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第1話スキル授与式①朝

リハビリ作品です。よろしくお願いいたします。

「にゃうん」

「…………ん、おはよー、ミーナさん」

「にゃ」

 ぼくの朝は、ミーナさんに起こされるところから始まる。

 枕の横に座ってたミーナさんに手を伸ばして頭を撫でると、ゴロゴロ喉を鳴らした。

 何度聞いても、このゴロゴロ音っていい音だよね。

 いつまでも聞いていたいけど、今日は家族でおでかけの日だから、起きなくちゃ。

「んーーーん」

 大きく伸びをしてから起きあがり、ベッドの横の机の上に置いた服をちらっと見る。

 今日のための晴れ着として母さんが用意してくれた、シワも汚れもない新しい服。

 でも、朝ごはんを食べてる時に汚したらいけないから、こっちの服を着るのはでかける直前にねって、念を押された。

 ぼくも、汚さないって断言はできないから、やっぱりいつもの服のほうが安心だ。

 ベッドからおりてパジャマを脱いで、着古して体になじんだシャツとズボンを着て、編み上げブーツを履く。

「お待たせ、ミーナさん、行こう」

「にゃう」

 声をかけると、毛づくろいしてたミーナさんは、すたっと床におりた。

 一緒に部屋を出て、階段をおりて、洗面所で顔を洗って髪を整える。

 ぼくの髪は短いのに、たまにすごい寝癖がついてて直すのに苦労するけど、今日は大丈夫だった。

 うちは宿屋だから、いつも身だしなみには気をつけてる。

 全身が映る大きな鏡の前で、身体をひねっていろんな角度から見て、問題ないかチェックする。

「よし、だいじょぶ」

「うにゃ」

 問題なしと判断したのに、足下に座ってたミーナさんが否定の声をあげて、手を伸ばしてちょんとぼくのブーツにさわった。

「え? あ、ちょっとくずれてる」

 しゃがんで確認すると、ブーツのヒモの端が片方だけ長くなってた。

 端の長さが左右同じぐらいになるように結ぶの、いまだに苦手だ。

 慎重に結びなおして、もう一度やり直して、ようやく左右均等なリボン結びになる。

「これでいいかな?」

「にゃう」

「他はだいじょぶ?」

「にゃう」

「ありがと、ミーナさん。

 じゃあ、食堂に行こう」 

「にゃう」

 


