豚に真珠は重過ぎる
自分で言うのもなんだが、ぼくの人生は順風満帆だ。
と言っても、家はそこそこで裕福ではないが貧乏ではない生活をし、程よく治安の良い学校に通って程良い人間関係を築けている程度だ。
更に言えばぼくは肥満児だ。食べる事が好きである故に小学生の頃から肥満体型となり、とても女子に好かれる容姿とは言えなかった。
「相変わらずよく食べるな。俺も早弁するけど、俺でも胃もたれしそう。」
「好きなものの為なら体を壊す覚悟でなきゃね!」
「それはやり過ぎだって。」
だけど周りはそんなぼくを事を嫌な目で見ないし、男子なんかはからかってお腹を触ったりしてくるけど、あくまで仲良し同士のじゃれあいの様なものだ。ぼくは運良く苛められたりする事も無かった。
女子からは、動物みたいだと言ってそこまで嫌悪してくる事は無かったが、あくまで子どもか小動物を相手にする様なもので、異性として恋愛として好かれる事は無かった。
だがぼくはそれで良い。何故ならぼくは、食べる事と同等に、いやもしかしたらそれ以上に心を満たすものを求めているからだ。
それは『少女漫画的展開』だ!
昔ぼくは他の男子と同じく少年漫画を楽しむ男子だった。だがある日、偶々見つけた妹の読み止しを見つけ、気まぐれにそれを読んだのが切っ掛けだった。
素直に気持ちを伝えられず、頬を赤らめる女の子の表情に、そんな女の子に男子の方も素直になれずに強気な発言をしつつも、何か思う所があり女の子の姿を目で追う男子の姿。
なにこれじれったい良い!
思わずそのまま妹の元へと直行し、続きは無いかとせがみ妹に怪訝な目で見られたのは良い思い出だ。
「正直、家族のあの様な姿を見るのは遺憾です。」
そう真顔で語る妹の顔は、まるで昔お爺ちゃんが見てた白黒映画の侍の様だった。
ともかく、それ以降ぼくは少女漫画に嵌り、妹以上に少女漫画にのめり込む、何時しか漫画だけでは飽き足らず、現実世界にも少女漫画の様な光景を求める様になった。
本来ぼくは、家から一番近い男子校に通う予定だったが、そこを親に頼み込みこうして共学の学校に通わせてもらっている。やはり少女漫画的展開を見るならば男子と女子が出会いやすい共学に行くしかない。
そして今、この学校に通って本当に良かったと思っている。何故なら、この学校には『マドンナ的存在』がいるからだ。
噂をすれば、男のざわめく声が聞こえてきた。そんな男子たちの目線を追えば、そこにいたのは正に『マドンナ』と称しても可笑しくない美少女がそこにいた。
「おぉ柏田さんだ!」
「ヤバいっ!近くを横切ってしまった!…ちょっと匂いがした。」
「よしっその鼻を見せろ潰してやろう。」
彼女は柏田 恵美といい、ぼくと同い年だがとてもそうは見えない程大人っぽく、そして整えられた髪や顔。体格はあまり見ると失礼だが、つい目で追ってしまう程細くスタイルが良かった。
そして見た目だけではない。性格も穏やかでどんな相手でも笑顔を絶やさず真摯に受け答えしてくれる。そして彼女は成績も優秀ときたものだから、正に非の打ち所がない、皆の憧れとなっていた。
憧れが強過ぎて周囲から聞こえる声がちょっと危険なものになっているが、最早いつも通りの光景だった。
ぼくもそんな彼女を見ながら持って来た菓子パンを頬張り、頬が緩んでいるのが自覚出来た。
ふと、彼女と目が合った気がした。すると彼女は笑顔で手を振った。そう頭で理解した瞬間、周囲雄たけびが響いた。ぼくも一緒になって雄たけびを上げそうになってしまった。
いけない、いけない。傍観者でいるなら、あくまで傍観者として声を出さずにただ見守る事に徹しないと!
