怪盗ジェリー
ツェンファは急遽お見合いをさせられる事になった。
ツェンファがカトリーヌに見合いを命じられた時、ツェンファはアスティ家でタゥに会い、更にメロメロになったばかりだった。
自分だけを愛してくれる恋人は欲しかったけれど、時期が悪い。
ツェンファは気が乗らないまま、見合いに臨んだ。
お相手はタイニード家の三男で、クレファス。23歳で、軍のホープだ。
「初めまして、クレファスだ。至らない所もあろうが、末永く宜しく頼む」
クレファスは精悍な身体をした男だった。
顔も悪くないし、気遣いも出来る。
確かに父さんが激押しするだけはある。
ただ、タゥに会っていなければ──
という注釈が付くのは、致し方ないことだった。
「俺は、ゲイでね。女が抱けないんだ。だから、浮気の心配はいらないよ。君だけを愛し、君だけを想う。ああ、それにしてもこんなに綺麗な子だなんて、夢みたいだ」
クレファスは嬉しそうに笑う。
ここはタイニード家の客間であり、見合いの真っ最中である。
ツェンファは実直なクレファスに好感を抱いた。
それから、文通を始めるという話になり、次の逢い引きの場をどこにするかで盛り上がった。
これならお付き合いしていけると思ったツェンファがエスコートされたのは、ベッドルームだった。
まさかの場所に、ツェンファは青ざめた。
逃げ出したくても、クレファスはぴったりとくっついていて離れない。
ツェンファの手に指を絡めたクレファスは、そっと耳に吐息を吹き込んだ。
「……恋人がいるそうだね?」
「……っ、それはっ……」
「エナルディのご当主は、確実に別れさせてくれと仰せだ。こんなやり方は好きじゃないが、俺にも矜持があってね。やられっぱなしではいられないんだ」
クレファスの目に情欲の火が灯り、ツェンファはベッドに押し倒された。
首筋に口付けられ、肌を吸われる。
ぞわり、と快楽が通り抜けていく。
「待ってクレファス、待って……」
ツェンファは泣き通しで、クレファスの与える快楽に抗った。
するとクレファスは、もっと強い責め苦でツェンファを苛む。
遂にはツェンファもあられもない声をあげてしまい、赤面しきりであった。
「ふふっ、こんな姿を他の男に見られたんだ。もう、元の男の元には戻れまい?」
ニヤニヤと笑うクレファスは何度も口吸いをし、先程のツェンファの絶頂の声を思い返しているようだった。
「答えないか。では、答えたくなるようにしてやろう。もっと淫らな姿を晒すがいい」
また覆い被さってくるクレファスにうまく抵抗できないまま、夜は更けていく。
翌日、泣きはらしたツェンファが書いた別れの手紙は、無事に届けられ──
タゥはふられる事になってしまったのだった。
「俺のどこが悪かったんだろうな」
一人ごちるタゥに、ジャックは陽気に笑いかけた。
「そりゃあ、女がいっぱいいるからだろうな」
「そうか。そりゃあしょうがないな……」
ジャックは今回の別れの真相を知っていたが、あえて言わなかった。
理由はどうあれ、ツェンファが決めた事だ。
ジャックはツェンファの決断に、重きを置いていた。
そんなある日、タゥはナタリーと会っていた。
相変わらず影のある女で、艶やかな黒髪が美しい。
タゥはナタリーとフルーツタルトを食べていた。
「じゃあ、恋人を一人失ってしまったのね……。寂しいわね……」
「ああ。俺、傷心なんだ。……慰めて?」
「ふふ、たっぷりベッドで甘やかしてあげるわ……」
ナタリーは寛容だ。
そこに、物騒な話題が持ち上がった。
「なんでも平民の町で、盗みを行う女がいるそうですわ……。貴族のものには触れないので、大規模な捜索はされていないの。その女は怪盗ジェリーと名付けられて、目下衛兵達の捜索の的だとか……」
「へえ。平民相手なんて、一体何を盗むんだい?」
「お金や貴金属だそうよ……。とにかく被害件数が多いの。そんな盗人がいるなんて、何だか怖いわ……」
タゥはケラソ族にこの件は関係ないと考えていた。
ベッドルームでナタリーに甘え、たっぷり楽しんだ後、ナタリーを見送る。
タゥはジャックに怪盗ジェリーの事を聞いてみた。
「怪盗ジェリーか? ああ、衛兵にとっちゃ目の上のたんこぶだよ。被害件数は多いが被害額はそれ程でもない。ただ、うちの町出身者ではなさそうなんだよな」
ジャックはそのように言っていた。
そして日常に戻ったタゥに待っていたのは、なんとケラソ族に怪盗ジェリーが盗みに入ったという一報だった。
朝から伝えに来てくれたキリクは、真剣な面持ちで座している。
「それで、被害は?」
「西のオオアミの家で、娘が剣で脅された。銀貨2枚を手渡すと、黒づくめの女はすぐに姿を消したそうだ。衛兵にはもう、届けてある」
事件は、昨日の午後の三の刻あたりに行われたと見られている。
男手のない時間に押し込まれ、なすすべもなかっただろう。
「ケラソ族は報復を忘れない。手始めに明日より三日間狩りを休み、報復に備えることにした」
一度盗みが成功したのだ。
もう一度来る可能性は高い。
ケラソ族は息を殺してその時を待った。
二日後、西のイヌワシの家に盗みに入り、怪盗ジェリーは、取り押さえられたのだった。
時刻は深夜であった為、タゥは翌日まで知らなかった。
深夜、イヌワシの家にて──
怪盗ジェリーは、後ろ手に縛られていた。
イヌワシの家に住むのは、家を分けた息子であるタントラである。年は18歳、まだまだ血気盛んな年頃である。
怪盗ジェリーは、捕まってから一貫して無言を貫いていた。
タントラは見張り役を買って出た為、この夜は一睡もしない構えであった。
どれくらい時間が経っただろうか。
蝋燭の光が長く影を帯びる。
「……美しいな」
タントラは不意に口を開いた。
そして、ジェリーを縛っていた縄を取り去ってしまう。
「……逃がしてくれるの?」
「そんなわけがあるか。縛られた女に無体をする気になれんでな」
タントラは黒づくめの女の服に手をかけた。
「私に……乱暴しようというの?」
「お前もずっと俺のことを見つめていたではないか。その気がないとは言わさんぞ」
そう言ってタントラは女に覆い被さった。
女は逃げようともがいていたが、やがて大人しくなった。
ジェリーは、処女であった。
夜通し犯されたジェリーは、抵抗する気力をなくし、大人しく連行されていった。
こうして、ケラソ族は平和を取り戻したのである。