 うちの宿屋は馬車旅のお客様専門で、宿泊棟は馬車と客室が一緒になった形だから、母屋は二階がぼくたち家族の住居で、一階がお客様用の食堂と倉庫になってる。

 二階にも小さい台所があるけど、ほとんどがお茶用のお湯を沸かすぐらいで、食事は一階の食堂を使う。

 いつもなら早出のお客様が一人はいる食堂は、今日は誰もいなくて、カウンターの奥から母さんが作業してる音が聞こえた。

 今日は神殿礼拝日で、しかも大事な用事があるから、昨日からお客様を入れてない。

 わかってても、がらんとした食堂は少しさみしいな。

「おはよー、母さん」

 カウンターの奥に行くと、パン焼き窯の前にいた母さんがふりむく。

「おはよう、セージ」

 にっこり笑って頭を撫でられて、なんとなく恥ずかしくなる。

「手伝うことある?」

「そうね、いつも通り配膳をお願い」

「わかった」

 壁際の食器棚に近づくと、いつの間にかその上にミーナさんが乗ってた。

 ぼくが食堂にいる時は、そこがミーナさんの定位置だ。

「ごめんねミーナさん、待っててね」

「にゃう」

 焼きたてのパンをカゴに入れてた母さんが近寄ってきて、恭しく頭を下げる。

「おはようございます、ミーナさん」

「にゃう」

 挨拶を終えると、母さんはまたパンを焼く作業に戻った。

 手を浄化スキルできれいにして、食器棚から人数分のパン皿を取りだして母さんの近くの台に置いた。

 スープ皿はスープ鍋の横、サラダボウルは洗い場の横に置いて、サラダ用の野菜がないことに気づく。



「母さん、野菜取りにいったほうがいい?」

「大丈夫よ、さっきミントが行ってくれたから。

 牛乳とチーズは、ディルが買いにいってくれたわ。

 帰りに薪割り中の父さんに声かけてくるだろうから、呼びにいかなくていいわよ」

「わかった。

 兄さんが帰ってくると、ぼくの仕事ほとんどなくなるなあ」

 先月まで王都の叔父さんの宿屋に修行に行ってた兄さんは、二つ年上なだけなのに、ぼくよりずっと大きくて、手際が良くて、なんでも器用にこなす。

 四つ下のミントも同じように器用だから、後何年かして大きくなったら、負けちゃいそうだ。

 自慢の兄妹だけど、比較するとたまに自分が情けなくなっちゃう。

「あら、セージには、ミーナさんのお世話っていう、最優先で重大かつ誰も代われない大事なお仕事があるんだから、ディルやミントに任せられることは任せちゃえばいいのよ」

「あー…………」

 ランチョンマットの上にスプーンとフォークを並べながら、食器棚の上を見上げると、ミーナさんと目が合った。

「にゃう」

 重々しく頷くような鳴き声に、くすっと笑う。

「……うん、そうだね」



 ミーナさんは、神獣にゃんこ様の一体だ。

 女神様に愛された、かわいくてかっこよくて強くて、究極で至高な存在。

 ぼくたち人間は、そのお世話係として創られた。

 専属のお世話係に選ばれたのはすごく名誉なことだし、家事や家業の手伝いよりミーナさんを優先するのは当然のことだ。

 でもミーナさんは優しいから、ぼくがやりたいことをやらせてくれて、今のように見守ってくれてる。

「ありがとう、ミーナさん」

「にゃう」



「ただいまー、取ってきたよ」

「ただいま、はいこれ今朝の分の牛乳とチーズ。

 今日はクリームチーズだって。

 残りは保冷庫に入れといたよ。

 父さんは、割った分を倉庫に運んでから来るって言ってた」

 野菜が入ったカゴを抱えたミントと、牛乳瓶とチーズの塊が入ったカゴを持った兄さんが一緒に食堂に入ってきた。

「お帰り、ありがとう」

 母さんは二人がさしだしたものを受け取って、チーズをぼくに渡す。

「お願いね」

「うん。

 二人とも、おはよう、お帰り、おつかれさま」

 チーズの包み紙をめくりながら言うと、近寄ってきた二人は、まず食器棚に向かって姿勢を正し、恭しく礼をした。

「おはようございます、ミーナさん」

「にゃ」

 二人が声をそろえて言うと、ミーナさんも軽く返事する。

 顔を見合わせた二人は今度はぼくを見て、にっこり笑った。

「おはよう、セージ」

「おはよーセージ(にい)

「うん、おはよう」

 兄さんは頭を撫でてくれて、ミントはぎゅっと抱きついてくる。

 複雑なきもちになることもあるけど、やっぱり大好きな兄妹だ。



「にゃうん」

「あ、ごめんミーナさん、ちょっと待ってね」

 催促の声に、急いで専用ナイフでチーズの塊を半分に切り分ける。

 まんなかの一番おいしそうなところを厚めに切って、さらに一口サイズにしてからお皿に並べて、きちんと座って待っててくれたミーナさんの前にお皿を置いた。

「お待たせ、どうぞ」

「にゃう」

 ミーナさんはチーズをぱくぱく食べて、満足そうにぺろっと口の周りを舐める。

「今日のもお気に召したみたいだな。

 やっぱりアナベルおばさんのチーズが一番おいしいなあ」

 兄さんのしみじみした言葉に、びっくりしてふりむく。

「え、確かにアナベルおばさんのチーズはおいしいけど、王都ってたくさんお店があって、チーズもいろんな種類が売られてたんだよね?

 それでも?」

「それでもだ」

 力強く答えた兄さんは、ぼくがテーブルに置いた残りのチーズを手早く切り分けてそれぞれのパン皿の隅にのせてから、自分の皿のチーズの端をちぎって口に入れた。

 味わうように何度も噛みしめて、ゆっくり飲みこんで、また大きくうなずく。



「うん、おいしいな。

 王都では確かにいろんなチーズが売られてたけど、近隣の農村から仕入れてるから、王都内で作ってるものは一つもないんだ。

 町のすぐ横の牧場で牛を育てて、町の中の作業場で作った出来立てを買えるアナベルおばさんのチーズとは、比べものにならないよ。

 特にフレッシュタイプは、鮮度で味が全然違う。

 この町で牛を育てて乳製品を加工販売してるのはアナベルおばさん家だけで、俺たちはそれしか知らなかったから、あのおいしさを当然だと思ってたけど、王都に出てから違いを実感したんだ。

