み出てくる。
「こちらは、ミルボーン家の令嬢、エイジア。どうか一曲踊ってやってほしい」
「身に余る光栄です」
タゥは手を差し出し、エイジアの手を取ると、意気揚々と踊り出した。
ステップを踏みながら、エイジアはそっと話しかけてきた。
「お祖父様が強引でごめんなさい。私は先王陛下の遠縁の娘なのだけれど、お祖父様って呼ばせて頂いてるの。……奥様がおありなのね」
胸の赤い花を見ながらエイジアが言う。
「ああ。妻は身体が弱くてね。ダンスをさせられないんだ」
「せっかく素敵な人に会えたのに、既婚者なんて、がっかりよ。奥様が羨ましいわ」
「君なら、もっと素敵な人に出会えるさ」
一曲目を踊り終えた後、ジャックとパートナーの交代だ。
「ゴブレット家の娘、セレスよ。宜しくね、シルベスター卿」
そう言って微笑む娘は、何やら企てがあるようだった。
「私、ワイズマン卿が気に入ってしまったの。どうか後押しして頂戴」
踊りながら、そんな事を言ってくるセレスである。
「俺はワイズマン卿の味方をするよ。20歳までは独身でいたいんだってさ」
「お祖父様が目をかけている青年よ? 無理に決まっているわ」
やっぱり、無理なのか。
後はセレスをあやしながら二曲目を踊り終えた。
三曲目は踊らず、別室へ移動である。
ジャックとふたり、応接室に通され、紅茶が供された。
そこに、先王陛下が入って来た。
「改めて名乗ろう。先王、ザザガーディアンである。集まって貰って感謝している」
タゥは自分の祖父をまじまじと見つめた。
「タゥハリスよ、本当に生きていてくれて嬉しい。わしを、覚えているかのう」
「確か、5歳の誕生日の時に会っていると思う。……おひさしぶりです、お祖父様。帰還が遅くなり、大変申し訳ありませんでした」
タゥは深く頭を下げた。
「そうだ、5歳のときに会っておる。頭を上げてくれ、タゥハリス。奴を始末するのに随分時間がかかってしまった。帰ってこれぬのも道理であろう。お前の生活の邪魔はしないと、約束する」
「ありがとうございます、お祖父様。俺はケラソ族のタゥとして、生きていくよ」
タゥはお祖父様と固く握手をした。
この人は信じられる──
タゥはそう確信していた。
「しかし、タゥハリス・シルベスターとしての顔もある。狩人の助けにはなれんが、貴族の面では存分に頼って欲しい。ワイズマン卿よ、そなたのような友人がいて、わしは最高に嬉しいぞ」
「どうぞジャックとお呼び下さい。これからもシルベスター卿とは仲良く貴族の道を歩んでいく所存です」
「うむ。ジャックよ。そなただけが頼りだ。どうかタゥハリスを、宜しく頼む」
「お任せ下さい。俺の親友です。何も心配は要りませんよ」
ジャックは自信ありげに、ドンと胸を叩いた。
「家内のカーリヤもタゥに会いたがっている。今日は連れてこれなんだが、近いうちにアスティ家にお邪魔する。ジャックよ、宜しく頼むぞ」
「かしこまりました。いつでもお越し下さい」
ジャックは笑顔で頷いた。
そうして俺達は先王陛下との伝手を手に入れた。
ジャックはほくほく笑顔であったし、俺も嬉しかった。
良いことずくめであったこの会合は、秘密裏に終わり──
俺達に日常が戻ってきた。