「あっ中野原!」
考え事をしていると、廊下からぼくを呼ぶ声が聞こえた。見ると教室の扉の前に立つ女子が居た。
「ごめん!今日用事で来たから、帰り一緒に帰れない!」
言いながら手を合わせ、ぼくに向かって謝罪の姿勢をとった彼女にぼくは良いよと返事を返した。それを聞いて満足したのか、そのまま簡単に挨拶を交わしてから手を振り、彼女は自分の教室へと戻って行った。
彼女を見送ったぼくの背後から友人やクラスの男子が忍び寄ってきた。
「中野原ー…良いなぁお前ぇ、あんなかわいい女友達がいてぇ。」
「もしくは彼女ですかぁ?言っちゃあれだが、そんなんで彼女とは恋人でも何でもないとか言ったら殺意でお前を不能にしてやるぞぉ?」
「こわい!」
まるで映像で見る動く死体の様にぼくに詰め寄って来る男子にぼくは弁解をする。
彼女は倉谷 涼子と言い、彼女と知り合ったのは一カ月前の事。
寄り道で買い食いしながら帰路についていると、途中で行き倒れている人影を見つけた。見ればそれは女子であり、どうやらお腹を空かせていたらしいので、寄り道して買った肉まんをあげた。
「あっありがとう!君は命の恩人だぁ!」
ものすごく大袈裟に喜ばれ、それ以降彼女とは挨拶を交わし、一緒に帰宅する仲にまでなった。そうして共に行動していく事で彼女の事も知っていった。
どうやら倉谷の家は貧しく、倉谷自身も食費を節約する為にお弁当を作らずに学校に通っているらしく、今回その食べてこなかった弊害が蓄積して倒れてしまったらしい。何とも無茶な事をする子だった。
そういう事情を知ってからも倉谷とはそこそこの付き合いが続いたが、あくまで友人。本人も家の事を考えて家族優先で男子と付き合う事は無い、と言っていたし、彼女らしいと答えだと思った。
そんな風に皆に説明したが、結局ぼくが女子と友達付き合いしていた罪からは逃れられず、先生が来るまでぼくはクラスメイトの男子達から尋問を受ける羽目になった。解せない。
「女子との帰宅時間は楽しいですかぁ!?」
「昨日は何を話していたか白状しろよオラぁ!?」
何やらぼくへと怒り以外に他意を感じる事ばかり聞かれた気がした。
そして放課後、結局ぼくは一週間掃除当番を代わるという罰を受ける事で許された。何だかんだ皆優しい。一応優しい。一緒に帰る予定だった倉谷は用事があると言っていたし、掃除を終えたらぼくはまた一人で買い食いをして行こうかと考えながらゴミ箱を抱えてゴミ捨て場に歩いていると、行き先の建物の角の方から声が聞こえた。
誰かがゴミ捨て場近くで話しているのかと思い、ちょっと角から覗き込んで見てみると、そこには倉谷の後姿が見えた。
倉谷、用事があるって言ってたけど、何してるんだ?
そう思う倉谷から視線を逸らすと、何と倉谷の前には柏田さんが立っていた!
それも何やら思いつめた様な表情をして倉谷を見ている!これは、もしや!?
ぼくが二人の姿を見て悶々と考えていると、柏田さんに動きがあった。
「あのね!倉谷さん…だっけ?…聞きたい事があるの。」
「…何?」
気まずそうな空気が流れる。ぼくは柏田さんの言葉の続きが気になり、つい息を殺して二人の様子を見つめた。
「…倉谷さん、正直に答えて。手紙の事。どう思ってる?」
手紙!そこまで聞いてぼくはある事を思い出した。
今日の休憩時間、偶々倉谷のクラスの前まで来たので、挨拶がてら教室の中を覗き込んで倉谷の姿を探し、見つけた時に見たもの。それは、手紙を持ってそれを見つめる倉谷の姿!
最初見た時、それは倉谷が書いたものかそうではないか考えた。そして直ぐに答えは浮かんだ。
倉谷はお金が無い。故に便箋を買う余裕だってない。だから倉谷が持っていた手紙は倉谷がもらったもの!
「手紙?」
「そう!ピンク色の花柄の便箋!あれ、私が書いたの!」
何の事かと首を傾げている倉谷に対し、必死な様子で柏田さんが説明をしていた。
花柄の便箋!確かに倉谷が持っていたのは花柄の便箋だった。つまり、倉谷が持っていた手紙は柏田さんが書いたもの。つまり柏田さんから倉谷へと渡ったものなのだ!
そこまで考えて、ぼくは一つの結論に至った。
そう…柏田さんのあの様子に、倉谷が手紙を見つめていた時の表情。つまり二人は、互いに想い合っている!
何という事だ!まさか少女漫画で見た光景が今、ぼくの目の前で繰り広げられているとは!それも女の子同士!
ぼくは異性同士のお付き合いを見るのが好きだ。でも、それと同じくらい百合展開も好きだ!
思えば、倉谷と柏田さんは正反対な存在。互いに無いものを持った同士!互いに惹かれあってもおかしくない!