 アナベルおばさんのチーズは、味も鮮度も完璧なおいしさだ」

「そ、そうなんだ」

 兄さんがチーズ大好きなのは知ってたけど、そこまでこだわってるとは思わなかった。

 人口百人程度の小さな宿場町から、十万人以上が暮らす華やかな王都に出ていったら、王都を気に入って帰ってこないかもって思ってたのに、修業期間の二年ぴったりで帰ってきたのは、もしかしたらおいしいチーズのためだったのかな。



「にゃう」

 しかも、頭上からミーナさんの同意の声がする。

「さすがミーナさん、おいしいものをよく御存じですね」

「にゃう」

 わかりあった感じでうなずきあうミーナさんと兄さんを交互に見て、ちょっとおちこんだ。

「ごめんね、ミーナさん。

 ぼく、ミーナさんがチーズ好きなのは知ってたけど、そこまでチーズにこだわりがあったとは思わなかった。

 これからは、ミーナさん用のおいしい物を買ってくるね」

 ミーナさんは神獣だからなんでも食べられるけど、ぼくたちの食べ物でほしがったのは、チーズだけだった。 

 こどもの頃からそうだったから、ぼくがチーズを食べる時は必ずミーナさんにも献上してた。

 でもそれはぼくと同じ物だったから、神獣のミーナさんには特別においしい物を別に用意するべきだったんだ。

 後で兄さんに、おいしいチーズの選び方を教えてもらおう。

「謝ることはないさ。

 さっき言ったように、アナベルおばさんのチーズは種類問わずどれも絶品だから、ミーナさんは今までもずっとおいしいチーズを食べてらっしゃったんだよ」

 慰めるような優しい声で言いながら、兄さんが頭を撫でてくれる。

「それに、ミーナさんは、おまえと同じ物のほうが喜ばれるんじゃないかな。

 いかがですか、ミーナさん」

「にゃう」

 声とともに、とすんと肩に軽い衝撃があった。

 食器棚から兄さんの肩を経由してぼくの肩に乗ったミーナさんが、ぼくの頬に顔をスリスリする。

「ほらね」

「……うん。

 ありがとう、ミーナさん」

「にゃう」

 ミーナさんが乗ってる肩とは逆側の腕をそっと上げて、ふかふかの背中を撫でると、もう一度スリっとしてくれた。



 ミーナさんが食器棚の上に戻って、食事の用意ができた頃、父さんが食堂に入ってきた。

「おはようございます、ミーナさん」

「にゃう」

 父さんはミーナさんに挨拶した後、テーブルの定位置の椅子に座って、先に座ってたぼくたちを見回す。

「待たせて悪かった、さあ食べよう」

「はぁい」

 ミントが嬉しそうに答えて、くすっと笑ってから祈りの形に両手の指を組む。

「日々の糧を与えてくださる女神様に感謝し、今日も神獣にゃんこ様のために働くと誓います」

 全員で祈りの言葉を唱えたら、朝食が始まる。

 いつもどおりのんびり話しながら食べ終わると、食器を片付けて、母さんが入れてくれた香草茶のカップを手に再びテーブルについた。

 香草茶を一口飲んだ父さんが、まじめな表情でぼくを見る。

「さて、今まで何度も話したが、もう一度おさらいしよう。

 今日は、セージが成人と認められる二十二歳になって初めての神殿礼拝日で、礼拝後にスキル授与式を受ける」

「……うん」

 こどもの頃から教わってたことで、先月成人式を終えて以来、何度も家族と話しあってきたことなのに、改めて言われるとやっぱり緊張して、小さくうなずく。



 ぼくたち人間は、神獣にゃんこ様のお世話係として創られた。

 だから、生まれた時点でお世話に必要な【浄化】と【感応】のスキルを授かってる。

 それとは別に、成人した二十二歳以降十年ごとに、新たに自分がほしいスキルを二つ女神様から授かることができる。

 ただし、なぜそのスキルがほしいのかきちんと説明してお願いしないと、女神様に却下されることもある。

 十年後にはまたお願いできるとはいえ、やっぱり毎回将来に役立つスキルを授かりたいし、初回だから絶対失敗したくなくて、何のスキルにするかすごく悩んだ。



「おまえがほしいと言っていたスキルは、【掃除】と【計算】だったな。

 本当にそれでいいのか?

