嗜虐心
「俺のことはいいんだよ。でも、そっか。初売りだけなら、もう娼婦はやめるんだな?」
「うん。満足した! 挨拶周りが終わったら、またタゥに相談させてもらいたいな」
「俺に? それにしても、買ったのはケラソ族の男なのか?」
「うん、そうだよ。おかしい?」
「少なくとも、変わり者だろう。ケラソ族で娼婦を買う奴なんて初めてだ」
タゥは、ケラソ族の男に娼婦が必要とは考えていなかった。ジャックに恐ろしい娼婦の病気を教えられたせいでもあるし、15歳になった男には、嫁取りという大事な仕事がある。
いくら女に興味がある年頃だと言っても、ケラソ族はケラソ族だけでまかなっていくと思っていたのである。
「そうだろうねぇ。族長さんに買って良いか確認を取ってたもん。許可が下りて私も胸をなで下ろしていたもんさ」
「確か、ダイの家のヤッハだったな」
「せいかーい! タゥ、娼婦に興味薄いのによく覚えてたねぇ」
「……ああ、あの強面の。若くもねぇな。ソニアはあんな感じの男が好きだったんだな」
「うん! 私はだーい好きだね。あの人がいまだに未婚だっていうのも信じられない位だよ」
ソニアは日に焼けた頬を真っ赤に染めて、そのように言いつのった。
その尋常でない照れっぷりに、タゥは、ひとつの疑念を抱く事になった。
「俺は会ったことがないが、ソニアにそれほど見込まれる男というならば良い男なのだろう。蛇足であろうが……、本気で惚れてしまったのか?」
ソニアはぐっと両手を握ると、顔全体を真っ赤にして、「うん」と答えた。
「でもね、ヤッハはそれを知らないから!」
「うむ? そうなのであろうか?」
「あったりまえじゃん! それでさ、改めて告白しに行きたいんだけど、場を作って貰えるかなぁ? 私の処女を買ったから、懐がさびしくって、しばらくは町に行かないって聞いてるんだよね」
タゥは頷いて、「承知した」と答えた。
「勝手ながら、タゥの嫁を見習ってるんだよねー。タゥの嫁って目標を達成するためにすごく貪欲じゃない。いくら三年の命しかないっていっても、無理矢理婚礼の儀をあげようなんて、普通じゃないね! でもその異常性でタゥを独り占め出来てるんだから、凄いもんだよ」
「ヤッハはケラソ族の男だ。いくらソニアが愛おしくても、嫁に迎えることはないように思う」
「そうだね。そういう事をハッキリ言ってもらう為に会いに行くんだよ。迷惑なんて省みずね」
「ソニア、いくらヤッハしか客を取ってないとしたって、娼婦は娼婦だ。身体を売らないほうが良かったんじゃねぇのか?」
「うん、馬鹿な事をしたと思ってる。父さんの帰りが遅くて不安になってるとき、相談に乗ってくれてさ。魔が差したってこういうことを言うんだろうね。でも、心はすっごく満たされてるから、心配ご無用だよ」
紫色の瞳がきらきらと輝き、やがて涙が溢れていった。
それを指で拭いながら、ソニアは薄い胸をきゅっと張って、だぶだぶのズボンを引っ張った。
「可愛いワンピースでも買おうかな。ヤッハが、きっと似合うって言ってくれたんだよね」
そう、幸せそうに笑いながら、ソニアは涙を止めることができずにいるようだった。
その笑顔は胸が痛くなるほどきれいで、タゥはヤッハも惚れ直すだろうと思えてならなかったが、口に出さずにおいた。
挨拶周りは明日行うと言うことで、ジャックとともにお暇をしたタゥである。
中天まではあと一刻ほどである。タゥはウスルス狩りの為、ジャックと別れて帰路を辿った。
ジャックが帰り間際、「なぁ、好きな娘、いたのか?」と聞いてきた。
情報通のキリクでも知り得ない情報ににやりとしつつ、「いたよ」と短く答えた。自然と過去形で話せたことが、誇らしくてならなかった。
中天に至り、キーヤとアスロと共に森に入る。
やがて見つけたウスルスを追いかけ、罠に追い立てる。
無事罠に嵌まったウスルスに、いざとどめを刺そうとタゥが近付いた所で、アスロが前に出た。
「きょ、今日は、お、俺がとどめを刺していいか?」
「ああ。いいよ。じゃあ俺は周辺の警護をしてるからな」
「あ、ああ。か、感謝する」
タゥは木に登って、周辺の警護を全うした。
二頭目は、すでに罠にかかっていた。まるまると肥えたウスルスに危なげなくアスロがとどめを刺し、三人で二頭を運ぶ。
解体小屋まで運び込むと、日没まであと一刻ほどである。薄闇の中解体を進めていくが、今日は出迎えの娘が一人もいなかった。それがタゥの心に影を落としていた。
ちなみに、レアは出迎えに来ないように言ってある。いつ熱をだすかわからぬ娘には不適当だと説いたのである。
レアはしぶしぶながらも、出迎えの娘達に関しては、関与しないと、言ってくれたのである。
それは今日の午前中に顔を見せたキリクが、一族じゅうに通達しているはずであった。
心配なのは、ヤジュの家のリマとリズである。
マリアとは言葉を交わし、涙の別れを果たしたが、リマとリズとは、顔も合わせないままなのである。見合いの約束をしていた間柄であり、幼なじみである2人とは、一度腹を割って話し合う場を作るべきだと考えていた。
「今日からはタゥの分配も多めにしないとな。背中の肉だけでいいんだっけ?」
「ね、姉さんは足肉を好んでるから、あ、足肉も両方持って行ってくれ」
「アスロの好意に感謝して、そのまま貰っておく」
「今日からは俺と同じ所帯持ちだなー、タゥよ? 嫁を持つと心持ちも変わってくるだろう。色々あると思うが、夫婦仲良くな」
「先達の言葉を、有り難く思う。未だ夫婦らしいとは言えないであろうが、大切にしようと心掛けている」
タゥの言葉に一番感銘を受けているのは、誰であろう、アスロであった。アスロは涙を浮かべて、タゥに感謝の言葉を伝えてから、足早に帰って行った。
その後キーヤも帰路につき、タゥも家に帰った。
家にこそ、問題が待ち受けているタゥとしては、足取りが重たかったが、まっすぐ家に帰った。
戸板の前で名乗りを上げると、中で閂が外される音がして、からりと戸板が開かれる。
中から現れたのは、朱色の髪を左右に垂らし、三つ編みに括ったレアの姿だ。
「お帰りなさいませ……あなた……」
レアの声は自信に満ちていた。ソニアの言うとおり、異常な執念でもって他の女たちを排し、タゥを独り占めして見せたのである。
ある意味天晴れな所行であったが、それを愛おしく思うのではなく、タゥはどうしても嗜虐心に火がつくのを止められなかった。