遂に夢にまで見た光景が今目の前で起きている。そんな時、ぼくがとるべき行動はただ一つ!黙ってその場を立ち去る事だ。
確かにぼくは二人がどんな話をして、結果どんな関係になるのか知りたいと思っている。だが、ぼくはあくまで傍観者だ。誰かに起こった出来事を見たいのは確かだ。だが結局の所部外者であるぼくが二人にとっての大事な場面に茶々を入れるようなまねをしてはいけない。
見るだけと言って、下手をして大事な場面に足を踏み入れて台無しになってはいけない。だからこそぼくは大人しく立ち去るのだ。
百合に男が立ち入るのは、あってはいけない事だ。
ぼくは後ろ髪を退切れる思いをしつつも、二人の行き先を祈り、より良い未来が見られる事を願って音を立てない様歩いて行った。
それから先の話は中野原が立ち去って故に中野原自身の知らない、倉谷と柏田の二人の話の続きとなる。
「手紙?」
「そう!ピンク色の花柄の便箋!あれ、私が書いたの!」
必死な様子で、柏田は倉谷を問い詰める。倉谷は柏田のそんな様子を見ても、表情を一向に変える事は無かった。
「…知らないわよ?そんなの。」
まるで端から相手にしてないとでも言いたげな、気だるげで素っ気ない態度で返事をする倉谷は、まるで中野原と対峙していた時には全く見せない表情をしていた。
「しらばっくれないでよ。」
次の瞬間、まるで別の人物が話し出したかのように話し始めた。口にしたのは確かに柏田だった。しかし、今の彼女の声色、表情、雰囲気全てが先ほどと打って変わって冷めた印象へと変わった。
「こっちが下出に出ているって言うのに、何なの?その態度。
それにもう知っているのよ、あなたが下駄箱に入れた私の手紙を『彼』が見つける前に抜き取っているって事。」
雰囲気も何もかもが変わった柏田からの冷めきった質問に、倉谷は変わらない表情のまま、平然として口を開いた。
「何?あんた覗き見でもしてたの?趣味悪いわね。」
「ヒトの手紙勝手に持って行くヒトの言えた事じゃないんないかしら?」
間髪入れずに倉谷の台詞に柏田は言い返し、見つめ合う二人の視線の間に見えない火花が散った。
「大体今時下駄箱に手紙とか、しかも便箋までワザとらしくピンク色で、中身も丸っこいくて小さい字書いてさぁ!絶対ワザとそう書いてるんでしょ!」
「何よあなた、勝手に手紙読んでんじゃないわよ!そっちこそ字云々でそこまで言うなんて失礼じゃない!?そんな事を言う何て、それこそ彼に幻滅されちゃえば良いわ!」
「彼はそんなヒトじゃないわ!どんな私だって彼は許してくれるわよ!そっちこそ他人の下駄箱に不審物入れて、それで気を引こうって魂胆が!」
「あなたこそ!」
「何よ!」
散々言い合いを続け、終いには二人揃って息を切らし、間を置いてから再び口を開いた。
「そもそも!あなた何教室まで入って彼に話し掛けて図々しいんじゃない!?」
「別に良いでしょ!?それにそうしたって、彼はアタシを突き放したりしないんだから!
アタシは家が貧しいって理由で昔からよくからかわれた。それだけならまだしも、表では同情して裏では陰口を言ってたなんて事もあって、うんざりしてた。
でも、彼はどちらでもなかった。」
倉谷は家が大変だろうに、いつも学校で勉強頑張っててえらいよね。でも頑張り過ぎちゃだめだからね。倒れたら家族が心配しちゃうからね。
「彼は上辺だけの励ましもヒトを見下す様な陰口も言わなかった。ただ純粋にアタシを心配する気持ちが感じられた。だからアタシは彼に分け隔てなく、気軽に話して過ごせるの!
そんな彼だから、アタシも彼を信じて、彼に危害が加わりそうになったら、今度はアタシが彼を守るの!」
倉谷が回想を話すと、仕事をやり切ったかのような満足気な自身の表情を柏田に見せつけた。そんな倉谷に柏田は反撃を待っていたかのように口を開いた。
「わっ私だって、彼がいたから今を過ごせているの!
私は小学生の頃は今みたいにヒトから好かれる事なんてなかった。むしろ根暗だ弱虫だっていつもからかわれて、まともに相手をしてくれる人なんていなかった。
そんなある日、下校しようとしたら雨が降っていて、持って来た傘を差そうと傘を置いた場所を見たらなくなっていた。誰かが隠したのはすぐにわかった。だから私、すごく悔しくて悲しかった。そんな時に別のクラスだった彼が来たの。」
これ、よかったら使ってよ。ぼくは家がちかいからだいじょうぶ!
