エナルディ家の三男
ツェンファとの相性は、最高に良かった。
時間が許す限り愛し合ったが、物足りない。
長い別れのキスを、ジャックは見ない振りをしてくれた。
それから四日後、アスティ家にて。
「エナルディ家の三男とは、一年ほど前に付き合ってた事があるんだ。それで、恩があってな。いきなり恋人増やしちまって悪かったな、タゥ」
「ツェンファは可愛いし、身体の相性も良い。問題ない」
「そう言ってくれるとありがたい。今日はお前の為に、とっておきのチョコレートケーキを用意したんだ。思う存分食っていってくれ」
そして、現れたのは、色とりどりのチョコレートケーキだった。
紅茶が注がれ、一つずつお皿にケーキが盛られていく。
タゥは喜び勇んでフォークを持つと、一つずつ丁寧に食べていった。
帰りがけ、ツェンファに手紙を書いたタゥである。
また会いたい、という内容だったが、詩を入れたら夜のお誘いになってしまった。
ジャックは笑いながら封をしていたが、タゥはあの生真面目な少年にどう思われるか気にかかった。
閑話休題──
ここは、エナルディ家の別邸である。
この別邸には、妾である母と子である僕、ツェンファのみ暮らしていた。
母カトリーヌは、ツェンファに恋人が出来た事を、殊の外喜んでくれた。
「あらあら、あのツェンファが恋する瞳になっているわ。めでたい事ね。去年、ジャックと別れた後は、良いことがなかったものね」
「うん。特に兄さんの側近に付きまとわれて、散々だった。どうやら逆恨みされてるようだよ。告白を断っただけなのに、執念深いよね」
「先日襲われた事は、旦那様にも告げてありますからね。あなたの美貌は私の自慢だけれど、なかなか合う子がいないのよね。今回の恋人は、どんな人なの?」
「美しい人だよ。筋肉質な身体がまるで獣のように俊敏に動く様に、見とれてしまったよ。サリバンは剣を持っていたのに、素手で制圧してしまったんだ」
カトリーヌは息子の浮かれように、こっそり心配になった。そんな素敵な紳士に、女がいないわけないのである。
「そうなのね、凄いわ。それで、お名前は何と仰るの? あなたとお付き合いするなら、交友関係を調べなければね」
「ジャックのお墨付きだから、大丈夫だと思うけど。タゥハリス・シルベスター。既婚者だよ。女は他にもいるみたいだ」
「そう。あのシルベスター卿を落とすなんて、やるじゃない。でもツェンファ、あなたは自分だけを愛してくれる人が良いのでしょう?」
「母さん。僕ももう子供じゃない。ジャックと別れたのは、確かに女が原因だったけど、それももう、過去の事だよ。僕はタゥを気に入ってしまったんだ」
カトリーヌは、恋人から手紙が来て、飛び上がらんばかりに喜んでいたツェンファを知っている。
ならば、あえて野暮は言うまい。
カトリーヌは優しく微笑みかけた。
「わかったわ、ツェンファ。私はあなた達を応援してあげる。この屋敷で会っても良いわよ。ただし、私にも挨拶させて頂戴ね」
「うん! 来週は、アスティ家で会う予定なんだ。すっごく楽しみ!」
ツェンファは、無邪気に喜んだ。
自室の机の中には、タゥからの恋文がしまってある。
タゥは詩を多用する。そのセンスの良さに、ツェンファは身体を震わせた。
この人のものになりたい──
そんな想いを胸に書いた返事は、もう届いただろうか。
ツェンファの恋は始まったばかり。
カトリーヌは優しく見守るのであった。
「既婚者だと? とんでもない、別れさせろ。ツェンファには特別な縁談を用意すると言ってあったろう。ツェンファは身綺麗でなくてはならんのだ」
そう言ったのは、エナルディ家当主、エーデルである。
カトリーヌは報告書を差し出しつつ、小首を傾げた。
「あなた。ツェンファの恋人については、私に一任して下さっていたでしょう? それに、男の恋人を容認するお相手を、というお話だったはずです」
エーデルは報告書を読みながら、目を白黒とさせた。
「アドガスタル家のエルザと、ダリル家のナタリー。両方不倫だ。後はアスティ家のメイドが多数、とある。こんな男のどこが良いのだ?」
「顔と、身体かしら。一度寝た位でツェンファはすっかりお熱よ。ベッドの中でも素敵だったのではないかしら。ツェンファは女がいる事を気にしない、と言っているわ」
「けしからん。ツェンファにはツェンファだけを愛する恋人を見つけてやりたい。そうだ、サリバンの奴は側近を降格となった。もうツェンファを悩ませる事もなかろう」
サリバンはツェンファを襲った事がおおやけになり、実家へ戻される事になったのである。
少なくとも、今までよりは敬遠となるだろう。
カトリーヌはほっと息をつくと、エーデルに向き直った。
「あなたはあなたで恋人を探されるといいわ。その間、シルベスター卿にはツェンファの恋人になって貰います。何よりツェンファが選んだ人よ。一緒にいさせてやりたいわ」
「ううむ、仕方ないか……。これといった男が見つからぬのも事実。しばし様子を見守ろう」
「ありがとうございます、あなた……」
しかし、エーデルには懸念があった。
ツェンファには、公爵家の姫君との縁談が持ち上がっているのである。
不倫を許して、本当に良かったのか──
エーデルはしばらく悩む事となった。
吉報は、寝て待てという。
それから一週間後、エーデルは再び別邸を訪れていた。
「カトリーヌ、恋人候補が見つかったぞ! 軍のホープで恋人もいない、若き男だ」
カトリーヌは報告書を読んで、ふむふむと頷いた。
「月に一度男娼を買う程度で、奥様も恋人もなし。……え? 釣り書きはもう送ってあるんですの?」
「ああ。他に奪われる前に唾を付けんとな。それで、どうだ? なかなかの好青年だろう」
「年が23では、離れすぎではないですか?」
「付き合っているうちに気にならなくなる程度だ。向こうは幼妻を迎えるようだと大変乗り気だ。この機会に会わせたい」
「会うだけ会って、気が乗らなくても宜しいの?」
「いや。是非とも恋人同士になって欲しい。この相手は、縁談の相手にも了解を得ているんだ」
カトリーヌは思う所があったが、夫の頼みを受ける事にした。
「ツェンファは一人に絞る事が出来るかしら……」
カトリーヌの悩みは、夜の闇に消えていった。