 おまえはミーナさんのお世話係だから、勤労義務は免除されている。

 ミーナさんがお許しくださったから宿を手伝ってもらってるが、本当はミーナさんにご奉仕することだけを考えて、ふさわしいスキルをいただいたほうがいいんだぞ」

 父さんの静かな問いかけに、ぎゅっと拳を握ってうなずく。

「うん。

 ミーナさんは、ぼくがミーナさんとだけいるより、皆とすごしてる時のほうが、嬉しそうなんだ。

 だから、宿の手伝いを許してくれてるんだと思う。

 ……そうだよね、ミーナさん」

「にゃう」

 食器棚を見上げると、寝そべってぼくを見てたミーナさんがうなずいてくれる。

「だから、宿の手伝いに役立つスキルがほしいんだ。

 【掃除】があれば、今までよりもっと手早くきれいにできるし、【計算】があれば帳簿付けとか、お金に関する手伝いもできるようになるから。

 ……ほんとは、【掃除】か【料理】かで悩んだんだけど」

「ダメよ、セージ(にい)

 【料理】は私がいただいて、お母さんを手伝うんだから」

 隣に座るミントにきっぱり言われて、苦笑する。

「わかってるよ。

 だから、【掃除】と【計算】にする」

 父さんはミーナさんを見て、それからぼくを見て、ゆっくりうなずいた。

「……わかった。

 ミーナさんとおまえの意思を尊重しよう」

「ありがとう、父さん」

 ほっとして思わず笑みがこぼれると、父さんが手を伸ばして頭を撫でてくれる。



「セージも、自分の意見をちゃんと言えるようになったんだな。

 立派になったなあ」

 大きな手と優しい言葉が嬉しくてくすぐったくて、小さく首をすくめる。

「もう二十二歳だもん」

「そうだな。

 だが、人生百年、これからのほうがまだまだ長いんだ。

 おまえの知識や経験だけではどうにもできないことも、何度も起きるだろう。

 成人したとはいえ、おまえが俺たちの息子で家族なのはずっと変わらないんだから、そういう時は必ず俺たちを頼ってくれよ」

 言い聞かせるような言葉にとまどいながらも、こくんとうなずく。

「……わかった。

 困った時は、相談するよ」

「ああ、約束だぞ。

 絶対に、俺たちはおまえの味方だからな」

 そう言う父さんは、なんだかさみしそうにも、あせってるようにも見えた。

 不思議に思ったけど、それを言葉にする前に、外から小さな鐘の音が響く。



「あら、小一鐘だわ。

 そろそろでかけなきゃ。

 みんな、昨日渡した晴れ着に着替えてらっしゃい」

 母さんが立ちあがって、パンパンと手を鳴らして指示する。

「はぁい」

「うん」

「わかった」

「ああ」

 それぞれ答えて、急いで自分の部屋に戻って、急ぎながらもひっかけたりしないよう慎重に、晴れ着に着替える。

 白いシャツと、茶色のジャケットと、同じ色のズボン。

 張りのある生地だから、ちょっと上品に見えて、なんだか気恥ずかしい。

 洗面所の鏡を見にいくと、先に来てた兄さんがふりむいて僕を見て、くすっと笑った。

「よく似合ってるけど、襟が曲がってるぞ」

 手を伸ばして襟を整えて、ついでに髪を梳くように撫でてくれる。

「え、あ、ありがと」

 鏡を見て自分でもチェックしてると、ミントが駆けこんできた。

「セージ(にい)、後ろのリボンちゃんと出来てるか見てー」

「ん、だいじょぶ、ちゃんとなってるよ」

「ありがと。

 ディル(にい)、髪にリボン結んでー」

「はいはい、ちょっと待ってね」

 鏡の前に立ったミントのエプロンドレスの後ろリボンをぼくが確認して、髪のリボンをディル兄が結んであげる。

 あわただしく身支度して、お互いもう一度確認しあって、一緒に食堂に向かった。

 父さんと母さんはもう待ってて、ぼくたちを見回して満足そうにうなずく。

「そろったな、じゃあ出ようか」

「うん。

 ミーナさん、神殿に行こう」

「にゃう」

 食器棚の上で待っててくれたミーナさんが、すたっとおりてくる。

 家を出て神殿に向かって歩きだしながら、そっと胸元を押さえた。



 いよいよ、初めてのスキル授与式だ。

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