「そう言って彼は雨の中を走って行ってしまった。
後から知ったの。彼の家は全然近くない、子どもの足で十分以上掛かる場所に住んでいるって。
だから私、自信が持てたの。自分みたいなヒトでも他人から気に掛けてもらえるって。その自信を持たせてくれた彼に私は心から愛するって決めた!
だからあなたは諦めて彼から離れて。」
「いやよ。」
即答に倉谷は返事をした。そしてその返事に黙ってはいない柏田は口を閉ざす事無く言葉を吐いた。
「何よ!いつも彼と登下校一緒にしているんでしょう!?そんだけ一緒なら恋人の座くらい譲りなさいよ!」
「いやですー!こっちだって少しずつ彼との距離を縮めてる最中なの!一回優しくされただけのヒトは黙ってなさい!後、彼から傘もらうとか羨ましい!ちょっとよこせ!」
「日本語可笑しいわよ!後いや!絶対傘見せない!」
「ケチ!」
言い争いは激化していき、治る気配を見せなかった。
「アタシが彼に近づく女共を遠ざけるためにどれだけ苦労したと思ってるの!?
彼と接触させないために他の男子と鉢合わせさせたり、呼び出しておど…説得したり大変だったんだから!」
「その事に関してはよくやったと褒めてやるわ。
でも私だって、彼と同じ学校に通うために頑張って情報収集したり、彼に張り込んだりしたんだからね!」
「それ、ストーカーじゃないの!
ってか、あんたが消しゴムとかペンとか、彼の持ち物を勝手に持ち出してること、アタシ知ってるんだからね!アタシだって我慢してるのに!」
「新しいのを用意してるんだから、問題無いでしょ!?」
「よく言うわよ!後」
「いやよ!」
「即答してんじゃないわよケチ!」
だんだんと二人の発言が怪しくなっていくが、それでも言い争いは治まらず、とうとう日が沈んでいき、校舎には見回りの先生以外いないであろう時間となった。好い加減に帰らないと先生に見つかって怒鳴られてしまうが、そんな事を二人は気にしていなかった。
散々言い合いをして二人揃って肩で息をしてもう互いに罵り合う言葉は出て来なかった。代わりに二人の中には、言い合わそいを始めた最初の頃には無かった思うが芽生えていた。
そして二人は互いに右手を上げ、そのまま互いの右手を掴み合い、固く結んだ。
「…今の所は、一時休戦としましょう。」
「そうね。そして、彼にこれ以上余計な虫が付かない様注意していきましょう。」
二人はそもそもが同じ穴の狢であった。協力関係を結び、互いの想い人である中野原を守る事に専念する事に決めた様だった。その誓いに最早言葉は不要だった。
「あっでもちょっとだけでも傘を」
「断る!」
「ケチ!」
その結び目は少しほつれが見えていた。
後日、学校内では大きくのヒトの目線を奪う光景が広がっていた。
「おはよう御座います、倉谷さん。」
「あっおはよう!柏田さん。」
皆から注目の的を浴びる柏田さんと、男女共に接しやすく親しみやすいとされる倉谷が仲睦まじく姿を見せていた。そんな光景に多くの生徒はもちろん、ぼくも夢中になった。
これは間違いなく、百合的関係!まさか生きている内に生に見る事が出来るとは!
もしかして、ぼくが帰った後に進展があって二人は結ばれた!?あぁなんて事だ!本当ならぼくはその瞬間を生で見たかった。
しかし欲張ってはいけない!今こうして二人が仲良さそうにしているのであればそれで良いのだ!
そんな風に感上げていると、倉谷が目をこちらに向けて手を振って来た。続いて柏田さんも同じようにこちらを向いて手を振った。
まさかのファンサービス!?まさか二人がそんなテクニックを見せてくれるとは!
現に二人が揃って手を振った瞬間、二人の目線の先に居た大勢が崩れ落ち、溶けてしまった。ぼくも気をしっかり持っていなければ同じようになっていた。
いや、ぼくは絶対に倒れたりはしない。二人の行く先を見届けるまでは。そう、夢にまで見た『少女漫画的展開』を見届けるまでは!
その豚は決して気付かない。二人がその他大勢に対してでは無く、たった一人に対して目線を贈っていたという事実に。
そして決して二人は自分から自分の想いをその豚に伝える事を、互いに牽制し合って休戦状態を維持し続けている間はしなかった。
どちらにしろ二人の想いは、豚にはあまりにも重過ぎて届いても無事で済むかは不明である。
以上が豚こと中野原の友人であり、昨日中野原が帰った後、中野原とは違い好奇心で残ったらとんでもな女の戦いを目撃してしまった男の実況でした。
私にラブコメは難しかったです。